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「・・・ばっかじゃないの?」

「確かに・・・否定はできないよね」

「ああん!怒ったユカちゃんも最高!!」


 どれが誰の台詞か・・・は、想像に難くないだろう。放課後の緊急会議。
平井がサヨナラの号令かけた瞬間、ユカと牧野サンの腕引っ張って教室を飛び出したのは、俺。
運悪くテツヤに見つかって、『ユカちゃんさらい!!』なんて叫びながらついて来て、4人でいつかのミスドにいるのだけれども。

 昼休みの出来事を3人――1人はおまけなんだけど――に話した瞬間、これである。
ユカが『バカ』と言ったのはもちろん俺のことで。でも、これって俺に非があるのか?仕方なかった気もするんだけど・・・と、言い返す勇気もなく、すんません・・・と小さくなってうつむく。


「しかし、田村がもてるとはなんだか許せませんね・・・しかも、亜美ちゃんとショコちゃんですか」

                     


 肉まんをもぐもぐと頬張るテツヤ。以前のユカといい、こいつといい、何でこんなに口いっぱいにものを詰め込むんだ?誰も取らないっつーのにね。
小さくため息ついて、今日はジンジャーエールをひと口。で、気付いた。


「亜美ちゃんって誰?」

「田村のこと好きな奥田さん。奥田亜美ちゃん」

「何でお前知ってんの?」

「去年告られたもん」


 一瞬、息が止まった。いや、その場の時間が止まった。
俺は口へ入れようとしていたDポップを落とし、牧野サンは砂糖を溶かしてた紅茶のスプーンを落とし、ユカは、口に含んでいたウーロン茶を噴き出しそうになった。
しばらく沈黙が続いて・・・・・ちょっと待ってよ。頭ん中整理していい?テツヤが奥田さんに告られたって、告られたって・・・


「マジで?」

「嘘ついたってしょーがないじゃん」

「いつ?」

「だから去年。ちょうど今くらいかなー・・・」

「で、どうしたんだよ?」

「断ったに決まってんじゃん。俺はユカちゃん一筋なんだぜ?他の女の子に目移りしてる暇なんてどこにある・・・・って、お前苦しい・・・」


 いつの間にかヒートアップしてて。ふと気付けばテツヤの胸ぐら掴みあげてた。
ごめんごめん・・・と手を離すけれど。なんかすげー事実なんですけど。
テツヤが?奥田さんに??小さなショックを覚えながらちらりとユカを見る。
でもぜんぜん気にしてる様子はない。
さっきの動揺ぶりは何だよ、演技か?それとも、テツヤが断ったって言った瞬間、驚きも消えたのか?そりゃ去年の今頃なんて、テツヤはユカ一筋だったけどさ。


「三輪くん、もてるんだね・・・」


 牧野サンの強烈な一言。本人そんな気ぜんぜんないんだろうけどさ、『草野くんはもてないのにね』って意味を暗に含んでる気がして、言葉が矢になって胸に突き刺さった。これ、結構痛いね・・・

 言われたテツヤはまんざらでもないような表情で、そう?なんて頭をかくふりをする。


「特にもてる・・・ってわけじゃないんだけどね、ほら、何ていうのかな・・・普段のさりげない仕草も、女の子が放っておかないっていうか・・・」

「・・・ばっかじゃないの?」


 まったく。いいコンビである。有頂天だったテツヤも、ユカのきつい一言でしゅんとなっちゃって。
俺は牧野サンのさっきの一言でいまだ再起不能。とほほ。


「でも、奥田さんだっけ?結構可愛い顔してたし、目立つし、男の子に人気ありそうな感じなのに自分から告白してばっかなんて、ちょっと意外だよね。」


 俺の心を痛めたなんて微塵も思ってない牧野サン。しれっとした顔でなかなか鋭いところを突っ込んできた。
でも、言われてみればなるほど・・・だ。告って振られて、告って振られて・・・の繰り返しっぽいよね、なんか。
彼女ももてないんだぁ・・・なんて思ったら急に親近感わいちゃってさ。
うん、なかなかいい子かもしれないよね。なんて思ってたけど。


「それがあの子の怖いところなんだよねー・・・」


 ユカの一言で親近感も消えた。


「あの子、確かにいろんな人に告白してるけど、その倍は男振ってるからね。自分は『私のこと知りもしないで断らないでください』とか言ってるけど、逆の場合なんてひどいよ?たった一言『知る気ないから』だもん。たいていの男はそれで泣くよ」

「そりゃ泣くわ」


決死の思いで告白して、一言でケンモホロロだろ?俺なら3日間は立ち直れないね。
3日経って立ち直ったとしても、学校は行きたくないだろうな。会ったら嫌だもん、自分にそんなことのたまった女に。
そのとき、店内に軽快なメロディ・・・というか歌が響き渡った。
着ウタ。バンプってことは・・・ユカだよね。
案の定、奇しくもおそろいの吉田かばんをさばくって、紺色の折りたたみケータイを取り出す。そして、目を見開いた。

  

「・・・ショコだよ」


  とりあえず出るね・・・とボタンを押して話し始めたユカを、俺と牧野サンは息を呑んで見守る。
なんかタイミング良すぎません?そして、タイミング良すぎて嫌な予感がします、俺。
そして、たいてい嫌な予感は当たるんです。今回もなんかありそうな・・・

