31 「あれ?見かけない顔がいるけど・・・新しい子入れたの?」 「そうなんです。福大の3年生なんですよ」 「じゃあ、アルバイトなのかい?こんな夜遅い仕事で、学業の妨げにならないの?」 「それは本人の責任ですからね・・・本人が大丈夫だと言っているので、僕はそれを信じることしか・・・」 勤労学生は大変だねぇ・・・なんて、さっき店に入ってきたダンディおっさん ――確か、小林さんとか言ったっけ―― が、少しろれつの回らない口調で言った。 俺には関係のない話・・・なんて無視してたら、亜門に軽く肩をつつかれる。 で、ようやく合点がいったのだ、今の会話は俺のこと話してたって。 「え・・・あ、はい、そうですね・・・朝早い日なんかは、バイトが遅いとちょっと大変かも・・・」 しどろもどろになりながら、何とか答えてみる。 なんかおかしいとこなかったかな?なんてちょっと不安になったけど、ダンディおっさんは全然気にしてない様子で。 『じゃあ頑張ってね』なんて言いながら、部下だというOLさんの待つテーブルへと戻っていった。 「・・・っつーかさ、何か間違ってるだろ・・・」 不貞腐れた表情で、亜門にだけ聞こえるくらい小さな声で呟いてみる。 一体何が何だっていうんだ。俺はただ、亜門に牧野サンのこと聞きに来ただけなんだぜ? それなのに、何でこんなカッコでこんなことしてるわけ? 「・・・お前、そのカッコ似合わねーよな・・・」 隣に立って、腰に手を当てて。上から下まで眺めながら言う言葉か?それが。 しかもお前が無理やり着せたんじゃないかよ。よく言うよな・・・全く。 「それ、返事になってないし。似合わないとか言うけど、俺にこれ着せたのあんただぜ?」 「ま、社会勉強ってことで」 にやりと笑って俺の肩ポンポンと叩いて、シェイカーとジガーを取り出す。 俺に作ってくれるのかな?って、その仕草をじっと観察してたらさ、気づいたみたいだ。俺をちらりと見て、 「お前のじゃねーよ」 と笑った。残念。 「その仕事終わったら、好きなの作ってやる」 だってさ。でもさ、仕事って、仕事って・・・ 「お前が勝手に押し付けただけだろ?俺、こんなことするつもりで来たわけじゃねーよっ!」 マジで腹立つ。何で俺がカウンターの中に立ってなきゃいけないわけ?何でグラス磨いてるわけ? なんで・・・坂口さんと同じ、ギャルソン服に着替えてるわけ?もうマジでわかんねー。 そりゃさ、Tシャツジーンズはやばいと思うよ?だからってさ、別にこれはないだろ・・・ 「俺は今日じゃなくてもいいって言ったのに、待つ選択をしたのはお前だろ? どこからどう見ても『未成年』のお前を店に入れとくわけにはいかないし。こうする他に何かあるのか?」 ・・・俺、大学生って嫌いかもしんない。何で言ったことひとつひとつに、理論攻めで返答してくるかなぁ。 しかも、『着替えて店を手伝うか帰るか』の選択権くれなかったし。 なんか、やり方強引なんですけどー。そんなこと腹の中で考えてたら。 「ギャルソン服渡した時点で、着替えるの拒否して帰ることもできたと思うけど? それを受け取って着替えたってことは、それがお前の意思なんじゃないのかなー」 なんて、いつものにやにやした表情で言いやがる。 あーもう腹立つ!でも不思議だ。 普通だったら、グラス磨いてたタオル投げ捨てて帰りそうなものなんだけどさ、そうじゃないの。 いじられてもいいから、ここに居たいって気分なの。 「・・・磨き終わったら、ガバガバに飲んでやるからな」 俺の隣で楽しそうにシェイカーを振る亜門にそう言ったら、奴は『覚悟しとくよ』と笑った。 ついてこいよ、と俺を促した亜門が招き入れたのは、スタッフルーム。 『これに着替えたら出てきて』 という言葉に何の疑問も持たず、いそいそと着替える自分を、今なら『バカだ!』って罵れる。 着替え終わった後で、奴の真意をわかってもよさそうなのにさ、俺は『こんな服、初めて袖を通すなー』 なんて、暢気に感動してた。 で、出てってみればカウンターの中に入れられて、すっげーさわり心地の良い、柔らかなタオル手渡されて。 『食器洗浄器から出てきたグラス、ひとつずつ丁寧に磨いて』 と言われた。