「・・・元気ないな。どうかしたのか?」


 小皿や箸を並べながら、亜門が俺の顔を覗き込む。ジャマ・・・と悪態つきながらぷいと逸らしてみるけれど、それであきらめるような奴じゃなくて。何度も何度もしつこく同じことを繰り返して、うざい!と俺が切れたら。案の定肩を小刻みに揺らして笑い出した。


「なに、ここに来るのそんなに嫌だった?」

「そうじゃない」

「自己紹介演技してるとき、お前すごく不機嫌そうだったからさ。牧野と一緒にメシなんていったら、小躍りして喜ぶと思ってたんだけど」

「あんたのこと知ってるのに、初めて会ったふりして自己紹介だぜ?役者じゃないんだから、上手くできないっつーの。笑いを堪えるので精一杯だったよ。で、不機嫌に見えたんじゃねーの?」


 それにしても、亜門の演技は完璧だった。最初に会ったときのような小憎たらしいニヤニヤを口元に浮かべて、『よろしくな』なんてさ。演技ってわかってるから尚更、おかしいの我慢できなくて吹き出しそうになった。


 今日は水曜日、待ちに待った水曜日。亜門の家でお食事会の水曜日。少し緊張しながら、6時少し前にアパートの呼び鈴を押す。部屋はあらかじめ牧野サンに聞いておいたから、他の部屋のベルを鳴らすなんていう粗相はしなくて済んだ。俺の場合、普通にやりそうだからね。で、事情――俺らが少しだけ仲良しってこと――を知らない彼女の前で白々しく自己紹介なんかして、今に至る。

 牧野サンは、一旦自分の部屋へ下ごしらえした材料を取りに。部屋って言っても、亜門のアパートの一室とかじゃなくて、お隣さん。実は、今の今まで2人は一緒に住んでんじゃないか・・・って疑ってたんだけどさ。ホントにそうじゃなかったみたい。ちゃんと表札出てたし、「牧野」って。 今日のメニューは餃子。何故か餃子。しかも、自分たちで包んでその場で茹でて食べる水餃子。ちょっと驚いたけど・・・楽しそうだ。なんか工作みたいで。ま、そんなこんなで彼女がいないから、今は亜門と普通に話すことができる。


「・・・お前、自分がどれだけ顔に出やすいかわかってる?不機嫌なのは鈍感な牧野でもわかるっつーの。ほら、吐け。吐かなきゃメシ食わせない」

「・・・あんたって悪魔だよな・・・」

「小悪魔に言われたくないな」

「誰が?」

「お前が」

「何で?」

「可愛い顔して、言うこと結構辛辣だし」

「だから可愛いって言うなっつーの!」

「で、何があったんだ?」


 ・・・結局、亜門のペースだ。そりゃわかってるよ、こんな言い方してても、ほんとは心配してくれてるって。坂口さんの言ってた『マサムネ君は亜門さんに気に入られてる』っていうのも、なんとなく肌で感じるし。土曜日も何だかんだ言いながら店にいさせてくれたし、今では解決済みのショコのことも、親身になって『お前が悪いわけじゃないんだから、何かあっても堂々としてろ』って言ってくれたし。その言葉のおかげで、日曜日は結構気楽に過ごせたんだけれども。


「・・・ほんと、大したことじゃないよ。奥田さんにちょっと嫌なこと言われただけ」

「田村くんとやらのことを好きな奥田さん?」

「そう」

「何て?」

「・・・田村の好きな子も知らないなんて、ホントは親友じゃないんじゃないの?・・・って」

「そりゃ間違いだな」


 即答した亜門。皿を両手で持ったまま、思わず奴の顔を見た。そしたら目があって。いつもみたいに頭をぐりぐりいい子いい子された。


「気の置けない仲だからこそ、口に出せないことってのはあるもんだ。お前だって、牧野のこと好きだって、その田村くんとやらにすんなり言えたわけじゃないだろ?」

「まぁ・・・そうだけど」

「でも、田村くんと一緒にいるのは嫌じゃないだろ?」

「うん・・・」

「そういうことだよ」

「・・・どういうことだよ?」


 ようやくテーブルに皿を置いて、亜門に向き直る。自分でも驚くほど語尾が大きな声になっちゃってさ。そう噛み付くなよ・・・って、亜門に怒られた。


「一緒にいて居心地がいいのが親友ってこと。何でも言える仲が親友っていうんだったら、夕方とかに井戸端会議開いてるおばちゃんたちは、全員親友同士ってことになっちゃうぜ」

「・・・それは違うだろ」

「それに似てるってことだよ」


 そうなのか?どこか納得できない部分もあるけれど・・・少し気が楽になった。そっか、田村と一緒にいたい――もちろん、変な意味じゃないぞ――と思うことが親友の証なのか。田村もそう思っててくれてるのかな。思ってくれてなきゃ、俺みたいに迷惑かけっぱなしの奴と一緒にいないよな。うん、きっとそうだよな。

