34
         

「・・・・なんか、ショコに近づけないんですけど・・・」


 生物室への移動中。田村と歩いてたら後ろから肩を叩かれて。
振り返れば、何だか釈然としない表情を浮かべたユカだった。ユカの言葉に、すばやくショコを探す。
牧野サンと一緒に並んで歩いてるんだけど、その表情ははっきりいって怖い。
隣にいる牧野サン、かなり困惑した表情浮かべてるもん。
話し掛けられないけど、離れることもできない、そんな感じだ。


「何?何かあったわけ?」


 朝の一騒動を知らないユカが不思議に思うのも、自然の道理ってやつで。説明しようとしたんだけど・・・
田村がいることに気付いた。ここで、事の真相をばらすわけにもいかない。
田村ににこっと作り笑い浮かべて、ユカの腕引っ張って、田村に声が聞こえない距離まで早歩き。
『そんなとこテツヤに見つかったら、お前刺されるぞー』という、ありがた迷惑な田村の言葉を背中で受け止めながら。


「何?突然走り出したらびっくりするじゃん・・・」


 田村に声が聞こえないだろう辺りで歩調をゆるめる。
テキスト類を抱えなおしたユカが、不満そうに口を尖らせるけれど。


「しょーがないじゃん。田村に聞かれたらやばいだろ、一応。」


 ショコが田村のことを好きだって、奴は知らないのだ。それをまさかあの場で説明するわけにもいかないし。
『ショコの機嫌が悪いのは、田村が女の子に手紙もらったからです』なんて、言える?言えないでしょ。
そんなことしたら、火に油を注ぐようなものである。俺、やけどなんてしたくない。


「ってことは、やっぱり田村くん絡み?」


 そう・・・って答えて、朝の出来事を簡単に説明した。
昇降口で田村に手紙を渡した、妙に目立って可愛い2年生の女の子。
ショコにしたら、かなりのショックだよな。いきなりライバル登場で、しかも相手のほうが1歩先に進んじゃったわけだろ?
手紙渡しちゃってるんだもん。


「へぇ・・・そんなことがあったんだ。あたしもその場にいたかったなー」

「俺は居たくなかった」


 ゲタ箱から教室までの道のりの気まずさったら。
思い出すのも嫌なくらいに居心地悪くてさ、できることなら走ってその場から逃げたかった。
ショコは黙って俯いてるし、田村は明らかに困惑してるし。
俺と牧野サン、どうすることもできなくて、ひたすら平静を祈りながら歩いてる・・・って感じだったもん。


「で、田村くんはその手紙読んだの?」

「知らない。あいつ何も言ってくれないもん」

「聞けばいいじゃん」

「聞けないよ。一応プライベートだし、田村1人の問題じゃないもん。そりゃ、あいつが自分から話してくれれば別だけどさ」


 男同士ってのは何か変な遠慮があってさ。
思ってることズケズケ言う割には、こういう色恋沙汰になると、てんでダメなのだ。
照れちゃって何も言えなくなる。
ほら、牧野サンのことだってさ、田村気付いてたけど俺に言えなかったし。
俺の気持ち知った今だって、俺が話すまでは何も聞いてこないし。

 そんなものなのかな・・・なんて、うなずくユカを横目に、階段を降りる。
まあ、男の女の友情じゃ、認識違うところあるんだろうね。
ふと視線を動かすと、階段を上ってくる記憶に新しい顔とご対面。
ちょっと驚いて目を見開いたところで彼女も俺を見て、にっこりと笑った。


「こんにちは、草野先輩。教室移動ですか?」

「あ・・・うん」


 奥田さん――たしか、奥田さんのはずだ――は、『階段踏み外さないでくださいね』なんて気さくに言いながら、俺の横を通り過ぎた。
思わず振り返って確認。
後ろ姿だからわかんないけど、やっぱり田村にも同じようにあいさつしたのだろうか。
頭をぺこっと下げて、軽い足取りで階段を上っていった。


