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 城南祭当日が近づくにつれて、学内がどんどん盛り上がっていく。廊下や下駄箱には、各クラスの出店や出し物のチラシが目立ち始めた。休み時間には、チラシ配ってるクラスもあって。
自主制作の映画とか、カラオケハウスとか。色々考えるんだね、みんな。ウチのクラスも例外ではない。昼休みも放課後も、わけもわからずとにかく盛り上がっている。ただ・・・気になることがあって。クラスの奴らの、俺と田村に対する態度が、どんどん変わっていくんだよね、不思議なことに。っつーか、冷たくなるとか、そっけなくなる・・・とかなら、俺らも理解できるのよ、忙しいのに、クラスの手伝い全然してないんだから。でもさ、違うんだよ。妙に優しくなってくの。
『練習はかどってるか?』とか、『ステージは成功しそうか?』なんて。手伝えなくてごめんって言うと、『お前らの方が大変なのに、こっちの手伝いなんかさせられないよ。気にするな』・・・って、逆に向こうが謝ってきちゃうような状態。気持ちよくはあるんだけどさ、なんだか微妙っていうか、釈然としないっていうか、裏がありそうで怖い・・・っていうか。





 そしてとうとう城南祭前日。教室の後ろに張り出された店番のシフト表を見て・・・ちょっと呆然。俺と田村、ほとんど店にいる状態なんですけど・・・。ってか、牧野サンとかぶってるどころか、クラス全員とかぶってるって感じ?俺らの出したシフト希望表の内容なんてどこ吹く風。どの時間帯見ても『草野・田村・草野・田村・草野・田村』・・・と延々に続く。そりゃ、休憩時間とか他のクラスを見て回るようなちょっとした時間はあるけどさ。たとえば土曜日。店を開けられるのは10時から5時なんだけど、俺と田村は10時から1時、3時から5時を店番として働かなければいけない。日曜日はステージがあるから、流石にここまで長くはないけれど、でも、俺らの番が終わる5時から7時までしっかり入れられてる。ってか、一応店出せる時間って、夕方5時までじゃねぇの?って思ってたら。しっかりシフト表の下に書かれてた。『後夜祭時間中も、営業の許可をもらいました。後夜祭で乾いた、みんなの喉を潤してあげましょう』なんて。フツーやるか?時間外営業なんて。ってか、センセー達許すか?こんなイレギュラー。そりゃセンセー達も浮かれてるのはわかるけどさ、だからって・・・。なんて文句並べてるけどさ、きっと自分達がこんなにシフト入ってなかったら、何も言わないんだろうね。『後夜祭中でもどんどん営業して、利益を出せ!』とかって逆に煽ってんだろうな。そんな自分がいとも簡単に想像できるから、余計に嫌だ。


「ねぇ・・・このシフトって、マジっすか?」


 思わず、偶然隣に立っていたショコに尋ねる。シフト表を組んだのは、ショコとユカだ。確かに『長くシフトに入れ』という級長の言葉は快諾したけどさ・・・これはちょっとひどいんじゃない?でも、彼女は全然悪びれた様子もなく

「マジだよ?」

 なんて笑顔で返してくれちゃって。


「だって、草野くんと田村くんは、ウチのカフェの看板む・・・・・」


 と言いかけたところで、隣にいたユカがショコの口を思い切りふさいだ。その動作の速いこと。反対隣にいた俺もびっくりだよ。


  



「だーっばばばばばっ!!!」


速い動作と、わけのわからない言葉。空いている方の手で、ショコの頭をバシッと叩く。


「あの、ね、ほら、みんな準備で忙しかったから、本番は遊ばせてあげたいでしょ? 自分達の分まで働いてくれたクラスのみんなを、ちょっとは自由にしてあげたいでしょ? 草野くんと田村くんには申し訳ないけど・・・。 その代わりね、2人がステージで歌うときは、お店閉めてクラス全員で応援しに行くからね!」


 だから今の言葉は忘れてー・・・と、ショコの口を押さえたまま、引きつった笑顔で後ずさっていくユカの姿は、ある意味シュールだ。

その隣で牧野サンが意味深で怪しげな微笑を浮かべていて・・・うつむいて口元を押させたまま、肩まで震えさせちゃって。気になって教室中を見回してみたけれど、なんだか全員、牧野サンと同じような、曖昧である意味怪しい笑みを浮かべていた。これって、絶対何か裏があるよな?怪しすぎるったらこの上ない。