 余計なこと話さずにとっとと電話切れよ・・・なんて思うけど、果たしてそれは伝わるのか。
楽しそうに雑談してやがる・・・けど、今の状況をショコに察知されないようにと、ユカが必死なのも痛いほどわかる。電話に答える表情が、ちょっと引きつってるもん。


「じゃあ、日曜日の10時ね。図書館の前でいい?」


 お勉強のお誘いですか。うん、いいんじゃない?ユカが余計なこと話したりしなければ。
お互い参考書とにらめっこしたまま閉館時間までがんばりなよ。なんてちょっとだけ毒づいてみる。
約束してこれで終わり・・・かと思って胸をなでおろしたら。


「え?今・・・?」


 ユカの声が急にうろたえた。思わず凝視。話し口からこぼれる声に集中してみる。


『今日、ユカとつくし、草野くんに引きずられて、すごい勢いで帰ってったでしょ?なんか草野くんの表情が必死でさ、声かけられなかったんだよね。今も3人でいるの?』

「いや・・・・今はそんなことないけど・・・」


 おお、どもってるどもってる。冷静に考えてみれば、こういうユカはなかなか見る機会がないのだ。
どちらかといえば結構落ち着いてて、一瞬あせることはあってもすぐに冷静・・・みたいな。
ま、田村ほど落ち着いちゃいないけど。なんか珍しいなーなんてのんきにじっと見てたら。『面白がってんな!』って感じでユカにこぶしを突きつけられた。


「え、家にいる・・・ってわけでもないんだけどねー・・・」


 脂汗浮かべそうな勢いのユカをかわいそうに思ったのか、テツヤがすっと電話を取り上げた。
何するの!と一瞬怒ったユカだったけど。


「あ、ショコちゃん?俺、三輪」

『三輪くん?』

「そうそう、ユカちゃん今更何を恥ずかしがってんのかわかんないけどさ、今まで俺らずっと一緒にいたんだよ。なんか、マサムネに拉致られたユカちゃん発見してさ、奪ったの。で、いつ変な虫がつくかわかんないだろ?俺のユカちゃん可愛いから。だからずっと一緒にいんの」


 おい、誰が『変な虫』だよ。お前の方がよっぽどか変だろ。っつーか、ユカにとっちゃ『危険』だろ。
ユカもおんなじことで怒ってるみたい。小声で『あんたが一緒にいるほうが危険でしょ!』なんて。
そして牧野サンは・・・声を殺しておなか抱えて爆笑。・・・まあ、可愛いから許す。


『なんだ、三輪くんと一緒だったらジャマできないねー。ユカが暇してるんだったら、お茶でも誘おうかと思ったんだけど』

「そうなの?マサムネはだめだけどショコちゃんならいいよ。ユカちゃんに言っておこうか?」

『いいよぉ。三輪くんもユカと2人きりなんて滅多にないでしょ?そこにあたしが割り込んだら、馬に脳天蹴られそうだよ』


 ・・・一体なんつー例えだよ。人の恋路を邪魔する奴は、豆腐の角に頭ぶつけるんじゃなかったのか?
ま、いっか。それにしても危ない雰囲気が和やかになってよかった。
ショコはテツヤと談笑。俺とユカと牧野サンはほっと一息。


「たまにはテツヤも役に立つじゃん」

「ほんとに『たまに』だけどね」

「でもまったく役に立たないよりもいいじゃない」

「まあね。これで役立たずだったら、存在してる価値がないからね」


 存在否定ですか。やれやれ。テツヤもよくユカのこと好きでいられるよな・・・て、大きなお世話でしたね。
研修のときにわかりましたよ。2人には2人の形があるんだよね。なんかうらやましいよな、仲悪そう・・・ってか、テツヤの一方通行に見えて、こいつら結構いいもんな。いつか俺と牧野サンもこうなれるのかなー・・・

 なんて考えてたら、いきなり背筋に寒気が走った。
思わず飲んでたジンジャーエールをテーブルにおいて、周りをきょろきょろと見てしまった。
幽霊?!なんてバカなこと思っちゃったけど、真昼間からそんなもの出るわけないし。
ちょっと冷や汗。そしたら。


『あーあ、あたしもいつか三輪くんとユカみたいになりたいなー』

「ショコちゃん可愛いから大丈夫だよ」

『でも田村くんだよ?女の子に興味ないみたいだしさ。やさしいけど「それだけ」って感じなんだもん。告白しても脈なさそうだなーって思っちゃうよ』

「マジで大丈夫だって。ショコちゃんの気持ち知ったとき、あいつ顔真っ赤にした・・・・・」

「あばばばばっばばばっ!!!」

「きゃーっ!!!」

「バカバカバカッ!!!」


 見事な連携作業。三者三様訳のわかんない言葉発しながら、俺はテツヤの口を急いで押さえ、牧野サンは電話を取り上げ、ユカはこめかみをこぶしでぐりぐりやった。他の客が俺らに注目してるけど、人の目気にしてる場合じゃない。牧野サンが通話を切って、ついでに電源も落とした。それ見て俺も自分のケータイの電源を落とす。牧野サンもまたしかり。

 俺らのテーブルに嫌な空気が流れ出す。額に脂汗。お互い何て言ったらいいのかわからず沈黙。
テツヤだけが、場の空気を読めないらしく、だらしない笑顔を浮かべながら、自分のコーラを飲んでいた。



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