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「田村くんおはよう」

 次の朝。田村とだらだら歩いての登校。
模試できたか?とか、志望校判定どうなりそう?とか、
ちょっと受験生っぽい会話なんかしつつ、ガッコへ向かう途中、正門近くでショコに会った。
田村を見つけた瞬間、目をキラキラさせて小走りで来て。俺のこと、全然目に入ってないみたい。


「あ、おはよう」


 田村も笑顔で答えたら。
ショコの奴、キラキラの目をいっそう輝かせて、ほんと幸せそうに笑ってさ、田村の横に並んだ・・・っつーか、
俺と田村の間に無理やり割って入った。
わざわざ、こんな狭いところに入り込まなくてもいいと思うんだけど。


「ショコ、おはよう」


 幅の狭い歩道。3人並んで歩くのは他の通行人の邪魔にもなる。仕方なく1歩下がってやったんだけど。
俺のことなんかまるっきり無視。
挨拶はおろか、俺のこと見ようともしないんだもん。
なんかすっげー癪だから、後ろから大きな声で言ってみた。でも。


「ああ、おはよ」


 ちらっと振り返って、『邪魔しないで!』ってオーラ出して俺を睨んで。
ああはいはい。そういえば格言でもありましたね。
『人の恋路を邪魔する奴は、馬に蹴られておととい来やがれ』とかなんとか。
今の俺、まさしくそれってことですか。そりゃ失礼しました。
登校中に会うなんて、滅多あることじゃありませんからね。
教室入ったら、遠く離れた2人になっちゃうんですから、今のうちにたくさん話しておかなきゃね。

 心の中で毒づいてたら。


「草野くん、おはよう」


 門を入ったところで、偶然牧野サンに遭遇。いやん。朝からなんてラッキーなんでしょ。
いつもの笑顔で手を振られちゃってさ。多分、すっげーやばいくらいににやけてたと思うの、俺。
でもそんなのいい。全然関係ない。だって本気で嬉しいんだもん。


「おはよ」


 なんか、ショコも許せちゃいそうにいい気分。
ごめんな、ショコ。さっきは邪魔しようとしてさ。もう邪魔しないから、田村と思う存分しゃべっちゃってください。
なんて、俺ってなんて単純でゲンキンなんでしょ。
でも、そんな自分ってかわいいと思う。自分の気持ちを素直に受け入れられるって、いいことだと思いません?


「昨日、星見たよ。でも、ウチの周り街灯が多くてね、ぼんやりしか見えなかったの。残念だったなー」


 俺の打ち方悪かったかな。
どうやら牧野サンは、星があまりにもきれいだったから、メールを送った・・・って勘違いしちゃったみたいだ。
期待させて悪かったな・・・と思う反面、ちょっと嬉しかった。
きっと、俺のメール信じて、俺のこと考えて空を見上げてくれたから。
じゃなきゃ、きっと『星見たよ』なんて言ってくれないと思う。


「マジで?そりゃ残念だったね。昨日あの時間ぶらぶら歩いててさ、街灯のないところで空見上げたら、
 すっげーきれいだったの。だから思わずメールしちゃった」


 口から出まかせ。でも、ここはそうするべきじゃない?
『うちからも街灯が明るすぎて、星見えませんでした』じゃ、あまりにもカッコ悪すぎるじゃん。
メールを送った理由にもなんないし。


「あんな時間に?確かメールくれたの、12時近かったよね?」

「うん、田村の家行っててさ・・・」


 1歩前を、ショコと並んで歩く田村をちらりと見て答える。ショコとの会話
――というよりも、ショコが一方的に話をして、それを田村が聞いているといった方が正しいだろうが――
に真剣で、どうやら俺の言葉に葉気づいてないみたいだ。ちょっと安心。
教室入ったら、牧野サンと言葉を交わす前に、口裏合わせとかなきゃだよな。
ついでに母さんのことも。昨日は『田村の家に行く』ってことで夜出掛けたから。
今度家に来たときにボロが出ないようにしなきゃいけない。
嘘がばれて大目玉喰らって、『本当はどこに言ってたの?』なんて母さんに問い詰められても、答えらんないもん。


「あんな遅くに?」

「うん。うち、そういうのあんまりうるさくないから」


 そりゃ、俺が女だったら両親もうるさいだろうけどさ。
現に、妹なんて6時に帰って来いとか言われてるし。
でも俺は一応男だし、無茶な羽目のはずし方もしないし。
っつーか、どの家でもそうだろ、男友達の中で、『両親が門限にうるさくて・・・』なんて奴、聞いたことない。
あ、1人だけいるか、宮田が。ま、あいつの家はかなり特殊だし。


「遅くなっても大丈夫なら・・・草野くん、水曜日の夜とか、暇?」

「んあ?」


 牧野サンの言葉、あまりに予想外で、思わず声が裏返った。
今、牧野サンなんとおっしゃいましたか?『水曜日の夜、暇?』って・・・・それって、まさかデートのお誘い?

