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 牧野サンと普通に話せるようになるのには、かなり努力したよ。もちろん、あの出来事の後だけれど。
カラオケの次の日もその次の日も球技大会――特に語ることはないので、ここは割愛させていただこう。
あえて一言言うのなら、『惨敗』というところだろうか――の日も、毎日必死で話し掛けて。
だってあんな失言――というかボロ出し――で気まずくなるなんて絶対に嫌だもん。
努力の甲斐あって、ケータイ番号とアドレス聞き出すことまで成功しちゃったけどね。


 と、他愛のない話をしていたら、我が家に到着してしまった。門の前には既に4人の自転車が。
テツヤは無理にでもユカと並んで走ってきただろうから・・・必然的に、ショコと田村が並んだっぽい。
並んで走ってる最中の、ショコのちょっとにやけた顔が簡単に脳裏に浮かぶ。


「どうぞ」


 牧野サンを先に促して、家の中へ入る。リビングでは男子陣が待機中。
母さんが出しただろう麦茶とせんべいかじりながら、2人がぼんやりテレビを眺めている姿が目に入った。


「おまたせ」
「おせぇ!」


 落着かない様子―――っつーか、もう浮き足立って仕方ないテツヤがソファから立ち上がって、
地団駄踏んで叫んだ。
とりあえず、奥の和室に牧野サン案内してから、『落着けよ』とテツヤの肩を叩いてみる。
田村は全く無視。せんべいぽりぽりかじりながら、流れてるDVDに首ったけ。


「落ち着け?落ち着けだと??おまえはこの状況で落ち着けって言うのか?その口がそういうこと言うのか?」


 俺の両頬つねって、にーって伸ばす。ちょっと痛いよ、落ち着けっての、マジで。


「落ち着いたらいいことあんの?ユカチャンが俺に抱きついてくれるとか、ユカちゃんが結婚してくれるとか、
 ユカちゃんが膝枕してくれるとか、俺に何かいいことがあるとでもいうのかい?」


 ダメだ、完全にいかれちゃった。もうね、目が行っちゃってるのよ、テツヤ。つねられた頬が痛いんですけど。
花火に浮かれてか、それとも一緒に行けるユカに興奮してか、こいつも同じように甚平なんか着ちゃって。
しかも頭にも良くわかんないバンダナ巻いて。
俺も甚平着たほうが良かったかな?その方が、盛り上がったかな?なんて考えててたら、
リビングの扉がそっと開いた。
母さんに着付けをしてもらったユカだ。テツヤが待ちに待ち焦がれた人。
それなのに本人まだいっちゃったまま帰ってこないから、彼女が来たことにも気付かない。


「ねえマサムネくん、いいことあんの?俺にいいことあんの?
 ねえ、ユカちゃん、俺を抱きしめて『男の中の男、いかしたテツヤが好きよ』なんて言ってチューってしてくれ・・・」

「バカっ!」


 最後まで言い終わらないうちに、ユカの背中平手打ちが炸裂。パッチ−ンってすっげー音が響いて。
頬をつねられてた俺も、DVDに真剣になってた田村も目が点。
最初はいてて・・・なんてしゃがみこんで背中押さえてたテツヤだけど、振り返ってその姿を一目見た瞬間、
目の中にハート浮かべて、ユカに向かって両手を広げて。



「ああんユカちゃん!なんでそんなに浴衣が似合っちゃうわけ?俺のハートはもう君のものさ!」


 なんて訳わかんないこといいながら抱きつこうとした。
だけど流石のユカだ。テツヤの行動なんて先に読んでてさ。
両手でぐっとテツヤの顔を押さえつけて、こめかみをぐりぐり・・・とやった。
うわ・・・見てるだけでいたそうなんですけど。田村に視線向けたら・・・冷たい奴。もうDVDに戻ってる。
ここはユカの味方をするべきなのか、それともテツヤに愛の手を差し伸べるべきなのか・・・
なんて考えたけど、ほら、ことわざでもあるでしょ?『人の恋路を邪魔する奴は、馬に蹴られて何とやら・・・』って。
だから無視。田村の隣に座って、いっしょにDVD見ることにした。



 そうこうするうちに、今度はショコがやってきて、間髪置かずに牧野サンも・・・・って、
僕鼻血出してもいいですか?かなり可愛いんですけど。
ラベンダー地に金魚の模様。牧野サンって細いんだね・・・うすーっぺらいの。
でもいい!オレンジとイエローの帯もすっげー似合っててさ。うなじの後れ毛とか妙に色っぽくて・・・




「・・・変?」


 直立不動でじーっと見つめる俺をおかしいと思ったんだろうね、自分の姿見ながら牧野サンが不安そうに言った。
っつーか、変も何もあったもんじゃない。
母さんの両手を握って、『ありがとう!』って叫びたい気分だったよ。
代わりに田村の手を握って、肩叩きながら上下にブンブン振った。もう、最高だね・・・って意味で。


