28



「・・・・・・・・」


 部屋の扉を開けるなり、無言で靴を脱ぎ、畳の上に寝転がる。後から続く奴らもだいたい俺と同じ感じで。


「・・・水揚げされたマグロみたいだぞ、お前ら・・・」


1番最後、部屋の扉を閉めた平井級長は、脱力したままぴくりとも動かない俺らの姿を見て、
大げさにため息を吐きながら言った。
何とでも言うがいいさ。
もうね・・・・マジで疲れた。
いや、この程度の勉強で疲れてたら、受験生失格なのかもしれないけどさ。
玄海の家に到着して30分後、参考書開いて問題解いてた自分をすげーと思ったよ。
いや、全員そうだったんだけど。
正直言ってね、こんな研修興味ない・・・なんて言って、事前に渡されたカリキュラム表、
都合の良いところ――夜のお楽しみタイム――しか見てなかったの。
だからさ、何の心構えもできてなくて。
今日改めてカリキュラム見直してさ・・・絶句した。
マジでびっくりしたよ。
だってさ、休憩とかほとんどないんだぜ?
朝は6時半起床の7時朝食。
8時から1時間前日の復習タイムで、9時30分から本格的な講義が始まる。
1限は9時半から11時まで。2限は11時10分から12時40分。
40分間の休憩のあと、6時10分まで3コマあって、晩メシはちょっと長い休憩時間。
7時15分から90分間、1日の復習時間がある。その後は自
由時間で、常識範囲――アルコールやタバコを嗜むとか、女子部屋になだれ込むとか――
を超えなければ、何してもいいんだけどさ。
俺、この時間楽しみにしてたんだけど・・・・・
無理。もう寝るしかない・・・って感じ?
自分のディバッグの中には、実は花火なんかがしのばせてあったりするんだけど、ほんと、今日は勘弁だよ。


「地下の風呂、一応12時まで使えることになってるから、それまでには入れよ」


それだけ言うと、平井は荷物を置いて、カリキュラム表とシャープ片手に部屋を出て行った。
今から級長会――つっても、明日の予定の確認だけだと思うけど――なんだって。
しっかし元気だよなー・・・あいつ。
俺たちなんて、最後の復習時間、ほとんどだれてたってのにさ、ちゃんとセンセのとこ質問行ってんだもんな・・・
今日の英語なんて、何質問したらいいのかもわかんないほど俺の頭の中「?」だらけだったっつーのに。


「田村ぁ・・・風呂、行く?」


朝風呂が許されるなら、俺そうしたい気分。
もう起き上がるのも嫌なんだけど。
でも田村は違ってさ。


「当たり前だろ。お前汗かいて気持ち悪い体のまま寝るつもりなの?」


すでにマグロ状態から抜け出し、しっかり荷物の片づけを始めてる。
ああ・・・俺とは大違い。
ちょっと油断すると、もう上まぶたと下まぶたがこんにちはしちゃう勢いでさ。
こういう状態って、一番気持ちいいんだよね・・・


「おい、こら!草野!寝るな!」


タオルかな?やわらかい布みたいなもので頭ぺしってやられて。
でも目なんてぜんぜん覚めない。


「田村ー、俺限界。もう寝る・・・・」

「マサムネぇ!」


そのまま眠っちゃおうとしたら、突然扉が開いてさ。
バンっていう大きな音だけでも驚いたのに、続けて入ってきたのは、
なんだかよくわかんないけどすっげー機嫌が悪そうなテツヤで。
何だろ?って思う間もなく、Tシャツの首根っこつかまれて、無理やり起こされた。


「俺はお前を斬りたい!が、そんなことしたら、これから先二度とユカちゃんに口聞いてもらえなくなっちまう・・・
 だから、涙を飲んでお前を許す!」

「・・・は?」


何言ってんすか?三輪テツヤさん、俺にはさっぱりわかんないんっすけど・・・
隣の田村も、なんかすっげー間抜けっぽくぽかん・・・としてて。
部屋中見渡したら、どいつも同じような顔してた。


「廊下でユカちゃんとショコちゃんがお前のこと待ってんだよ!」


ああ、納得。
俺を呼んで来いって、2人に頼まれたわけね・・・


「ついでに田村!お前もじゃ!!」

「・・・テツヤ、お前も来れば?」


いちいち指差して、名指し――しかも大声――で呼ばれるのもどうかと思う。
それに、田村も・・・ってことは、用件は明白――花火大会のことに決まってる――だし。
別にテツヤ1人増えようが、どってことない。
どうせ知ってんだしさ、俺が牧野サンのこと好きだって。
けど。


