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「・・・・ろ、起きろ!」
顔に何かが当たる。驚いた勢いで飛び起きると、ぽとり・・・と、クッションがフローリングの床に落ちた。って・・・あれ?壁にかかるデジタル時計を見れば・・・もう12時。
「お前、言葉選んでると思ったら、いつの間にか寝息だもんな。俺は驚くのを通り越して呆れたよ。眠いの我慢して付き合ってやろうと思ったのに、当の本人が寝ちまうんだから」
「・・・ごめん」
「お前が素直だと気持ち悪い」
苦笑しながら、亜門は手に持っていたトレーをテーブルに乗せる。そうか、何かいい匂いがすると思ったら、これだったんだ。トレーの上には、出来立ての焼きそば。湯気が立ち上って、すっげー上手そうだ。
「昨日の餃子の具、大量に余ってたんで、アレンジして塩焼きそば。お前も牧野も戻って来なかったからさ。さすがに、俺1人じゃ食い切れなかった」
「・・・美味そう」
「当たり前だ。俺が作ったんだからな」
こう見えても、1人暮らし暦は長いんだぞ?と、俺の前に皿を出す。ほんと、美味そう。焼きそばなんてソース味しか食ったことないけどさ。じーっと覗き込んでたら、遠慮せずに食え、と言われた。別に、遠慮してたわけじゃないんだけどさ・・・でも、早速だから頂こう。
「こっちで食べてもいいの?」
「こっちって?」
「ダイニングテーブル、台所にあるじゃん」
「こっちに運んじゃったし、ここでいいよ。それよか飲み物、ミネラルウォーターとコーラと、どっちがいい?」
「コーラ」
「氷は?」
「いらない」
焼きそばかっこんでると、横からすっとコーラが出てくる。俺、口開いて寝てたのかな。妙にのどが渇いててさ、ぐっと一気飲みして、グラスをテーブルに置いたら、次の瞬間にはまた、コーラが注がれてた。うーん・・・なんて気の利く男なんだろう。
「・・・俺、あんたが良かったな・・・」
無意識のうちにポツリと呟いた。亜門みたいな奴が親友だったら、どんなにいいか・・・って、想像してみる。意地悪なようで優しくて、いじめられてるようで守られてる。
「俺、すっげー好きかも・・・」
亜門と一緒にいる時間。へんな意味じゃなくてさ、なんかね、すげー居心地いいの。いつまでもこうしてたい・・・みたいな。
そしたら。
「・・・・・」
自分のグラスを持ち、俺の隣に座ろうとしていた亜門は、目を真ん丸くして俺の顔見つめながら、ミネラルウォーターの注がれたそれを床に落とした。ガシャン・・・と、ガラスの割れる音が響いて、跳ねた水が俺の顔にかかった。
「って、あんた何してんの!!危険すぎるよ・・・」
急いで立ち上がって、比較的大きな破片を拾い集める。ゴミ箱に入れても困るから、とりあえずトレーの上に並べていく。俺が片付けていく間も、奴は微動だにしなくて。おいおい、一体何なんだよ・・・
「・・・お前、今の発言やばすぎだって・・・」
「発言?」
「俺、一瞬焦った。お前にそっちの気があるかと思って、マジに心配した・・・」
「そっちの気?」
俺、なんかやばいこと言ったか?しかも、そっちの気って何だ?さっぱりわからなくて、首をひねってみる。
「俗に言う『ホモセクシャル』って奴か?女が好きなようで、実は男が好き・・・みたいな」
「・・・・・」
亜門の言葉を頭の中で繰り返しながら、さっきの自分の言葉を反芻する。・・・・って、俺、めっちゃくちゃ言葉足らずだった?ちょっと冷や汗。
俺のそんな表情を見て、やばいな・・・と思った。この顔、見覚えある。亜門はにやりと笑うと、ガラス拾ってる俺の腕掴んでさ・・・
ドサッ・・・
あれ?天井が見える。って何で天井が見えるわけ?俺ガラス拾ってたはずなのに・・・そして、え?マジかよ?何で亜門の顔が見えるんだよ・・・しかも、上から。天井と亜門が一緒に見えるなんて、絶対おかしい!
「・・・おいっ!これ一体何のまねだよ?!」
ちょっと待て、状況把握できません。何で?何で俺が亜門に押し倒されてるわけ?しかも、アップなんですけど・・・って、やっぱりいい顔してるよな・・・近くで見ても、やっぱりキレイだもん。って、違うだろ?俺、もしかして貞操の危機?