「・・・おまえ、バカ?」


 呆れた顔して小さくため息吐いたけど、そんなのお構いなしだよ。俺、マジで感動してます。
大げさかもしれないけど、生きてて良かった・・・なんて。
 



 着付けやらなにやらですっかり出遅れた俺たち。室見駅は既に花火の見物客でいっぱい。
女の子は浴衣姿が多くて。目の保養になるな・・・なんて思いながら回りを見回した。
ま、牧野サンが一番なんだけどね。


「おまえ、張り切りすぎて1人ではぐれるなよ」


 どんなときでも1人冷静沈着、妙に冷めてる田村が電車を待ちつつ言った。
ふん。わかってるよ。そんなテツヤみたいなことしないもん。


「おまえもさー、あんまり冷めすぎないで、ショコの浴衣姿誉めてやれよ」

「は?安藤さんを?」


 どうして俺が?って首傾げてる。まったく、こいつもいいかげん鈍いね。
ショコなんて、浴衣姿でまっすぐ田村の前行って、『似合う』って聞いたんだぜ?
もう、乙女だよね。好きな奴に最初に誉めてもらいたいっつーの?
それなのに田村は『うん、似合う』って一言言っただけ。
ちょっとかわいそうになっちゃったよ。思わず俺が誉めちゃったもん。あんまり嬉しそうじゃなかったけどさ。

 鈍感な田村くんにどう説明したらいいのやら・・・と考えているうちに電車到着。
通勤ラッシュなみに混雑するそれになんとか乗り込む。
もちろん座れるはずがないから、つり輪につかまった格好で出発。
俺らはいいんだけどさ、浴衣着てる牧野サンとか、上に手が伸ばせないんだよね。
電車揺れるたびにふらふらしてるから。


「良かったら、腕につかまっててよ」


右腕をちょっと差し出したら、「ありがとう」ってTシャツの端をぎゅっと握った。
うわぁぁぁぁ・・・ちょっとマジでドキッとしたんですけど。
俺、鼻血出そう・・・頭ブンブン振って、気を紛らわせようとして車内見回した。
テツヤとユカは相変わらず。でもテツヤかっこいいじゃん。
他の乗客でユカがつぶされないようにって、自分でバリア作ってさ。
ほんと、ベタ惚れだよな・・・もうちょっと報われてもいいんじゃないの?って思うけど、
ユカの表情見たら、そんな気持ちも消えた。嬉しそうな顔してるじゃん。
少し照れたみたいにうつむいてんの。テツヤは必死で気付かないんだろうけどさ。
田村とショコも良い感じだ。っつっても、奴らはすぐ隣にいるんだけどね。
ショコを手すりにつかまらせて、田村が混雑した車内に背中向けてんの。
そう、こいつ鈍いけど良い奴だから。ちゃんとショコを守ってるんだよね。
あーあ・・・ご馳走様。でもいいや。何だかんだ言って俺も今幸せだから。
さまざまな思いを乗せた電車は、大濠公園へ向けて走っていく・・・・・。



地下鉄の駅から公園の道のりは、馬鹿みたいに混雑していて。
踏み出す歩幅がいつもの半分くらいしかない上に、歩調はいつもの倍のペースだ。
こんな調子じゃ公園に着く前に花火始まっちゃうよ。
今更ながらに後悔。暫く花火来てなかったから、すっかり勘が鈍っちゃってるよ。
約束の時間、遅すぎたかな・・・なんて。


「さすがというかなんというか、予想通りの人の多さだよな・・・」


 ちょっとうんざりした田村がぽつりと呟く。
この人の多さ予想してたの?俺なんか、全然見当はずれだったんですけど。
そりゃ、ある程度の混雑は予想してたけどさ、こんなにゆっくり歩かなきゃいけなくなるほどだとは思わなかった。
しかも公園の手前から。


「でもさぁ、これだけ混雑してるのもちょっと嬉しくねぇ?」


 意に反した発言をしたのはテツヤだ。女子陣は3人並んで話しながら、一歩後ろを歩いている・・・予定だ。
時折田村や俺が振り返るときには、きちんといるから大丈夫だとは思うが。


「何が?」

「だって、『ああ、人に押された!』とか言って、ユカちゃんに抱きつけちゃうかもしれないじゃん?
 さすがにさ、それは不可抗力だろ?不可抗力なら、怒れないだろ?・・・って何よ、その冷たい視線」


そりゃ、しらけた冷たい視線で見たくもなるだろ。またバカなこと考えて。
こいつも真面目にしてりゃそれなりにいい男だと思うし、ユカにあんな扱いされないと思うんだけどさ。
ま、それがテツヤのいいところでもあると言えばあるのだが。長所と短所は紙一重・・・か。


