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 ご飯、ご飯♪・・・と腰に手を当てて、妙なポーズで踊りながら階段を降りる――よく階段から転げ落ちないな・・・と感心してしまう――テツヤを筆頭に、田村、俺と続く。何もかも見透かしていた田村に、何か仕返し――というほど大そうなものじゃないけど――がしたくていろいろ考えて、ふと朝の出来事が頭を過ぎった。あれは一体なんだったのだろう。嫌がらせとか仕返しとか、そういう以前に、普通に気になるんですけど。前を行く田村に『なぁ』と声をかける。


「何?」

「朝、昨日ショコと会ったとか何とか言ってたじゃん。アレ、何?ショコと何かあったの?」

「・・・いや・・・」


 らしくなく言葉に詰まって、そう答えた。・・・なーんか、いつもの田村くんじゃないんですけど。ってか、絶対何か隠してると思うんですけど。あまりにも怪しすぎるから、不信感丸出しの視線を、容赦なく背中にぶつけてみる。一瞬、俺を振り返って気まずそうな表情見せて。

  

「・・・天神のマックに一緒に行っただけ」

「へぇ・・・なんで」

「・・・別に。何となく」

「で、何かあったの?」

「一緒に行ったってだけで、それ以外のこと何もないし。って別にいいじゃん、2人でマック行ったって。お前らだってもっとイイトコ行ってたんだしさ」

「別にダメとか言ってないじゃん・・・」


 妙にムキになる田村に、一瞬焦る。珍しい、テツヤじゃなく田村がこんな風に喰ってかかってくるなんて。・・・こりゃ、マックで、もしくはそこへ向かう道中で何かあったか?聞き出したい気持ち100%だったけど、これ以上聞いたら間違いなく怒り出すだろう――田村が怒るのは過去の経験からしてこりごりだ――から、ここらでやめておこう。言いたくなったら自分から言ってくるだろ・・・ということで、無理やり気持ちを落ち着かせる。しかし・・・意外だった。色恋沙汰には滅法疎い田村が、ショコをマックに誘うなんてさ。あ、逆かな?ショコが田村を誘ったのか?うーん、どちらにしてもほほえましいことで。田村くんにも春が来ましたか?

 なんて、アホなこと考えてる間にキッチンへ到着。まだ湯気立つ天ぷらを真ん中に、炊き立てのご飯やら味噌汁やらその他ちょっとした惣菜が並べられたテーブルに、まるで万年欠食児のように飢えた俺たちは我先にとテーブルへ着く。3人で仲良く手を合わせ、テツヤの『イタダキマス』を合図に『天ぷら争奪戦』が始まった。

 オーバーな・・・と思うかもしれないけれど、俺たちにとってはかなり切実な戦いだったりする。まず、3人が3人とも狙うのが、おばさん得意のアサリの掻き揚げだ。そんなに量があるわけじゃないから取り合いになるのは必須。とりあえずひとつを口の中に詰め込み、2つ目に箸を伸ばすけれど。




「おい!テツヤ2つも一気に取るなよ!」

「早いモン勝ちですー」


 俺とテツヤがアサリをめぐって熾烈な戦いを繰り広げているうちに、頭脳戦が得意な田村は、既に次の作戦に入っていた。次の作戦、つまり第一候補は敵に譲り、第二候補以降、欲しいものを確実に入手するというものだ。各自皿に盛られたサラダや何かを先に片付け、天ぷらのためのスペースを作った田村は、そこへ自分の好きなもの――エビイカ鳥肉などなど――を取っていく。俺たちもそれに気付き、『田村ずるいぞ!』なんて悪態をつきながら、次々と自分の目当てのモノに箸を伸ばす。

 余談なんだけど、鳥の天ぷらが案外うまいということを、田村の家で初めて知った。きっと、下味のつけ方なんかはから揚げと同じなんだと思う。それに片栗粉をまぶすんじゃなくて、天ぷら粉にくぐらせて、同じように揚げるだけ。最初は『邪道だ・・・』なんて思ってたけど、食べてみるとこれがなかなかどうして・・・なのだ。初めて食べたとき、あまりに感動してウチの母親に言ったくらいだ。『鳥はから揚げじゃなく、天ぷらにするべきだ』・・・って。