「どうせだったら、1回試してみるか?お前キレイだし、俺、お前が相手ならいいかも」
「お、俺は絶対嫌だ!!お前となんて・・・っつーかお前じゃなくても嫌だ!!!」
「試してみりゃ変わるって。男も女も、所詮は人間。見かけが少し違うだけで、根本的にはなーんにも変わらないんだよ」
少しずつ近づく亜門の顔・・・ってか亜門の唇。こいつマジかよ・・・やめてくれ・・・と心の中で懇願しながら、強く目を閉じた。ら。
ふと遠ざかる気配。そして、次の瞬間の大爆笑。何が起こったのかわからなくて、急いで身体を起こすと。
「お前マジで最高!そこで目ぇ閉じるか?普通なら思いっきり暴れるだろ・・・あー・・・腹イテェ・・・」
目じりに涙をためて、腹を抱えて大声で笑う亜門が。あー・・・一瞬パニクって、何が起こったのかわからなかったけど・・・そういうことね、結局遊ばれちゃったわけね、俺。
なんか、悔しいけど慣れた。そうだよ、所詮こいつはこういう奴だよ。俺が真剣に悩んでても落ち込んでても、結局俺をおもちゃにするんだよ、亜門さんは。時々親身になって相談乗ってくれるし、俺にぴたってくるアドバイスとかもくれるけど、それも全部俺をおもちゃにした報酬としてやってくれてるんだよ、こいつは。
もう、言い返す気力もない。未だ散らばっている破片も無視して、もう一度焼きそばの前に座りなおす。涙ぬぐいながら掃除機を出す亜門を横目でちらりと見て、無言で焼きそばかっこんだ。
「お前、もしかして怒った?」
ガラスを丁寧に掃除機で吸い、濡れた雑巾でフローリングの床をキレイに拭き、割れた破片を新聞紙で包み、雑巾と一緒にゴミ箱へ捨てると、亜門が俺の隣へ腰を下ろす。奴も箸を持って、焼きそばを口に運んだ。さすが俺・・・なんて自画自賛してるよ。でも、確かにうまいから・・・それは許す。
「別に怒ってない。ただ、俺の周りってろくな奴いないな・・・って悲観してただけ」
「何で。俺なんてすっげーいい男だろ?」
「あんたを筆頭にだよ!俺のことからかってばっかで、全然まともに話聞いてくれないし。田村は田村で意味なくぶちきれて、俺のこと嫌いって言うし・・・」
「まともに話聞かないって、さっきはお前が寝ちまっただけじゃん。俺不可抗力。なーんも悪くないはずですー。で、何。お前が凹んでる理由ってやっぱり田村くんなの?ケンカしたんだ?」
「・・・なんでわかるんだよ?!」
「っつーか、お前が今言ったじゃん。田村に嫌われた」
自分で言ったこと一瞬で忘れるなんて、お前も相当やばいよな・・・なんて言われてしまった。余計なお世話だっつーのね。
でも。今度はちゃんと聞いてやるから・・・なんて言われたら・・・言うしかないじゃん。俺こいつの言葉に何か弱いみたいだし。やっぱ『兄ちゃん』って雰囲気がいいのかなー、俺、長男だし。甘えれることって今まであんまりなかったし。
「・・・昨日、田村に『お前と友達やってる価値ない』って言われたんだよ。ってか、何で『やっぱり田村』なわけ?」
「牧野となんかあったわけじゃなさそうだし。で、お前が泣くほど落ち込むのは、親友の田村くんが理由かな・・・と。で、なんで?」
「よくわかんない。昨日、ショコと奥田さんの女の戦いに田村巻き込まれてて、俺も牧野サンもそれに呼び出されたんだけどさ・・・あいつ突然キレて、ショコと奥田さんに暴言はいてとび出して、追いかけた俺にそう言ったんだもん。俺、すげーショックで理由とか聞く余裕なかったし・・・」
あー・・・やばい。言葉にしたら昨日の事頭にぐるぐる回りだしてさ・・・自己嫌悪にまたはまりそう。でも。
「・・・田村くんとやらの気持ちもわからんでもないが・・・まだまだガキだな。お前みたいないい奴にそんな八つ当たりするなんてさ」
「・・・俺、別にいい奴じゃないよ」
「でも田村くんは間違いなくお前が好きだぞ?あ、もちろん変な意味じゃなくてな」
「どうしてあんたにそんなことわかるんだよ。俺、面と向かってお前といる価値ないって言われたのに・・・」
亜門に喰ってかかろうとしたら、突然、ケータイの着信が響く。・・・って、俺じゃん。カバンさばくって確認したら、それはショコからで。こんな時間にかかってくるってことは、やっぱりあいつも休み組か・・・
「・・・誰?」
なかなか出ようとしない俺を不思議に思ったのか、亜門が手元を覗く。ディスプレーにはしっかり『安藤ショコ』って名前が出てて。
「ショコちゃんって、あのショコちゃん?」
「そう」
「田村くんとやらのことが好きな?」
「そう」
「じゃあ、早く出てやれよ」
「でも・・・」
正直、出たくない気持ちもある。だって、俺ショコになんて言ったらいいかわかんないもん。俺よりもずっとずっと傷ついて、落ち込んでるだろうショコ。下手な慰めは・・・きっと、余計に彼女を傷つけるだけだ。軽い言葉をかけるくらいなら、居留守決め込んだ方がマシかな・・・って。
「バカ。ショコちゃんとやらも、お前の下手な慰めなんて端から期待してねーって。ほら、とっとと出ろ!」
亜門にせかされて、俺はしぶしぶケータイのボタンを押した。
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BGM♪スピッツ:へちまの花