 最後の教室の飾りつけくらいは手伝おうと思って、楽器を音楽室に置いてから教室へ戻る。店の名前は『夢想人』。部屋の中に光が入らないように、なおかつ換気が良くなるようにカーテンやら何やらを活用し、天井にクリスマス用のイルミネーションを這わせて、テーブルライトはキャンドルを使う。BGMは胡弓の民族音楽。静かできれいな弦の音がとても印象的だけど、狭い教室の中で音がこもってしまい、響かないのが残念だ。いつの間にか甘味処はチャイニーズカフェに変わってて。内装はほんのりチャイナっぽい。メニューも中国茶をはじめ、杏仁豆腐とかマンゴープリンとか黒タピオカとか、思いっきりチャイナだ。誰が考えたんだか知らないけど、結構いい感じなんじゃないの?と、美大志望の俺は思う。


「・・・なーんか、クラスの様子おかしくねぇ?」


 教室に向かう道すがら、田村が不安そうに呟くのも不思議ではない。最終準備してる間も、ずっと俺らの方ちらちら見ながらくすくす笑ってさ。でも、振り返って目が合ったりすると、ぱっとそらすの、視線。で、また笑うんだよね。俺も嫌な予感がするんだよ。こういうの、虫の知らせっての?違うか。


「おかしいと思うよ。でもさ、俺ら全然手伝ってないんだし、文句も言えないし。 クラスの奴らに従うしかねーんじゃねぇの?」


男は細かいこと気にすんなよ・・・ とは言ってみるものの、俺もかなり不安だったりする。ショコとユカのあの態度と、クラスの奴らの微妙な微笑み。牧野サンまで怪しい笑いしちゃってさ。うーん・・・明日、ガッコ休んだ方がいいのかな?・・・なんて、変なことまで考えちゃったりして。




 結構夜遅くまでかかって、チャイニーズカフェ、「夢想人」は完成した。看板、微妙に気に食わなくてさ、練習そっちのけで直しちゃったよ。デザインした奴と、実際に看板手がけた奴は、美大志望でもなんでもなく、ただじゃんけんで負けてその係になったらしい。だから、誰も看板には期待してなかったんだけどさ。デザインはね、そう悪くないの。も少しいろんなもの描きこんであっても良かったと思うけど。いまさらそんなことも言ってられないしね。だから色使い文字とか少しずつ変えて。



      



でも、みんな喜んでくれたからいいや。『さすが美大志望』だなんてね。牧野サンも微妙に感心してるみたいだったし、もしかして、俺の株上がった?なんてホクホクしながら、帰途に着く。明日はとうとう決戦日だね・・・。嫌な予感はぬぐえないけど、まあ、ここは男として腹くくらなきゃいけないね。たとえ何かあったとしたって、そんな命に関わることはあるまい。大げさに考えたって、宣伝で学校中回って来いとか、そんな程度だろう。とにかく、明日は適当にがんばって、疲れを溜めないこと。日曜日に影響しちゃったら、今まで練習してきた意味がないから。



 ・・・って、寝坊かよっ?!俺。確かにさ、本番近いからって、遅くまでやる曲ヘッドホンで何度も聴いてたよ。でもさ、こういう時って気合入ってるはずだろ?目覚ましひとつで、がっと目が覚めるはずだろ?くぅ・・・情けねぇな・・・今日はさすがに朝めし抜きは辛いから、食パンかじりながら、珍しく自転車こいで学校へ向かう。集合時間は朝9時の予定だったのに・・・


「おはようございますっ!」


 バンっ・・・とでっかい音を響かせながら、教室―――控え室だね、今日は―――のドアを開ける。・・・って、あれ?なんだか微妙な空気。教室内は何故だか静まり返っていて。なんとも言いがたい表情―――なんだか、同情じみてるぞ?―――の男性陣と、今にも腹を抱えて笑い出しそうな女性陣。そして、俺の朋友田村は・・・・・!!


「・・・・・・・」


      


 絶句・・・である。なんで、お前、そんな・・・頭の中は、意味のない単語の羅列しか出てこない。完全に頭はスパークだ。思わず、肩にかけていた鞄―――最近買った、吉田かばんのやつだ。結構気に入っている―――を床に落とす。まるで、その音を合図にしたかのように、ショコとユカの声が響く。


「「捕獲!!」」


 その声とともに、クラスの男子どもが俺の両腕をしっかりと掴んで・・・って、一体なんだよ?!これ?!


「ちょ、ちょっと待てよ・・・なんだよっ?!」


 我に返り、手足をばたばたさせてみたけれど、既に時遅し。足は宙を蹴り、両腕はがっしりと固定されてしまって。そのまま、教室の後ろに設営された、簡易更衣室へと引っ張り込まれた。そのまま目にアイマスクを被され、制服を脱がされる。その間も両手足はしっかりがっちり掴まれて。高校生の男4.5人に固定されたら、さすがの俺も為す術なしだ。って、ちょっとマジかよ・・・俺、レイプされちゃうわけ?しかも同級生、男に?!

 ジーザスクライシス・・・神に祈るわけじゃないけど、思わずそう呟かずにはいられない。っつーよりも、むしろ大声で叫びたい気分だ。ああ、俺、どうなっちゃうんだろう・・・?




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