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「天神?」


 すっかり裏返ってしまった自分の声に再び驚きつつ、妹の顔を見ながら問い返す。天神って、天神って・・・あの天神本?夏休みに、俺がお世話になった予備校のある天神?田村とJupiterのスコア買った天神?そんなの、地下鉄で数駅じゃん。室見まで出て、地下鉄さえ乗れれば誰でも行けるんじゃないの?しかも中学生。俺にお願いするようなことじゃないと思うんだけど。


「・・・トモダチ誘って行ってくれば?」

「それじゃ意味ないの」

「トモダチいないってこと?」

「違うだろバカ兄」


 妹の鉄拳が額に命中。冗談で言っただけなのに・・・こいつ、クールな上に冗談通じないから嫌。まあ、全体の99%が冗談で構成されるあのバカよりはマシだけど。しかし、トモダチと一緒じゃ意味ないってどういうことだよ。まさか、俺にたかる気?『たまには兄貴らしいことしろ』とかって。でも。


「ああ、心配しなくても大丈夫。万年金欠の大兄に何か買ってもらおうなんて、端から思ってないから。ホントにただ、天神に連れてって欲しい・・・っていうよりも、一緒に天神に行ってほしいだけ」


 と、先に釘を刺されてしまった――こういう場合も、この言い回しを使うかどうかは謎だが。しかし。そうじゃなければ理由が思いつかない。『あたし、たまにはお兄ちゃんと一緒に出かけたぁい♪』なんて、素直に言うような性格じゃないし、実際、そこまで俺のこと好きとも思えないし。


「・・・あいつ誘えば?毎週どっか遊びに行ってるし、喜んで連れてってくれるんじゃない?」

「小兄じゃ意味ないの。大兄じゃなきゃ」

「・・・は?」
                   

 ますます意味不明だ。あいつじゃダメで俺ならいいの?それは何故に?


「だって、小兄じゃ面が割れてるもん。だから大兄じゃなきゃダメなの」

「・・・お前、意味わかんなすぎ。最初から順序だてて話して」

「だから、天神連れてってくれればいいんだってば」

「その理由を聞いてるんだってばっ!」


 こいつを天神に連れてくくらい、大した手間じゃないから別にいいよ。自分で切符も買えるし、降りる駅がわからない、なんてこともないし。最悪迷子になったとしても、今のご時勢ケータイっていう便利なシロモノもあるし、1人で帰ってくることだってできる。俺も欲しい参考書とかあるから、田村でも誘って近いうちに出かけよう、って思ってたし。でもさ、理由がわかんないのって嫌じゃん。しかも、『オネガイ』されてるわけだし。態度でかいし。理由もわからずほいほい連れて行って、予期せぬ不幸に巻き込まれました・・・なんてことも、なきにしもあらず、だ。・・・って、別にこいつがそんな事するって疑ってるわけじゃないけど。でも、不安要素は消しておくに限る。ってことでじっと妹の顔を見つめてやったら・・・妙に大人びた表情で溜息ついて、目を逸らした。・・・お前、ホントに中学1年か?その顔、下手したら俺より大人なんですけど。

 てっきり『じゃあいい』って言って部屋を出て行く――それがいつものパターンだから。ちなみにあのバカは、俺が立てに首を振るまで、絶対に部屋から出て行こうとしない――と思ったら、意外や意外。しばらくだんまり決め込んでから、小さな声で『誰にも言わないでよ』と言った。




「・・・9月の練習試合で、原中の2年生に告白されたの」

「・・・へぇ」


 何、自分もそいつが好きだったから嬉しくて、デートする約束したのはいいけど着てく服がなくて、でもでもトモダチや親に相談するのは恥ずかしいから、買いに行くの付き合えってか?っつーか、今の俺にソウイウコト言うのって、嫌味にしか聞こえないんですけど。俺、日曜日に振られたぶんですよ?しかも、今日もそれを再確認させられちゃったんですよ?・・・って、こいつに八つ当たりしたところでどうしようもないけど。

 幸せ者はいいよな・・・とか、中1で色恋沙汰に逆上せてんじゃねーよとか、意味不明の自己嫌悪を感じながらも、一応『兄貴』としての威厳――そんなモノ、きっとないんだろうけど――を保ちながら頷く。しかし、当の本人は全く嬉しそうじゃない。というよりも、むしろ『迷惑御免』というように、眉間に皺を寄せていて。


「・・・何、付き合うんじゃないの?」

「そんなわけないじゃん。よく知らない人だし、顔も好みじゃないし」

「そんなにブサイクなの?」

「FOMAの宣伝出てるジャニーズの人に似てる」

「・・・それって、巷じゃ『カッコいい』って言うんじゃないの?」


 俺は男だから、その辺りは疎いけどさ。でも、クラスの女の子でいるよ。カッコいい〜!!とかって妙に騒いでる子。出す歌も売れてるみたいだし。でも、妹は顰めた顔をそれ以上に顰めて、『どこが?』と、まるで捨て台詞のようにのたまった。


「確かに、クラスにもうるさいくらいに騒いでる子はいるけどさ・・・『将来彼のお嫁さんになるぅ』とかって。なれるはずないじゃん。中学生なんだからさ、いい加減現実見つめろ・・・って感じじゃない?第一どこで出会うっつーの。」

「・・・はあ、まあ・・・」


 高校3年生にも、そう言いながら騒いでる子、たくさん居ます・・・とは口が裂けても言えず。しっかし、一体誰に似たんだかね、この性格。これじゃ『クール』通り越して『ドライ』じゃん。しかも超現実的。もう少しこう、『夢見る女の子特有の妄想癖』っていうものはないのか?・・・という本音は無理やり押し殺して、『じゃあ、お前は誰ならいいの?』と聞いてみる。巷の女の子が夢中になるほどカッコいい(とされる)奴に見向きもしないなんて、ちょっと気になるじゃん、わが妹ながら。そしたら。


「え?ふかわりょう」

「・・・ちょっと待て、俺の質問聞いてた?」

「聞いてたよ。いいと思う人でしょ?」

「・・・本気?」

「本気」


 ああ、そう。うん、わかったよ。聞いた俺がバカだった。もういいよ。こいつの男の趣味はこの際置いておこう。思いっきり話が脱線したけど、要点はそこじゃなかった。こいつが告白されたことと天神へ連れて行くことが、どう繋がるか・・・ってことだ。フツー、多少自分の趣味じゃなくてもさ、人気のある奴から告られたら、嬉しいでしょ。しかも、軽い気持ちで『付き合っちゃおうかな♪』なんて考えるだろう。少なくとも俺ならそうだ。・・・そんな事、多分天地がひっくり返ってもないと思うけど。


「・・・で、告白されて、断ったのが、どうして俺がお前を天神に連れてくのと関係あるわけ?」

「・・・・」


 そう言ったら、ものすごい目つきでギロリと睨まれて、怖さのあまり、持っていたドラえもんで思わずバリアを作る。え?何?俺、今そんなに変なこと言った?


「・・・そういうの、興味ないからって断ったら、断ったら・・・あのバカーッ!」




 冷静沈着なわが妹・・・のはずなのに。一体、今俺の前で火を吹かんばかりに怒りたけっているのは果たして本人か、それともそっくりサンか。とりあえず、突然の怒鳴り声に驚いた俺は、怯えることも忘れて妹の顔をぽかんと見つめてしまった。


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    BGM♪スピッツ*今