「行けるもんなら俺も行きたいわ!」


あらら。
想像に反する大声に、部屋の一同びっくり。
そしたらもっと予想外のことが起こってさ・・・

「三輪!お前こんなところで油売ってる暇あるのか?桜井先生待ってるぞ!」

なんと、廊下で叫んだのは崎やん。
その声聞くなり、テツヤ肩をびくっとすくませてさ。

「・・・じゃ、そういうことで・・・」

           

なんてすごすご部屋を出て行った。
ユカがらみじゃなくて肩落とすテツヤなんて初めてだから、なんか意味もなく心配になっちゃってさ・・・
急いで起き上がって、扉開いてテツヤ探した。
そしたら、ほんとに肩を落としてセンセ達の控え室へ入っていく姿が見えた。
なんか・・・・すっげーレアなんですけど。

「明日も明後日もあるんだからな、お前らもいい加減にして寝ろよ。談話室の使用は11時まで。
 間違っても男子部屋、女子部屋で話をしよう・・・なんて思わないように」

部屋から顔を出した俺と、廊下で俺を待っているだろうショコ・ユカコンビを交互に見て、
崎やんがにやりと笑いながら言った。
あ、なんかやな感じ。


「ねえ、テツヤ、どうしたの?」


ありがたい忠告――でもないか――をあっさり無視して、崎やんに聞く。


「桜井先生のお説教。あいつ、久慈と勝手に入れ替わって、こっちのバス乗ったみたいだな。
 勝手に行き先変更したことと・・・まあ、服装だ。あいつらしいというか、なんと言うか・・・」


ああ・・・なるほど。
ちなみに、久慈というのは7組の男である。
国立文系クラスのはずだけど、テツヤと入れ替わった・・・ってことは、私文に転向したのかな?
同じクラスになったことないし、誰とでも話す奴じゃないから、よくわかんないけど。


「自分のスタイル大事にするのもいいけど・・・あれはやりすぎだよな。
 あいつ、ちゃんと今回の研修しおり、読んでんのか?」

「崎やん、それは愚問だよ。テツヤが読むわけないじゃん」


俺ですら、しっかり目通してなかったんだもん。
あのテツヤが読んでるわけないじゃん。
『研修中の服装は、白を基調とした高校生らしく、派手でないもの』なんて。
確かにテツヤの服は白いけどさ・・・ありゃナシだろ?
真っ白のタンクトップで、めちゃ大きなロゴ。
いったいどうやって手に入れたんだよ・・・って問い詰めたいよな。
バカにしてるとかじゃなくて、うらやましくて。
だって、フジロックのタンクトップだぜ?
あの、3日間ぶっ続けでやるロックの祭典だぜ?
俺、1回でいいから行ってみたいもん、マジで。


「そりゃそうだな」

「ピアスとかリングとか、金属系つけてこなかっただけでもマシじゃん?」


私服の時には『これでもか!!』ってほど体中にジャラジャラついてるアクセ類が、今日はゼロなんだもん。
テツヤなりに、一応考えてきたってことじゃない?


「じゃ、そういうことにしとくか」


お前らもいい加減には寝ろよ・・・と笑いながら、桜井先生――学年主任で、生徒指導である――の部屋へと入っていった。
中にはテツヤもいるはずで。
一緒に雷を落とす側に回るのか、はたまたテツヤをかばう側に回るのか。
それは崎やんのみが知る・・・って感じか?


「で・・・と」

くるりと向きを変えると、ショコ・ユカコンビとご対面。

「お疲れ様」


そう言いながらユカが投げてよこしたのは、コーラの缶。
だから投げると中であわ立つから・・・


「おごり?」

「浴衣のお礼」

「サンキュ」


着付けのお礼がこれじゃ安いような気もするけど、俺が着付けたわけじゃないし・・・ま、いっか。
ここは素直に受け取っておこう。


「田村くんは?」

「ああ・・・はいはい」


ショコの奴、目がきらきらしてやがる。
俺じゃ不満か?っつーの。
和室――俺らの宿泊部屋。20畳の和室に、13人が並んで寝るのだ。
夏なのに・・・なんか、ムサイよな――の扉開けて、田村を呼ぶ。
程なくして出てきた田村に、はい・・・とショコがコーラを渡してるのを見て、ちょっとだけ悔しくなった。
俺は投げられたのに、田村は手渡しかよ?!

