33 「田村くんおはよう」 次の朝。田村とだらだら歩いての登校。 模試できたか?とか、志望校判定どうなりそう?とか、 ちょっと受験生っぽい会話なんかしつつ、ガッコへ向かう途中、正門近くでショコに会った。 田村を見つけた瞬間、目をキラキラさせて小走りで来て。俺のこと、全然目に入ってないみたい。 「あ、おはよう」 田村も笑顔で答えたら。 ショコの奴、キラキラの目をいっそう輝かせて、ほんと幸せそうに笑ってさ、田村の横に並んだ・・・っつーか、 俺と田村の間に無理やり割って入った。 わざわざ、こんな狭いところに入り込まなくてもいいと思うんだけど。 「ショコ、おはよう」 幅の狭い歩道。3人並んで歩くのは他の通行人の邪魔にもなる。仕方なく1歩下がってやったんだけど。 俺のことなんかまるっきり無視。 挨拶はおろか、俺のこと見ようともしないんだもん。 なんかすっげー癪だから、後ろから大きな声で言ってみた。でも。 「ああ、おはよ」 ちらっと振り返って、『邪魔しないで!』ってオーラ出して俺を睨んで。 ああはいはい。そういえば格言でもありましたね。 『人の恋路を邪魔する奴は、馬に蹴られておととい来やがれ』とかなんとか。 今の俺、まさしくそれってことですか。そりゃ失礼しました。 登校中に会うなんて、滅多あることじゃありませんからね。 教室入ったら、遠く離れた2人になっちゃうんですから、今のうちにたくさん話しておかなきゃね。 心の中で毒づいてたら。 「草野くん、おはよう」 門を入ったところで、偶然牧野サンに遭遇。いやん。朝からなんてラッキーなんでしょ。 いつもの笑顔で手を振られちゃってさ。多分、すっげーやばいくらいににやけてたと思うの、俺。 でもそんなのいい。全然関係ない。だって本気で嬉しいんだもん。 「おはよ」 なんか、ショコも許せちゃいそうにいい気分。 ごめんな、ショコ。さっきは邪魔しようとしてさ。もう邪魔しないから、田村と思う存分しゃべっちゃってください。 なんて、俺ってなんて単純でゲンキンなんでしょ。 でも、そんな自分ってかわいいと思う。自分の気持ちを素直に受け入れられるって、いいことだと思いません? 「昨日、星見たよ。でも、ウチの周り街灯が多くてね、ぼんやりしか見えなかったの。残念だったなー」 俺の打ち方悪かったかな。 どうやら牧野サンは、星があまりにもきれいだったから、メールを送った・・・って勘違いしちゃったみたいだ。 期待させて悪かったな・・・と思う反面、ちょっと嬉しかった。 きっと、俺のメール信じて、俺のこと考えて空を見上げてくれたから。 じゃなきゃ、きっと『星見たよ』なんて言ってくれないと思う。 「マジで?そりゃ残念だったね。昨日あの時間ぶらぶら歩いててさ、街灯のないところで空見上げたら、 すっげーきれいだったの。だから思わずメールしちゃった」 口から出まかせ。でも、ここはそうするべきじゃない? 『うちからも街灯が明るすぎて、星見えませんでした』じゃ、あまりにもカッコ悪すぎるじゃん。 メールを送った理由にもなんないし。 「あんな時間に?確かメールくれたの、12時近かったよね?」 「うん、田村の家行っててさ・・・」 1歩前を、ショコと並んで歩く田村をちらりと見て答える。ショコとの会話 ――というよりも、ショコが一方的に話をして、それを田村が聞いているといった方が正しいだろうが―― に真剣で、どうやら俺の言葉に葉気づいてないみたいだ。ちょっと安心。 教室入ったら、牧野サンと言葉を交わす前に、口裏合わせとかなきゃだよな。 ついでに母さんのことも。昨日は『田村の家に行く』ってことで夜出掛けたから。 今度家に来たときにボロが出ないようにしなきゃいけない。 嘘がばれて大目玉喰らって、『本当はどこに言ってたの?』なんて母さんに問い詰められても、答えらんないもん。 「あんな遅くに?」 「うん。うち、そういうのあんまりうるさくないから」 そりゃ、俺が女だったら両親もうるさいだろうけどさ。 現に、妹なんて6時に帰って来いとか言われてるし。 でも俺は一応男だし、無茶な羽目のはずし方もしないし。 っつーか、どの家でもそうだろ、男友達の中で、『両親が門限にうるさくて・・・』なんて奴、聞いたことない。 あ、1人だけいるか、宮田が。ま、あいつの家はかなり特殊だし。 「遅くなっても大丈夫なら・・・草野くん、水曜日の夜とか、暇?」 「んあ?」 牧野サンの言葉、あまりに予想外で、思わず声が裏返った。 今、牧野サンなんとおっしゃいましたか?『水曜日の夜、暇?』って・・・・それって、まさかデートのお誘い? 思わず彼女の顔を見たら、『無理ならいいんだけど・・・』なんて、 ちょっとほほを赤くしながら、顔の前で両手をブンブン振って。 ちょっと、それって反則ですよ。もう、デートのお誘い決定? 突然のことに、心臓が爆発しそうなくらいドキドキし始めた。 ちょっとちょっとちょっと。一体どうしたよ、この急展開。 草野さん、大チャンスですか?今、大きな転機がやってきましたか? 待ってました!とばかりに飛び出す妄想癖。 フル回転で俺の小遣いでも行けそうな場所を弾き出す。 ガッコ終わってからだとそんなに時間もないし、牧野サンを遅くまで連れ回すわけにも行かないし。 