一瞬、言葉の意味がわからなくて。どうして俺が?ってのと、 洗いあがったグラスを、どうしてわざわざ?ってのと。グラス目の前にしてポカンとしてたら。 『グラス、磨くの。ほら、洗いあがったグラスの所々に、こうやって水滴の跡が残ってるだろ? そういうのを、傷がつかないように優しく取って』 『何で俺が?』 『話できるようになるまで時間かかりそうだから。 でも、何もせずにぼんやりしててもつまんないだろ?君にお仕事与えてあげるよ』 って、にっこり笑顔で言われた。 どうして!って反論しようとしたけど、亜門は小林さん――だったけ?さっき、俺の肩に扉ぶつけたダンディおっさん――に 女の子にお勧めのカクテルなんて聞かれててさ。 なんか1人ぽつーんと取り残された気分。仕方ないから、タオル持って、グラスをキュッキュと磨き始めた。 初めてのことをやるときには、必ず発見がある。 今回もそれは例外じゃなくてさ。食洗器からあがったグラスが、あんなに熱いものだなんて知らなかった。 普段洗い物なんてしたことのない俺には、もう本当に熱くてさ、驚いてグラスひとつ割っちゃったよ。 パリン・・・って音が響いて。その後、空気が固まったみたいにしーんとなって。 ルイ・アームストロングの歌声だけが、店内に少し淋しく響いた。 『ケガなかったか?』 怒られると思って反射的に目を閉じたんだけどさ、亜門は全然怒ることなくて、ちょっと心配そうに俺の顔覗き込んで。 小さくうなずくと、安心したように息を吐いて『良かった』と言った。 『・・・ごめん』 ちょっと気まずくて、うつむきながら小さく呟いたら、いつもの顔でにやりと笑ってさ。 『スタッフルームに掃除道具あるから、手ぇ切らないように掃除しとけよ』 って言った。その後、ちょっと驚いた表情で、カウンターの様子気にしてる客に、 『失礼いたしました』なんてかっこよく頭下げて。 そのとき、実はちょっと悔しかったんだ。 ああ、俺ってこいつに敵わない・・・って自覚しちゃってさ。 嫌いとかむかつくとか、最初は言ってたけど・・・やっぱり俺よりずっと大人だ、この人は。 いきがって大人のふりしようとした俺を、ちゃんと受け入れてくれる。 普通だったらグラス割ったら怒ってもいいだろうけど、亜門は最初に俺を心配してくれた。 こういうのって、普通じゃできないと思うんだ。 『誰でも失敗はあるから、気にすんな』なんて、割った側の気持ちがわかんなきゃ、絶対言えない。 俺だったら『何やってんだよー』って絶対言っちゃうもん。 『・・・慣れないこと、あんまりさせるなよなー』 俺は大人じゃないから、全然素直になれなくてさ。 100%自分が悪いのに、責任なすりつけるみたいに強がって。思わずそう言った。 店のマッチでタバコに火をつけて―――仕事中にそれってアリなのか?って思ったけど――― 煙をゆっくり吐き出してから、俺の頭ポンポンと叩いて。 『ま、慣れないこともたまにはやってみるってことで』 今度は小さな子に微笑みかけるように、優しくにっこりと笑った。 「はい、お疲れ」 グラス全部磨き上げて ―――食洗器からあがってきたグラスがどんどん増えるから、実際すっげー時間かかったんだけど――― 終わった・・・と息をついた俺に、亜門がグラスを差し出した。 無言で受け取って一気飲み。喉を通っていく柑橘系の酸味が、喉に心地よかった。 ふぅ・・・と息をついて。 「ごちそうさま」 やっとお礼。 「今のすっげーうまかったんだけど、何?」 「シンデレラ」 なんか、ちょっと意外な名前だったけど。でもうまかった。もう1杯これ作ってもらおうかなって思ったけど。 「オレンジジュースとレモンジュースとパイナップルジュースをシェイカーで混ぜたやつ。 もちろんノンアルコールだけど・・・うまかったんだ?」 その言葉に、ちょっとかちんと来た。酒じゃないじゃん、これ。 しかも、『まだお子ちゃまだな・・・』なんて、ほんとに楽しそうに笑われてさ。 「酒出せよ!カクテル飲ませてくれるって約束だろ?」 「これもカクテル。俺嘘言ってねーよ?」 ぶーたれてる俺に、仕方ないな・・・って笑ってさ、また新しいカクテル作ってくれるのかな? シェイカーの蓋開けて、材料入れ始めた。 