 奥田さんは、きっとそういう友達がいないんだ。彼女が怒った理由がわからなくて、昨日ユカに聞いてみた。何故彼女は怒ったのかな・・・と。『何でも話せる友達がいないんじゃないの?』なんて、奥田さんの先輩として意見をくれた。それも一理あると思うけれど、でも、それだけじゃないと思う。亜門が言ったとおり、きっと心許せる友達がいないんだと思う。誰といてもどこかで気を遣って、疲れちゃうのかな・・・と、ふと我に返った。彼女がそんな気を遣うわけないじゃん。我が道歩きすぎだし。誰かに面と向かって悪口言われても、動じる子じゃないし。現に、俺がどれだけきつい事言っても、全然へこたれないし。じゃあ、一体何が原因で怒ったんだろう。また振り出しに戻ってしまった。

 まぁ、いっか。別に解答を出さなきゃいけない問題でもないし。奥田さんが怒ったことで、俺に関わってこなくなれば万々歳だ。彼女のことだから、逆に何か仕掛けられる・・・ってことも考えられそうだけど。


「・・・とりあえずはそういうことで納得してやる」

「えらそうだな、お前・・・」


 小さくため息ついて苦笑して、亜門はCDを物色。いいな、BOZEのスピーカー。ちょっと羨ましい。ダークブラウンに加工された木製のCDラックには、ジャズからロックからクラシックから、とにかく膨大な量のCDが整頓されていて。ちょっとだけテツヤを思い出した。奴の部屋も、CDだけは妙に整頓されてるんだよな。


「なんかリクエストある?一応食事だから、ハードな曲はやめといたほうがいいと思うけど」


 一瞬俺を振り返る。亜門の隣に並んでCDを見てみるけど・・・聞いたことのないアーティストが多すぎて、ちょっとお手上げ。ジャケットで選ぶと、音楽は大ハズレ・・・って事もよくあるし。ここは任せた方がいいだろう。


「別にない。あんた適当に選んでよ」


 そうですか・・・と、再びCDとにらめっこ。ポラリスあたりがいいかな・・・なんて独り言言いながら、CDをセットする。で、ふと思った。


「・・・ねぇ」

「あん?」

「ハルジオンって曲、知ってる?」

「バンプが歌ってるって程度には」

「俺さ、今年の城南祭・・・文化祭のステージで、ハルジオンやったの。でもこれは、俺らがやりたくて選んだ曲じゃなくて、リクエストだったんだよね」

「誰の?」

「牧野サンの」


 開閉ボタンを押す亜門の指が、ぴたりと止まった。そして、目を真ん丸くして俺を見た。もしかしたら初めてかも。亜門のこんなに驚いた表情を見るのは。







「・・・何?」

「・・・マジで、牧野がそう言ったの?」

「うん・・・」

 そうか・・・とつぶやいて、亜門は思案顔。その表情はあまりに真剣すぎて、話しかけることができなかった。立っているのも手持ち無沙汰だし、とりあえずダイニングテーブルへつく。おとなしく座って、亜門をじっと観察。しかしいい顔してるよな。背も高いし、おしゃれだし。俺もあと4つ大人になったら、あんなふうにかっこよくなれるのかな・・・。認めるのは癪だけどいい奴だし。頼りがいあるし包容力もあるし。
 ぱっと顔を上げると、亜門が俺を手招きする。何かと思って近づくと、奴はせっかく入れたポラリスのCDを取り出し、代わりにバンプのそれを入れた。Jupiterだ。


「なんで持ってんの?あんまり興味なさそうなのに」

「牧野にもらったの。もう聴かないからあげる・・・だってさ」

「・・・嫌い・・・だから?」

「そう。でも正確に言えば、好きだったのに嫌いになったから・・・かな。バンプオブチキンを、じゃなくてこの中のたった1曲を」

「・・・俺、それがどうしても知りたいんだ。牧野サン、自分でリクエストしたくせに、俺らのハルジオン聴いて泣いてた。涙ぽろぽろ流してさ・・・」


 ずっと心に引っかかっていること。どうして嫌いな曲をリクエストしたのだろう。そして、新しい謎。亜門は『好きだったのに嫌いになった』と言った。じゃあ、どうして嫌いになったの?


「あんた、知ってる?どうして嫌いなのか、どうして嫌いなのにリクエストしたのか」

「期待に添えなくて悪いけど、それは知らないな。本人に聞けよ」


 亜門がそう言ったところで、タイミングよくチャイムの鳴る音がする。返事をする間もなく開けられる扉。続けて、小刻みに響く足音。


「ごめんね、後片付けに手間取っちゃって遅くなっちゃった・・・亜門、お湯は沸かしてくれた?」

「もう蒸発しそうなくらいにぐつぐつ言ってる」

「じゃあ、はじめようか?」


 楽しそうに笑う牧野サンに、俺らの会話も一時中断。手を洗って、初めての餃子に挑戦。黙々とタネを包む俺たちの後ろで、藤原くんの声が響く。

 俺は見逃さなかった。その声に、牧野サンの表情が微かに曇ったことを。


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                                  BGM♪スピッツ: 愛のことば


    

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