「・・・なんか、不満?」

顔に出てたのかな、ユカがそれこそ不満そうな表情で俺に言った。
ううん・・・と首を横に振るけど、実はちょっと不満でした。
『ありがとう、お金払うよ』なんて紳士に言う田村の頭、悔しいからごついてやった。


「・・・なんだよ?」

「別に、でかい蚊がいただけ」


そ知らぬ顔して答えてやった。
なーんか不審そうに俺のことみてるな・・・って思ったら、次の瞬間仕返しだよ。


「あ、でかい蚊」


なんていいながら、俺の背中思いっきり叩きやがって。
痛くて飛び跳ねてたら、ショコとユカが腹を抱えて笑い出す。
笑うな!って言ったところで、こういう場合は逆効果ってわかってる・・・ってか、学習したから。
とりあえず、笑いがおさまるまで黙って待ってた。


「あれ?牧野さんはいないの?」


すっとぼけの田村くん。
おいおい、この前の今日だったらわかるだろ?俺と牧野サンのこと聞きに来たって。
そしたらさ、ちょっとでも田村と会話できると思ったのかな、俺が答えるより早く、ショコが口を開いた。


「つくしはね、あやのちゃんに質問されてる」

「質問?」

「うん、今日の古典で、わかんないところがあったとかって・・・」


ショコの言う『あやのちゃん』とは、我等が3年6組の副級長である。
小柄で細身で、ショートカットがよく似合って。正直言って、可愛い子だと思う。
牧野サンが転校してくる前は、彼女のことちょっとだけ・・・って、今そんなこと関係ないじゃん。
ぶんぶん頭振ってたら、ユカがつつつ・・・と俺の隣へ寄ってきて。


「・・・草野くん、変」

と呟いた。

「ほっとけよ」


一応反論してみたけど、ぜんぜん無視。
人の話聞いてる?って突っ込みたいよ、まったく。


「変といえばさ、今日、つくしもなんか変だったんだよね。授業中もなんかぼんやりしちゃってさ」

「・・・へぇ」


おっと予想外の攻撃・・・
ちょっと驚いたけど、一応平静を装ってみせる。


「気付かなかった?」

「だって、とってる科目違うし」


今回の研修は、自分でカリキュラムを決めれる。
1つの講義時間に、4つの科目――たとえば、「数学基礎」「数学応用」「英語基礎」「英語応用」などである――があって、
自分の需要とレベルに合わせて、好きな科目を取れるのだ。
特に狙ったわけじゃないけど、今日は牧野サンと1つもバッティングしてなくて。
ほっとした反面、少し残念だった。

「朝はそんなことなかったんだけどさ、バスの中も普通だったし。ここに着いて、午後の講義始まるくらいかな?
 急におかしくなっちゃってさ。ぼんやりしてるかと思えば、夜の休憩は、ご飯食べたらすぐにどっか行っちゃうし」


「・・・・・」

「・・・・何、その態度」

「何が?」

「なんか、気に食わない」

「何で?」

「もっとあわてるかと思ったのに。『牧野サンが変なの?何で?どうして?』とかって・・・」

「・・・あのねぇ・・・」


こいつ、俺のことなんだと思ってんだろ。
そりゃ気にはなるけどさ、見境なくあわてたりしないっつーの。
そろそろいいかな・・・って思って、ユカにもらったコーラのプルトップに手をかける。
プシュッ・・・って音がして、口から泡が少しずつ出始めた。


「俺が牧野サンのこと目の前にしたら、必ずわたわたするとか思わないでよ」


こぼれないように・・・って、急いで缶に口つけた。
今日はなれない勉強で疲れきってるのに。
それでなくたって、花火大会の日以来、気まずくて口聞いてないどころか、メールすら送ってないのに。
そしたら。


「・・・花火大会の日に、思わずつくしの手を握っちゃったりしたから、気まずくてそれどころじゃないとか?」


その言葉に、口に含んでいたコーラを床に噴出した。
シュワシュワする炭酸が気管支に入っちゃってさ、ゴホゴホむせるし。


「やだっ!ちょっと草野くん何してるの?!」


コーラが飛んだ・・・って、シャツの袖をハンカチで拭きながら、キャーキャーわめくユカ。
確かに袖口にコーラの色がしみこんでるけどさ・・・ほんの小さなしみじゃん。
俺なんか、口周りとか首周りとか、コーラでべとべとだぜ?
微妙に茶色く染まっちゃっててさ・・・なんか、かっこ悪い。
いや、今はそれどころじゃないよね。
今、ユカ何つった?
手、つないだとか言った?


「・・・なんで知ってんの?」


ようやく咳がおさまって、腕で口元ぬぐってユカに向き直る。
いやマジで、なんで知ってんだ?
って、それは愚問だ。
そのこと知ってんの、俺と牧野サンしかいないんだから・・・彼女が言ったとしか考えられないじゃん。
1人で頭フル回転させて動揺中。
視線はあっちこっち動くし、なんかじっと立ってらんないし。


「・・・くん?草野くん?」


不審そうに俺を見るユカの視線も気になるけど、なんか余裕ないし。
っつーか、牧野サン一体どんな風に2人に言ったよ?
え?何?『手、つながれてすっごく困ったんだけど』とか?
あ、俺って振られそうとか?