「今度はアルコール有りで」 「はいはい。とりあえずベストとネクタイ取って、そっち側座れ」 自分の正面、カウンター席を指して言った。 了解!と、俺が足取り軽くスタッフルームに消えたのは言うまでもないだろう。 「ご希望通りのアルコールだぞ・・・と。名前は『マンゴスティーナ&マンゴー』。 先に言っとくけど、アルコールカクテルは、これしか出さないからな」 コトン・・・と目の前に差し出された、オレンジ色の液体を見ながら、『なんで?』と聞く。 俺、そんなに酒弱くないよ。心配してくれなくても。 「そうじゃなくて、家に帰ったらアルコール臭かったなんて、親に殺されるだろ、お前が。 それとも、ちゃんと行き先言ってあるのか?」 ・・・言ってません。田村の家行ってくるって嘘つきました。そうか、そういう配慮全然してなかった。 最初は牧野サンのことで頭がいっぱいで、ここについたら、飲ませてくれるっていうカクテルのことで頭がいっぱいで。 「ノンアルコールだったら飲ませてやるから。ま、今日は我慢我慢ってことで」 「・・・・・はい」 ちょっとうつむいて答えて。 一口飲んだら、マンゴーの味がふわっと広がって、酒なんだろうけど、全然酒っぽくなくて。 「・・・んまい」 「そりゃ良かった」 バーテンにとって1番の誉め言葉・・・と、笑った。 「・・・で、牧野の話だろ?」 「うん」 「ハナザワ・・・だっけ?」 「そう」 「残念だけど、俺もよく知らない」 飲みかけていたカクテルを、思わず吹き出しそうになった。知らないって、知らないって・・・ 「あんた牧野サンのことなら教えてくれるって言ったじゃん。いきなり『よく知らない』って・・・」 そりゃ詐欺だろ?これだけは教えてもらおうって思ってたこと知らないなんて、俺何のためにここまで来たわけ? 働き損? 「牧野がよく一緒につるんでた4人組の1人だってのはわかるけど・・・ その中のどれかまではわかんねーからなー。あ、1人はわかるから、3人のどれかかー・・・」 1人でぶつぶつ独り言。俺にはさっぱりわかんねーよ。腕組んでうーんってうなって。 見当はつくけど、実際わかんないから・・・とか何とか。 もういいや。俺、あきらめよっかな・・・。小さくため息ついて、もっと大きな疑問にぶち当たった。 「ってかさ、あんたなんでこんなとこでバーテンしてんの?大学生なんだろ?英徳だっけ?」 「・・・・・・」 シェイカーに材料入れながら・・・無言。じっと俺の顔見て。・・・何?俺、何か変なこと言った? 「・・・前から不思議に思ってたけどさ・・・」 「何?」 「お前、俺のこと『英徳』ってよく言うけど、違うぜ?そんな金持ち大学入れなきゃ、入りたくもねーよ」 「・・・は?」 お前、何言ってんの?と、今度は俺が亜門の顔をじっと見る。 「だって、あんた雑誌載ってたじゃん。タイトル知らないけど、高校生くらいの女の子がよく読むやつ。 でさ、『ミスター・ユニバーシティ』とかいう企画で。今と違う髪形でさ、なんか妙にクルクルの」 忘れたとか言うわけ?あんなにでかでかと載ってて?それってかなりやばくない? それとも、また俺をバカにしてんのかな、からかわれてるか?俺。 疑い深い視線でじーっと亜門見てたら、くわえタバコでシェイカー振って ―――俺のだと思って、手抜きしてるように見えるんですけど――― ちょっと顔を曇らせた。『それ、俺じゃない』なんて首ふりながら。 ゴブレット・グラスを取り出して、綺麗なピンク色の液体を注ぐ。炭酸のシュワワ・・・って音がすげー心地いい。 グラスに落ちていくカクテルが、店の照明でキラキラして、なんだか幻想的だった。 「サマー・デライト」 「いただきます」 「・・・・お前がそれ飲み終わったら、昔話してやろうか?」 「・・・バカにしてる?」 まさか、子供はおねむの時間ですよ・・・とか? でも、亜門は俺の皮肉―――になるのかな、これ―――なんて全く無視して、 タバコの火を消して捨てるとさ、俺に向き直って言った。 「俺が東京にいた頃の、悲しいお姫様の話」 と。 NEXT→ BGM♪スピッツ:宇宙虫 |