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「・・・・・」

「・・・・・」


 ショコと2人、図書館のベンチでぼんやり。いったいどうしたことだろう。なんだか、今日は一日中こうしてここに座っているような気がする。はらはらしながら、どきどきしながら、冷や汗を流しながら。そして今は、すべてが終わって腑抜け・・・というところだろうか。すべてが終わったといっても、牧野サンとユカが、かばんを取りにガッコへ戻ったというだけだけれど。田村はとっくの昔に戻っているわけで。保健室へ行かず、授業中なのに学外へ出てることばれて、怒られてなきゃいいな・・・と、余計なことを考えてみる。


「ショコ、どうする?このまま家に帰る?」


 時間を確認すれば、もう4時過ぎで。早良の図書館からなら、ゆっくり帰ればちょうど良い時間になる。もちろん、それは俺も同じなのだけれど。


「・・・今帰っても、家族に普通の顔で会えないから、まだ帰らない。ユカたち、ここに戻ってくるって言ってたし」

「そっか・・・」


 気晴らしに、遊びに行こうか・・・なんて言おうと思ったけど、そんな気分じゃないんだろうな。牧野サンと何を話したのかわかんないけど、2人で図書館から出てきてから、ずっとだんまり。1人で先に帰ろうかな・・・とも思うけれど、この状態のショコを放っておくのは、どうしてもできない。自己満足なんだろうけど、一緒にいれば少しは気持ちが落ち着くのかな・・・なんて。


「・・・聞いていい?」

「何?」

「・・・牧野サン、何だって?」

「・・・・・」


 沈黙。やっぱり、触れちゃいけない部分に触れちゃったかな・・・静かな間がすごく居心地悪くて、『変なこと聞いてごめん』って謝ろうとした時。


「田村くんと話をしなきゃだめ・・・だって」


 小さな声で、ショコがポツリとつぶやいた。


「・・・するの?」

「するわけないじゃん。ってか、できるわけないじゃん。あんな振られ方したのに、一体何をどうやってどんな顔してどんな声で話せっていうの?無理だって」


 そして、再び沈黙。そりゃそうだ。俺だって田村と話できないもん、今のこの状態じゃ。


「・・・っていうかさ、今になってようやく気付いたんだけど、どうして草野くんまで学校休んでるの?あたしや奥田が休むならともかく、草野くんが休む理由って思い当たらないんだけど。風邪引いたとか熱出したとか、そういうのじゃなさそうだし」


 突然のショコの突っ込み。あまりに突然だったので、心臓が思いっきり飛び跳ねて、思わず彼女を凝視してしまった。そして後悔。こんなにあからさまに驚いてたら、何かあったって言ってるようなものじゃん。『行く気なかった』とか『面倒だった』とか、言い訳できなくなっちゃったじゃん。

 思いっきり動揺して、周りをきょろきょろと見渡してみる。制服を着た学生もちらほら現れ始めて、そろそろここも賑やかくなるのかな・・・ショコにいろいろ話しかけてみるけれど、まったくもって逆効果。声はうわずるし、視線は泳ぐし、挙動不審もいいところだ。そして、突き刺さるショコの視線は・・・痛い。


「・・・なんで動揺してるわけ?怪しすぎるんだけど・・・まさか、草野くんも田村くんに振られたとか?」

「実はそうなんだ・・・田村に『おまえの気持ちには応えられない』なんて言われちゃってさ・・・・」

「草野くんも失恋したんだ・・・」

「そう、ショコと一緒で・・・・って、違うだろ。俺はれっきとした女好きだっつーの」

「そうやって断言するのもどうかと思うけど。女好きなんて、女の子の前で言う?普通」


 テンションの上がらないショコ。俺のボケ突っ込みにも冷静に対処・・・ってか、むしろ視線が冷たい。せっかく元気付けようと思ったのに。


「で、ホントの理由は?」

「・・・田村に言われた、俺と友達やってる価値がないって」


 ちょっと悩んで、ホントのこと言った。隠しておいても仕方ないし、もうこれ以上ごまかせないし。ショコだって傷ついてるっていう心の内見せてるんだから、俺だってそうしなきゃフェアじゃないし。そういえば、前――6月だっけ?――ユカに言われたっけ、同じ立場にいた方がいい事もある・・・って。


「なんで?」

「知らない」

「いつ?」

「昨日。田村追いかけてった時」

「・・・そっか・・・」


 冷たいショコの視線が、少し緩んだ。そして、気まずそうに俺から視線を外して、ごめん・・・と、消え入りそうな小さな声で呟く。あ、逆に気を遣わせちゃったかな・・・


「でも、でも・・・田村くん、ほんとはそんなこと思ってないと思うよ。ほら、あの日はあたし達がカーッとなって呼びつけちゃって、ろくな説明もしないままずっとつき合わせちゃって・・・だから、きっと田村くんもイライラしてたと思うから・・・」

「・・・田村の弁解してる」


 らしくなく、おろおろと言葉をつむぎだすショコがなんだか面白くて、思わず笑ってしまった。自分振られたくせして、田村のことかばって。それだけの些細なことなのに、ああ、ショコって田村のこと、めちゃくちゃ好きなんだな・・・なんて思った。いいな、こういう風に想われるのも。

 自分の中で笑いが納まってから、ゆっくりと言葉を選ぶ。


「そんなこと言うんだったら、イライラした田村の言葉、全部信じなくたっていいんじゃない?ショコだって振られてないかもよ?わけわかんないところに置いてきぼりにされて、思わずそう言っちゃっただけかもしれないしさ」