「草野くん!おい!草野!!」


得意の妄想で、いとも簡単に組み立てられた結末。
なんかそれがすっげーショックでさ。


「俺・・・寝る」


コーラ持ったまま、ほんとにふらふらと歩き出して。
和室の扉、静かに開けて中に入った。

ぱたん

明日も早くから講義が始まるってのに、寝てる奴は1人もいなくてさ。


「草野、お前もやる?」


カードマージャンに群がる奴もいれば、1人黙々とゲームをする奴もいて。


「いや・・・俺はいい」


マージャン誘ってくれた奴に断りいれて、部屋の隅で再びマグロ状態。
目を閉じたらさ、花火大会の時の牧野サンが浮かんで。
浴衣姿の笑顔とか、花火見上げてたときの切なそうな表情とか、実際には目にしてない、困惑した顔とか。
あー・・・なんだかなぁ・・・
なんで手なんかつないじゃったかなぁ・・・
なんでその後、ちゃんとフォローしなかったかなぁ・・・
後悔役立たず。
今俺が作った言葉。
なんか、いろんなこと悶々と考えてたら。


「おい」

むぎゅっと背中を踏まれた。

「・・・痛い」

そのままの態勢で、一応非難してみる。

「風呂、行くぞ」

「そんな気分じゃありません」


ってか、いい加減足下ろしてくれないかな、田村くん。
結構苦しいんですけど・・・
ところが、田村は足を下ろすどころか、俺を踏む足に力を入れて。


「コーラかぶってべとべとのまま寝るつもりか?」


なんていたい所を突いてくる。
確かに口周りも腕もなんかべとべとして気持ち悪い。
でもこのまま寝ちゃってもいいかなー・・・なんて気持ちもあって。


「そのつもり」


そう答えたら、余計に足に力入れられた。
このままじゃ我慢比べになりそう。
そのうち背中に座られそうな勢いだったから、


「・・・・・入ります」


しぶしぶそう答えた。
のろのろと起き上がった俺を上から見下ろしながらため息ついてさ。


「お前、さっき勝手に自己完結させてただろ?安藤さんと藤原さん、すげー心配してたぜ」


それ、お前の悪い癖・・・という小言までしっかり言って、田村は俺に背中を向けた。
ディバック探って、タオルなんかの準備して。


「・・・どうせ寝るっつっても1人でぐだぐだ考えるだけだろ?出ない答え探して悩むだけだろ?
 仕方ないから、付き合ってやるよ」


俺に顔見せずに、そういった。
なんかさ、その言葉聞いたら、目頭がちょっとだけ熱くなっちゃって。
それと同時に、なんか田村にすげー申し訳ないような気がしてさ。


「・・・俺って、お前に迷惑かけてばっかだよな」


って、背中に向かってつぶやいた。
そしたら、しばらくの沈黙。


「・・・確かに」


って返事に思いっきり凹んでさ。
でも。


「・・・迷惑かけられるの、結構楽しいから」


やっぱり俺に背中向けたままそう言った。
・・・なんか、すっげー嬉しいんですけど。
『ありがとう』って言おうとしたら、田村の耳が真っ赤くなってるのに気付いちゃってさ。
それ見て、俺もすっげー恥ずかしくなって。


「・・・田村くん大好き!!」


その背中めがけてダイブ。
思いっきりぎゅーって抱きしめた。

      

「う、お・・・ば、バカ!離せ!!暑いし気持ち悪い!!!」


田村の慌てふためき様に、みんなが一斉にこっち注目しちゃってさ。


「何?草野が田村に夜這い中?」

「やっぱりお前らそういう仲だったんだな・・・城南祭の時からおかしいとは思ってたけどさ・・・」


案外ノリのいい奴ら。
やれやれーなんて外野で言うからさ。
調子に乗って田村の頬にキスしたら、本気で横っ面ひっぱたかれた。


「お前気持ち悪すぎ!で、悪乗りしすぎ!!今度やったらマジで友達やめるからな!!!」


今まで付き合ってきて、ここまで我を忘れる田村を見たことがあっただろうか。
目じりに涙ためて、俺がキスした頬を本気でごしごしぬぐう奴の姿に、ちょっとだけ同情した。
って、俺が原因なんだけどね。


「っつーことで田村くん、風呂行こうぜ!」


すっと立ち上がって、未だ座り込んでいる田村に手を伸ばした。
『誰が掴むか!』って怒鳴られたけどね。






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