「・・・どしたの?」

「今の子。朝、田村に手紙渡したの」


 狭い階段、ショコの姿までは見えなかったから、前を向いて再び歩き出す。
きっと廊下のどこかでショコも彼女とすれ違ってるわけで。
朝田村と一緒にいたってだけで俺にまであいさつしたんだから、きっとショコにも会釈くらいしてるはずだ。
妄想癖バリバリの俺でも、さすがにショコのリアクションは想像できない。
全く無視するのか、それとも思い切り嫌な顔するのか、はたまためちゃくちゃ笑顔で会釈返しするのか。


「そっかー・・・奥田が相手なんだ・・・ショコも大変だわ・・・」


 妄想モードでいろいろ考えてたけどから、ユカの言葉聞き流しそうになっちゃったけど。


「へぇ・・・そうなの・・・って、知ってんの?」


 俺、彼女の名前まで教えてないし。だから、すごく驚いて思わずユカを見た。
そしたら、普通の顔して『中学の後輩』なんて言った。


「部活が一緒だったの」

「何部?」

「帰宅部」

「・・・それ、部活って言うのか?」

「まあ、それは嘘だけどさ。軟式テニスやってたんだけどね、
 ほら、あの子雰囲気でわかると思うけど、『我が道を行く!』の王道を走ってるんだよね。
 先輩に何言われても、嫌なものは嫌!みたいな」

「ああ・・・なんか、そんな感じだね」


 朝の態度だってそうだ。普通だったら、混雑してる朝にあんなことできない。
いや、俺だったら混雑してない夜の昇降口でもできない。だって恥ずかしいもん。
ま、俺じゃなくてもできないと思うけど。


「それでもって結構気の多い子だったから、いろいろ噂があってね。 
 誰々の彼氏を取ったとか、誰かの好きな人に告白した・・・とか」


結婚してるわけじゃないんだから、誰が誰に告白したって関係ないと思うんだけど・・・
と、ユカは付け足した。『それってひどいね』って言おうとしていた俺は、言葉を飲み込むしかなくて。
ユカのサバサバしたところ、男である俺以上に男っぽいと思う。


「奥田は悪い子じゃないけどさ、そういうところ、受け入れられ辛いかもしれないね。特に女の子には」

「ユカは?」

「別に。奥田とあたしの趣味違うから、別に取られることも取り返すこともなかったし。
 さっぱりしてるとこは結構好きだと思うし」

「ユカ男だからね」

「うるさいよ」


 ユカの見事な裏拳を間一発のところでよける。
うーん、俺もかっこいいじゃん。って、まともに喰らってたらかなりやばかったんだけどね。
後ろに倒れて後頭部ぶつけて脳震盪ってパターン。
危ないなぁ・・・とかなんとか言いながら、生物室に到着。
生物室の座席だけは何故か名簿順。
故にユカとは遠く離れるから、じゃあ・・・と手を振ってお互い自分の席に着く。

 逆に、名簿順で着席すると隣はうまい具合に田村で。でも今日は少し気まずい。
今朝のこと、聞きたいけど聞けないもん。だからってだんまり決め込むわけにもいかないし。
白々しく『今日も暑いな』なんて会話を交わしてるうちに、センセの到着。


「教科書128ページ開けー」


 最初のその声以外は、全部右耳から左耳へ筒抜け。
多分さ、これが田村1人の問題だったら、俺もこんなに気にならないと思うんだよな。
ほら、個人の問題だろ?こういうのって。
俺だって本当に困った時とかしか、自分から牧野さんのこと言わないし、
田村も、俺が本当に困っているように見えるときだけ、助け舟を出してくれる・・・っていうか、
愚痴や思ってることをいえる環境を作ってくれる・・・っていうか。
ちらりと田村を盗み見るけど、特に困ってる様子も、悩んでる様子もない。
憎たらしいほどにいつもどおりの表情で、黒板のノート取ってんだもん。