 テツヤと箸の攻防戦をしつつ――田村は、自分の好きなだけ小皿に取り、一番に戦線離脱だ――獲物は第二候補、第三候補へと移っていく。しいたけ、ナス、たまねぎと人参の掻き揚げ・・・と続き、最後に残るのは、サツマイモとかぼちゃの天ぷらだったりする。なんかね・・・苦手なの、これって。口に入れると甘くてさ・・・天つゆつければいいのか塩をかければいいのか、はたまた何もつけずに食べればいいのかわからなくなる。そして、白いご飯にはこれでもか!というほど合わない。田村もテツヤもそう思っているらしく、皿の上には、鮮やかなオレンジの扇形と、白っぽい丸の天ぷらが数個、残った。箸を伸ばすのは誰一人としてなく、でも残すのは作ってくれたおばさんに申し訳ない。最後はジャンケンで、負けた奴から食っていく・・・というのがいつものパターンだ。今回も例外ではなく、何度かジャンケンを繰り返し、ひとつずつノルマをこなしていく。そして最後のひとつをテツヤが食って、コップに注がれたお茶を一気飲み。テツヤの合図で3人で『ゴチソウサマ』の大合唱。ああ、ホント満足。


「・・・ホント、凄い食欲よね・・・見てるだけでおなか一杯になっちゃうわ・・・」


 シンクで洗い上げをしていたおばさんは、あっという間に空になった皿をみて、溜息と一緒にそう言った。おばさんには悪いことしたかも・・・ってちょっとだけ思う。だって、俺たちのために急いで作ってくれてさ、その洗い上げが終わる前に、作った料理全部食べ終わっちゃってんだもん。しかも、食べてる間は絶対騒がしかったし。せめてものお礼・・・と、『めっちゃ美味かったです』と頭を下げて、自分の使った食器をシンクに運ぶ。2人も俺に続いて。普段はおばさん1人で使うシンクが、高校生男子3人組みであっという間に飽和状態。『洗うから、そこに置いておいて』と言われ、ハーイと良い返事。


「メシも食ったし、部屋戻るか?」

「ん」


 もう一度ゴチソウサマと行って、2階へ続く階段へと向かう。しかし。このままで済まないのが俺たちなのですよ。


「何か食うもん持ってく?」

「当たり前じゃん」


 田村の言葉に、1も2もなく頷く俺たち。今は満足している腹も、あと30分もすりゃ『小腹が減った。何かくれ』って鳴きだすに決まってる。だったら最初から・・・だ。スナック菓子が常備してある戸棚に3人で向かい、1人1袋+α持ってほくほくと笑う俺たちを見て、シンクで手をアワアワにし、食器と格闘――というよりも、完全に1人勝ちなんだけど――おばさんが心底呆れた様子で溜息をついた。


「まだ食べる気なの?・・・一体その体のどこにそれだけのものが入るわけ?あんた達、凄いわ・・・」


 俺も田村もテツヤも太ってるわけじゃないし、どちらかといえば細身だ。おばさんが呆れるのももっともだと思うけれど、空腹だけは仕方ない。まるで子供のようにわーいわーいとはしゃぎながら階段を駆け上がり、田村の部屋No,1へと突入した。なんか、完全に修学旅行のノリだ。


「さて・・・じゃあ、草野の話でも聞きますか」

「おう!」


 テーブルを部屋の隅にやり、スナック菓子の袋を開け、各自コーラのグラスを取り、めいめいに好きな姿勢を取る。田村は片肘ついて寝転びいきなりかりんとうを頬張る。テツヤはクッション抱えて胡坐をかき、俺は、まるで尋問にあう犯罪者のように正座してみる。うーん・・・いざ話すとなると、なかなか緊張するんですけど。とりあえず、1から話すよりも結果を先に言った方が手っ取り早いしわかりやすいだろう。ってか、きっと結論は2人とも知ってるていうか、気付いてるんだろうけどさ。一応けじめとして・・・ね。大きく息を吸って覚悟を決めて。でもちょっと俯きながら言った。


「結論から言うと・・・・俺、振られちゃいました」

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