天神まで出てると結構時間のロスだから、ここは西新あたりで・・・なんて感じで。 「と、特に予定はないけど・・・」 口と意識はすでにばらばらだ。どもりながら答えるけれど、頭はまったく別のこと考えてる。 晩飯はファミレス程度のところしか行けないな・・・とか、 帰りは、やっぱり公園とか通った方がムード出るのかな・・・とか。 女の子の門限って、何時くらいなんだろう・・・とか。ところが。 「カラオケ行く時アパートの前でちらっとあった人覚えてる?亜門って言うんだけどね」 牧野サンの言葉に、大きく膨らんだ妄想が、プシュゥゥゥゥ・・・と音を立ててしぼんだ。 あー・・・亜門ね。亜門さんね・・・なんか、急にやる気なくなっちゃった。亜門さんの差し金ねー・・・。 「・・・うん、なんとなく覚えてる。俺のこと挑発した人でしょ?チャリの2人乗りしてけ・・・って」 まさか、ここで『昨日彼の店へ行ってました』なんて白状することもできまい。 たぶんだけど、俺と亜門が嫌味を言い合う仲だったとか、昨日深く立ち入った話を聞いちゃったとか、 牧野サンに言うことじゃないもん。 俺が牧野サンの過去、多少なりとも知ってるなんて彼女に気づかれちゃったら、 今まで通り話してもらえなくなりそうだし。 他人のふりを演じてみるけれど、なんか難しいね、知ってる人を知らないっていうの。 余計なこと突っ込まれたら困るな・・・なんて構えちゃうから、どうしても目が合わせらんないし、 語尾もどんどん小さくなってくし。 でも好都合なことに、牧野サンはそれを『いやな思いした』って誤解したみたいでさ。 「あの時はごめんね。帰ってから怒っといたから。あんな失礼な言い方ないでしょ!って」 顔の前で両手を合わせて、まるで自分のことのように謝る。 なんか、その仕草が気に喰わない。なんで自分のことじゃないのに、そんな風に言うの。 それってまるで・・・・・魔女の頼まれごと、成功したみたいじゃないか。 「・・・ねえ、前も聞いたけどさ・・・本当にあいつと付き合ってないの?」 ポツリと聞いたら、牧野サン、きょとんとした表情で立ち止まって。 「付き合ってないよ?」 と、さらりと言った。もう、まったく普通に。『今日は金曜日ですよ?』ってのと同じ感覚で。 そんな風に言われたら、もう何も言えなくてさ。 「・・・・そっか」 って答えるしかなかった。嘘も動揺もまったく感じられなかった牧野サンの答え。 これ以上、疑うわけにはいかない。 きっと、どんな理由で福岡に来たとしても、2人の間にそういう関係はない、これは紛れもない事実なんだろう。 「変な草野くん」 「うん、朝から変でごめんな。で、その亜門サンがどうしたの?」 まさか、ここで『亜門』と呼び捨てにするわけにもいかないだろう。 なんか背中がむずむずするような感覚がしたけど、とりあえず『サン』付けで。 「なんかね、草野くんと話がしてみたいんだって」 「・・・へぇ」 何考えてんだ?あのオッサン。話って、話って・・・昨日十分しただろ。人にグラス磨きまで手伝わせやがって。 しかも、話の進み具合から察するに、あいつ自分が休みの日に、俺を家まで呼びつけようって魂胆かよ。 テメェが話したけりゃ、自分で来いっつーの。いちいち牧野サン使って呼び出したりしてさ。 「悪いけど、俺・・・・・」 「でね、水曜日に、亜門の家で3人で晩ご飯食べようって・・・・」 「行きます」 前言撤回。亜門の家に来いって話だったら即行断るところだったけど、牧野サン、今3人で食事っつったよね? 言ったよね?ね?そんな、こんなおいしいこと断るわけにはいかないでしょ? いやぁ亜門さん、グッジョブだよ。 今、奴が隣にいたら、両手を握ってブンブン振って、心から『ありがとう!』って叫びたい気分だね。 本当は牧野サンにもやりたいところだけど、彼女にそれをやるわけには行かない。 『亜門に会えるのが、そんなに嬉しいの?』なんて、見当はずれな勘違いをされても困るから。 じゃあ、亜門にそう言っておくね・・・と、牧野サンが笑った。 そんなこんなで昇降口に到着。 いつもならここで上履きに履き替えて、教室へ向かうところだけど。 ・・・なんだか、妙に目立つ女の子を発見。 すらっと背が高くて、明らかに校則違反の短いスカートと、ルーズソックス。 長い髪を頭のてっぺんでシニヨンに結って、前髪を眉毛くらいの高さでそろえて。 目鼻立ちの整った、かわいらしい女の子だった。 でも、俺らとは何の関わりもないから、そのまま通り過ぎようとしたんだけれど。 「田村先輩」 なんと、その『妙に目立つ女の子』が、田村を呼び止めたのだ。 俺ら4人はいっせいにぴたっと足を止める。 呼ばれた田村は、ちょっと戸惑いながらも『何?』と返事をし、 隣にいたショコは、じろりと彼女を一瞥し、 俺と牧野サンは、何がなんだかよくわかんないけど、田村とショコと彼女を忙しなく見た。 彼女は田村の前に立ち、にっこりと笑う。 「あたし、2年の奥田って言います」 よく通る大きな声で自己紹介をすると、後ろ手に隠し持っていた封筒を、すっと田村の前に差し出した。 一瞬、訳がわからずきょとんとする田村に無理やり封筒を持たせると、 やっぱり最初と同じようににっこりと笑って、 「それ、読んでください」 |