 考えて見れば、小学生のときから、田村の好きな奴って聞いたことない。
あの子が可愛いとか、この子が綺麗とか、その程度の会話は何度も交わしたけど、
ある特定の女の子・・・となると、皆無に等しい。
それは、本当に田村が色恋沙汰に興味がないのか、それとも、俺には言えないだけなのか・・・。
あ、後者だったらかなり悲しいかも。
こんなに長い間つるんでるのに、そういうこと言えないってのは、それだけ信用されてないってことだろ?
・・・自分で気付いて、かなりへこんだ。ガーン・・・って、ホント、顔に縦線入りそうなくらいに。


「・・・おい、何落ち込んでんの?」


 ボソボソ声で、田村にひじをつつかれる。いいの、放っといて・・・俺、ちょっと傷心中。
なんでもない・・・と、小さく頭を振る。ほんとは何でもなくなんだけど。


「また、牧野さんのことで何かあったのか?朝は楽しそうにしてたみたいだけど・・・」

「ううん、牧野さんとは絶好調」

 ・・・でもないんだけど、水曜日の夜に一緒に食事ができるんだから、
これはかなりのポイントなんだけどね。
・・・邪魔者もいるけどさ。わざとらしく大きなため息ついてみる。


「じゃあ何?」

「俺、田村に信用されてないんだな・・・って思ったら、なんか悲しくなってきた」

「・・・はぁ?」


 田村が奇声をあげて――授業中だから、声は小さいのだが――驚くのも無理はない。
だって奴にわかるはずがないもん。俺が勝手に妄想して、勝手に結論出して、勝手に落ち込んでること。


「別にお前のこと信用してなくないよ」

「でも、今日のこと何も話してくんないじゃん」


もしこれが逆の立場だったら、絶対田村に相談するもん。
『女の子から手紙もらった!』って死ぬほど見せびらかして、田村の目の前でニヤニヤしながら手紙読むよ。もちろん、中身は思いっきりじらした後に見せるんだけどね。
でも田村は何も話してくれないんだぜ?
そりゃ、同じ友達でもさ、必要度っていうか、重要度・・・っていうか、なんかうまくいえないけど・・・
お互いの思っている大切さが違うような気がして、
自分の立場が、田村の中では軽いような気がしちゃってさ。ああ、俺って女々しい。


「・・・何のことだ?」

「朝の事に決まってんじゃん」

「・・・朝?」


 思案顔で天井を見つめる。なんか、いやなポーズ。何?まさかもう忘れちゃってるとか?そんなはずはないよな、さすがの田村でも・・・


「・・・ああ、手紙の事か」

 予感的中。あっけにとられた俺を尻目に、しれっとした表情で、移動用の透明ケースの中から、青いシンプルな封筒を取り出す。



思わず受取っちゃったけど・・・


「お前、これまだ封開けてないじゃん」


 きちんと糊付けされて、しかもシールまで貼られた状態。
どこからどう見ても、それを開けて読んだ形跡がないのだ。これにはさすがの俺もびっくり。
だって、普通すぐに読むだろ、HR中とかに・・・


「すっかり忘れてた。そういえばさっき廊下ですれ違ったのって、これくれた子なんだよな・・・
 誰だかさっぱりわかんなくてさ、思いっきり困った」



 ・・・思わず、非難めいた表情で田村を見た。
それって、それって・・・・おれ、あの子に同情するよ?いや、マジで。
そりゃ、ああいうことするの平気な子でも、それなりの勇気はいるでしょ。
それなのに田村ったら、すっかり忘れてたとは・・・


「おまえ、すっげーツワモノだよな」


 ため息交じりでそう言ったら、田村は不本意そうに顔をしかめた。
とりあえず、中身は奴に確認させた方がいいだろう。



                                    NEXT→
                                   BGM♪スピッツ:コスモス