「・・・そうかな・・・?そんなことも、あるかな・・・?」


 少しだけ頬に赤みがさしたショコ。少し嬉しそうに笑って俺を見て。うん、やっぱり女の子は笑ってる方がいいや。


「そんなこと絶対あるって。あいつに限って、そんなひどいこと本心から言うわけないもん」

「だったら、草野くんだって落ち込まなくていいよ。あの田村くんに限って、友達を傷つけるようなこと、本気で言うはずないもん」


 そうかな?そうだよ・・・と、2人で元気出し合って。何かバカみたいだけどさ、こんなことしてたら、朝悩んでたのがバカらしく思えるほど、元気が出てきて。そうだよ、俺やショコが、田村に振られるわけないじゃん。田村の機嫌が悪かっただけだよ。うん、絶対そうだ。確信なんてないけど、もうそういうことにしよ。


「憂さ晴らしかねて、カラオケ行こうよ?」

「思いっきり歌う?」

「うん、ユカやつくしには悪いけど、ここは振られたもの同志、パーッと歌おう。制服で行って、思いっきり校則違反しちゃおうよ」

「賛成。そうと決まれば・・・」











 2人で顔見合わせて、にやりと笑って立ち上がる。俺は牧野サンに、ショコはユカに。それぞれ『そのまま帰るので、図書館には来なくていいです』っていう内容の嘘メールを送る。さすがに手をつないで歩き出す・・・ってのはなかったけど、それでも2人仲良く肩並べて、田村の悪口や、いいとこ自慢なんか話して。一体好きなんだか嫌いなんだかわからないくらいに、色んなことを話した。




 バンプはもちろん、ミスチルやゆず、普段は滅多に歌わないビジュアルバンド、田村の好きなアジカンやゴーイングを、喉が痛くなるくらいに熱唱。ショコもaikoやELT歌って、2人で演歌のデュエットなんかしちゃってさ。制服でカラオケへ行くという、かなりの校則違反も全然ばれなくて、誰にとがめられることなく、歌って踊って楽しんだ3時間。さすがにその場でハイさよなら・・・というわけにはいかないから、ショコを自宅近くまで送って、自分の家に到着する頃には、既に8時を軽く回っていた。



「あんた遅かったね。何してたの?」

「ちょっと、クラスの女の子と図書館行ってた」


 ただいま・・・と玄関を開け、階段を上る途中。リビングでテレビを見ていた母さんが、顔だけ出した。半分嘘だけど、まったくの嘘じゃないから。一応受験生だし、図書館だったら母さんも怒らないだろう。でも。


「クラスの子って、牧野さん?そんな、図書館なんて行かずにここに来ればよかったのに・・・母さん、もう一度あの子に会いたいわぁ・・・」


 おい、それかよ。息子で遊んでるだろ、絶対・・・


「残念ながら、今日は牧野サンじゃないの」

「あら。珍しいこともあるのねー・・・あんたと図書館行きたがる女の子がいるなんて」


 余計なお世話です。どうせ俺はもてませんよ、ってか、実の親がそれを認めるなよ。反論したかったけど・・・やめた。余計に話が混乱して、取り返しのつかないことになったら嫌だから。取り返しのつかなくなった話が弟や妹に伝わったら・・・想像するだに恐ろしい。


「まあいいわ。あんたのご飯ちゃんと取ってあるから、着替えたら食べなさい」

「はーい」


 妙にご機嫌な返事。聞こえちゃったらしくて、また嫌なタイミングで弟が部屋から顔を出した。


「何?新しい彼女?牧野サンとやらには振られたの?」

「振られてねーよ・・・ってか、お前盗み聞きするなよ」


 言い訳など聞かず、ゲンコで頭をごんっと殴って、自分の部屋の扉を開ける。『暴力兄貴はんたーい』と、背後で弱弱しい叫び声が聞こえるけど・・・この際、聞かなかったことにしよう。ベッドにカバン放り投げて、汗を含んで湿っぽいシャツを脱ぎ捨てる。さらりと乾いたTシャツに腕を滑らせ、ジーンズに履き替え、一応、ズボンだけはハンガーにつるして壁にかける。うーん、男の子のくせしてえらいじゃん、俺。

 ユカと飲んだコーラの残りがかばんに残っていたのを思い出して、取り出してから一気飲み。ふぅ。熱唱で少し炒めた喉に炭酸が・・・きつい。ちょっとしみる感じがして、思わずむせた。さて。着替えもしたし喉も潤ったし。そろそろメシでも・・・


「正宗ー」


 階下に行こうと部屋のドアを開けた瞬間、俺を呼ぶ母さんの声が家中に響く。なんだよ、今からメシ食いに行くっつーの。いちいち呼ばなくても、ちゃんと降りてくっつーの・・・なんて、心の中で毒づいていたら。


「田村くんが来たわよー」


 予想もしなかった言葉。『田村』という響きに、思わず足がすくむ。何だ?一体何なんだ??


「早く降りてらっしゃい!待たせちゃだめよー」


 動きたいけど、動きたくない。あいつ、昼間会ったときは、何も言わずに逃げたくせに。なんて、1人で腹を立てていても仕方ないか・・・
とりあえず大きく深呼吸。田村が来たというのだから、会わないわけにも行かないだろう。覚悟決めて、階段を1歩、下りた。

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