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「・・・・・」

「・・・・・」


 ポリポリバリバリ・・・と、スナック菓子を噛み締める音だけが部屋に響く。勇気を出して報告したのに、とうの2人は何も言ってくれない。なんか妙に気まずくて、俺もどうしたらいいのか分からなくて、とりあえず正座したまま、2人の動きを伺うようにしてみる。やな空気だな・・・と思うけれど、自分から動く気にはなれない。何を言われるか不安だと思う反面、早く何か言ってくれよ・・・とも思う。なんか、部屋の中全体が矛盾してる。


       

 長い沈黙を破って、最初に口を開いたのはテツヤだった。間抜けな表情浮かべながら、ポテトチップ――奴が1番好きなのり塩味だ――を1枚口に入れながら、

「・・・それはどうもお疲れ様でした」

 なんていうものだから。

「・・・何だよ、それ・・・」

 おい、待ちに待った言葉がそれかよ・・・なんとも的外れで、これ以上なく期待はずれ。とほほ・・・とうなだれて、両手を床に着き、がっくりとうなだれる。いや、テツヤからまともな意見が聞けるなんて、大して思ってなかったけど・・・でもちょっと、辛い。


「・・・いや、そんなことだろうな・・・とは予想してたけどさ、いざマサムネの口から言われると、どうしたらいいかわかんなくなって・・・でも2人とも・・・っつーか、田村が何も言わないから・・・」

「俺のせいかよ?」

「そうじゃないけどさ・・・何か言わなきゃって思うけど、カッコいい言葉って、なかなか思いつかないんだよね」


 へへへ・・・とだらしない笑顔で頭をかき、そしてまたポテトチップを口へ運ぶ。・・・なんだよ、さっきは怒って仁王立ちして、ちょっとカッコいいこと言ってたくせに。妙に裏切られた気分になって、正座していた足を崩して胡坐をかく。テツヤの前に広げたれた袋を奪い取って、1枚・・・とはいわず、掴めるだけ掴んでポテトチップを口の中につめこんでやった。『泥棒!』なんて大げさにわめいてるけど、そんなの無視。わざとらしくバリバリと音を立てながら飲み込んでみせると、恨めしそうな視線で俺を睨む。

 ガキみたいな俺たちのやり取りを一部始終見ていた田村は、苦笑しながらコーラを一口飲む。そして『続きは?』と言った。続きというよりも、詳細を話せ・・・ということだろうけれど。終わってしまいそうな告白大会を何とか継続させてくれた田村には感謝だけど、ここで次の問題にぶつかり、俺はまた言葉に詰まってしまう。つまり、昨日の出来事を奴らにどこまで話してもいいのだろうか・・・ってこと。

 すべて話すことができれば、それが1番わかりやすいし1番手っ取り早い。でも、今まで誰にも相談できず、牧野サンが1人で抱え込んでいたことを、たとえ彼女に打ち明けられたからと言って、第三者の俺が口にしていいはずがない。だけど、今回のことはただ『振られた』と言うのとはワケが違う。『好きな人が他にいるからごめんなさい』ではなく、『好きになるのが怖いからごめんなさい』じゃ、まるで逆の意味だ。そして、前者よりも後者のを言われるほうがダメージが大きいというのは、恋愛経験ほぼゼロの初心者にだって分かる。


「・・・・・」

「・・・何?話せないこと?」


 黙ったままうつむく俺に、田村が言う。話せないわけじゃないけど、言葉が見つからない。頭の中を整理するけれど、適切な言葉が出てこない。やっぱり、口から出る言葉はひとつだけなのだ。


「・・・振られちゃったんだよね・・・」

「だからそれは分かったって!」


 さっきの恨みを晴らすためか、テツヤが大きな声で言いながら俺の頭をチョップする。朝のように全力でやられたわけじゃないから痛くはないけれど、やられて気持ちの良いものではない。じろりと上目遣いに奴を睨んでみる。