 思わず彼女の顔を見たら、『無理ならいいんだけど・・・』なんて、
ちょっとほほを赤くしながら、顔の前で両手をブンブン振って。
ちょっと、それって反則ですよ。もう、デートのお誘い決定?
突然のことに、心臓が爆発しそうなくらいドキドキし始めた。
ちょっとちょっとちょっと。一体どうしたよ、この急展開。
草野さん、大チャンスですか?今、大きな転機がやってきましたか?
待ってました!とばかりに飛び出す妄想癖。
フル回転で俺の小遣いでも行けそうな場所を弾き出す。
ガッコ終わってからだとそんなに時間もないし、牧野サンを遅くまで連れ回すわけにも行かないし。
天神まで出てると結構時間のロスだから、ここは西新あたりで・・・なんて感じで。


「と、特に予定はないけど・・・」


 口と意識はすでにばらばらだ。どもりながら答えるけれど、頭はまったく別のこと考えてる。
晩飯はファミレス程度のところしか行けないな・・・とか、
帰りは、やっぱり公園とか通った方がムード出るのかな・・・とか。
女の子の門限って、何時くらいなんだろう・・・とか。ところが。



「カラオケ行く時アパートの前でちらっとあった人覚えてる?亜門って言うんだけどね」


 牧野サンの言葉に、大きく膨らんだ妄想が、プシュゥゥゥゥ・・・と音を立ててしぼんだ。
あー・・・亜門ね。亜門さんね・・・なんか、急にやる気なくなっちゃった。亜門さんの差し金ねー・・・。


「・・・うん、なんとなく覚えてる。俺のこと挑発した人でしょ?チャリの2人乗りしてけ・・・って」


 まさか、ここで『昨日彼の店へ行ってました』なんて白状することもできまい。
たぶんだけど、俺と亜門が嫌味を言い合う仲だったとか、昨日深く立ち入った話を聞いちゃったとか、
牧野サンに言うことじゃないもん。
俺が牧野サンの過去、多少なりとも知ってるなんて彼女に気づかれちゃったら、
今まで通り話してもらえなくなりそうだし。

 他人のふりを演じてみるけれど、なんか難しいね、知ってる人を知らないっていうの。
余計なこと突っ込まれたら困るな・・・なんて構えちゃうから、どうしても目が合わせらんないし、
語尾もどんどん小さくなってくし。
でも好都合なことに、牧野サンはそれを『いやな思いした』って誤解したみたいでさ。


「あの時はごめんね。帰ってから怒っといたから。あんな失礼な言い方ないでしょ!って」


 顔の前で両手を合わせて、まるで自分のことのように謝る。
なんか、その仕草が気に喰わない。なんで自分のことじゃないのに、そんな風に言うの。
それってまるで・・・・・魔女の頼まれごと、成功したみたいじゃないか。


「・・・ねえ、前も聞いたけどさ・・・本当にあいつと付き合ってないの?」

 ポツリと聞いたら、牧野サン、きょとんとした表情で立ち止まって。


「付き合ってないよ?」


 と、さらりと言った。もう、まったく普通に。『今日は金曜日ですよ?』ってのと同じ感覚で。
そんな風に言われたら、もう何も言えなくてさ。


「・・・・そっか」


 って答えるしかなかった。嘘も動揺もまったく感じられなかった牧野サンの答え。
これ以上、疑うわけにはいかない。
きっと、どんな理由で福岡に来たとしても、2人の間にそういう関係はない、これは紛れもない事実なんだろう。


「変な草野くん」

「うん、朝から変でごめんな。で、その亜門サンがどうしたの?」


 まさか、ここで『亜門』と呼び捨てにするわけにもいかないだろう。
なんか背中がむずむずするような感覚がしたけど、とりあえず『サン』付けで。


「なんかね、草野くんと話がしてみたいんだって」

「・・・へぇ」

 何考えてんだ?あのオッサン。話って、話って・・・昨日十分しただろ。人にグラス磨きまで手伝わせやがって。
しかも、話の進み具合から察するに、あいつ自分が休みの日に、俺を家まで呼びつけようって魂胆かよ。
テメェが話したけりゃ、自分で来いっつーの。いちいち牧野サン使って呼び出したりしてさ。


「悪いけど、俺・・・・・」

「でね、水曜日に、亜門の家で3人で晩ご飯食べようって・・・・」


「行きます」


 前言撤回。亜門の家に来いって話だったら即行断るところだったけど、牧野サン、今3人で食事っつったよね?
言ったよね?ね?そんな、こんなおいしいこと断るわけにはいかないでしょ?
いやぁ亜門さん、グッジョブだよ。
今、奴が隣にいたら、両手を握ってブンブン振って、心から『ありがとう!』って叫びたい気分だね。
本当は牧野サンにもやりたいところだけど、彼女にそれをやるわけには行かない。
『亜門に会えるのが、そんなに嬉しいの?』なんて、見当はずれな勘違いをされても困るから。

 じゃあ、亜門にそう言っておくね・・・と、牧野サンが笑った。
そんなこんなで昇降口に到着。
いつもならここで上履きに履き替えて、教室へ向かうところだけど。
・・・なんだか、妙に目立つ女の子を発見。
すらっと背が高くて、明らかに校則違反の短いスカートと、ルーズソックス。
長い髪を頭のてっぺんでシニヨンに結って、前髪を眉毛くらいの高さでそろえて。
目鼻立ちの整った、かわいらしい女の子だった。
でも、俺らとは何の関わりもないから、そのまま通り過ぎようとしたんだけれど。


「田村先輩」





 なんと、その『妙に目立つ女の子』が、田村を呼び止めたのだ。
俺ら4人はいっせいにぴたっと足を止める。
呼ばれた田村は、ちょっと戸惑いながらも『何?』と返事をし、
隣にいたショコは、じろりと彼女を一瞥し、
俺と牧野サンは、何がなんだかよくわかんないけど、田村とショコと彼女を忙しなく見た。
彼女は田村の前に立ち、にっこりと笑う。


「あたし、2年の奥田って言います」


 よく通る大きな声で自己紹介をすると、後ろ手に隠し持っていた封筒を、すっと田村の前に差し出した。
一瞬、訳がわからずきょとんとする田村に無理やり封筒を持たせると、
やっぱり最初と同じようににっこりと笑って、


「それ、読んでください」


 と言った。

 


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