「お前みたいに、『うるさいウザいしつこい』って言われたわけじゃないの!振られたっつっても、もっともっと高尚な意味なのっ!」


 テツヤがユカに言われるのと同じ意味――まあ、ユカだって100%本気というわけではないだろうが――で取られてもらっちゃ困る。かといって、それが高尚な振られ方なのかどうかも分からない・・・以前に、振られることに高尚も何もあったもんじゃないと思うけれど。


「・・・何て言って振られたんだよ。『好きな人がいる』とか?」

「好きな人って、やっぱり俺のことか?」


 ・・・寝ぼけたことを抜かすテツヤは無視して、やっぱり、困ったときに頼れるのは田村だ。適切な言葉が見つけられない俺に、Yes Noで答えられる問いかけをしてくれる。余計なことは口に出さないように、少し考えてから、ううんと答える。


「なんかメチャクチャびみょーなんだけどさ・・・東京で付き合ってた奴がいて、嫌な別れ方して、それが結構トラウマになってて、もうそういう思いしたくないんだって」


 ウソは言ってないよな・・・と自分を納得させながらつむぎだした言葉。東京にいるときドウミョウジと付き合ってて、でも自分のこと忘れられて結果的に別れて、しかも魔女さん――ドウミョウジの母親だ――に『息子に二度と近づくな』みたいなことされて、すっげー傷ついて・・・うん、俺の言ったことウソじゃない。


「だから、俺とは付き合えないんだって。悲しいことに・・・」

「・・・・・」

「・・・・・」


 振り出しに戻る・・・ではないが、再び訪れた沈黙。今度は2人とも顔しかめちゃって・・・正に絶句・・・ってやつだ。やっぱり沈黙はイヤだったから、ここぞとばかりに右手の甲を見せてやる。帰り際、下駄箱殴ってできた傷。


「あんまりやるせなかったんで、テツヤに殴られて帰る前、こんな傷作っちゃいました」


 心配してくれるかと思いきや。2人は絶句したまま顔を見合わせるから。


「・・・何」

「もしかして、それってむしゃくしゃして下駄箱殴って蹴ってできた傷・・・とか?」

「・・・そうだけど・・・なんでわかんの?」


田村の言葉に、今度は俺が絶句する番だ。何で包帯を巻いた手を見せるだけで、俺が下駄箱殴ってできた傷だって分かるんだ?もしかして、こいつ超能力者?いや、それとも新種のストーカーか?俺ストーカー・・・って、ありえないこと想像して、気持ち悪くなりそう。何が悲しくて、俺が田村にストーキングされなきゃいけないんだよ。・・・なんて、あほなこと考えてたら。突然テツヤは腹を抱えて大笑いし、田村もらしくなく、うつむいたまま肩を細かく震えさせ始めた。
しばらく、部屋中――というか、おそらく家中だ――に笑い声を響かせたあと、テツヤは『苦しい・・・』とコーラを一気飲みし、田村はメガネを外して涙を拭いた。・・・おい、泣くほど楽しい話だったのか?俺が下駄箱殴って怪我したのが?腑に落ちない表情を浮かべて、2人が平常に戻るのを待つ。そしたら。



   

「・・・お前、その殴った下駄箱がどうなったか知ってるか?」

「・・・知るわけないじゃん」


 田村の言葉にぶっきらぼうに答える。そしたら今度はテツヤが。テツヤまで目に大粒の涙浮かべててさ・・・なんか、ムカついて仕方ないんだけど。


「今日さ・・・2限の途中で・・・ドーンって言うすげー音がしたのさ。地震か?!と思ったけど、別にどこも揺れてなくて・・・びみょーな空気のまま授業終わって、昇降口行ったら・・・1年の下駄箱が、見事に崩れ壊れてた。ガレキの山っつーの?」

「古かったから、板の耐久性がなかったのかな・・・なんて先生たち言ってたけど・・・原因はお前だったんだな・・・」

                        
 

再び湧き上がる笑い声。俺は、俺は・・・涙を流して腹を抱え、その場にうずくまるやつらの前で、どうすることもできなかった。


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      BGM♪bump of chicken:ベル