「・・・・バカ」


 田村の強烈な一言。つめたーい視線で、ひくーい声で。怒鳴られるよりも何よりも、いちばん堪えるよな、これは。
しかもため息も一緒だよ。


「何さ?バカって?」

「たとえ不可抗力だとしたって、お前の顔がにやけてたり声が上ずってたら意味ないだろ。
 それに、藤原さんが『不可抗力』って言葉に納得するとは思えないぜ?っつーことは、やっぱりお前殴られるって」

「田村くん、それちょっとひどいですよね・・・僕のユカちゃん侮辱しましたか?
 僕のユカちゃんのこと、冷血非道みたいに言いましたか?」


 子供みたいにぷぅ・・・と頬を膨らませて。おいおい、お前いくつだよ・・・ってテツヤに突っ込みそうになった。
そもそも『僕のユカちゃん』って何だよ?後ろのユカに聞こえてたら、脳天かち割られそうな言葉だよな。


「藤原さんがどうこうじゃなくて、お前の日ごろの行いを見て言ったまでです。
 カラオケの時で懲りた分だと思ってたけどな」


 再び、小さなため息。


「あーもう僕怒っちゃったもんね!」


 ユカちゃん・・・と、突然後ろを振り返るテツヤ。

                            

何事かと大きな目をきょとんとさせるユカの手を引き、人ごみ分けて大股で歩き始めた。


「田村とマサムネのバカー。もういいもんね!ユカちゃん連れて良い場所で花火見てやる!
 お前らなんか混ぜてやんないよ!」


 ほんと、ガキみたいな捨て台詞。思わず呆然としちゃった。そしたら思わぬアクシデント。


「あ、ちょっと!ショコ!!」


 連れ去られる寸前、ユカがショコの腕をぐいっと引っ張った。それにつられるショコ。かと思いきや。


「え??って、危ない!!」
                  

 なんと、ショコが掴んだのは田村の腕だった。芋づる式にぐいぐい引っ張られる奴ら。
流石に田村は俺や牧野サンの腕を掴んだりしなかったけどさ。残された2人で目がテン。



「・・・・・行っちゃったね」

「・・・・・行っちゃったよな・・・」


 そう呟きあう以外に、俺たちには何ができただろう?
でも立ち止まってると危ないから、とりあえず周囲と同じ速さで再び歩き出す。


「昔、ああいう童話あったよね?若者が森の中で金のガチョウを拾ってさ・・・」

「ああ、それに触った人がみんな引っ付いちゃって、離れなくなって大行列作るのだよね?」

ガチョウはテツヤかユカなのか。どちらにしてもその童話と大差ないだろう。
確かに思わぬアクシデントだったけど、もしかして、俺にとっては千載一遇のラッキーじゃないですか?
花火大会、好きな彼女は浴衣姿、邪魔者は誰もいない2人きり。
この間のことがあって少し気まずさはあるけれど、でもマジでいいシチュエーションですよね。

他愛の無い話をしながら、ようやく公園の中へと進んだときには、既に8時――開始時間を軽く回っていた。
ケータイで何度か奴らを呼び出したんだけど、居所なんて全然わからない。
仕方ないから、終わったら入り口で待ち合わせ・・・ってことにして、
とりあえず牧野サンと2人で花火を楽しむことになった。嬉しいけど・・・かなり緊張する。
よく考えたら、こんな長い時間2人でいることなんて初めてだし。しかも花火だし。
少なからずともムード出ちゃうんじゃないですか?まあ、この人ごみじゃどうこうするってこともないけどね。
人ごみ掻き分けて、ようやく少し見やすいかな?と思えるような場所に到着。
もちろん立ち見だけど。通路じゃないから人の邪魔にもならないだろうし。
花火は空に上がるから、背が低くて見えない・・・ってことも無いだろうし。


「お疲れ」

「草野くんこそ」

 途中の自販機で買った飲み物――こぼすと困るし、残っても困るから、
2人ともミネラルウォーターのペットボトルを買った――をつき合わせて乾杯。
アルコールじゃないから気分も出ないけど、まあいいってことで。


「でも凄い人の数だね。ちょっとびっくりしちゃった・・・」

「うん、俺も。花火なんてホントに久しぶりに来たからさ・・・余裕で座れるだろ?
 なんて思ってたけど、甘かったみたい」


 そういや思い出した。子供の頃は母さんたちが前日から場所取りしてたっけ・・・
シート敷いて、飲み食いしながら花火鑑賞できる場所、必死で確保してたような気がする。


「東京でも花火大会ってあるの?」

「あったよー。っても、友達と出かけてたのは中学までだけどね・・・」

「高校・・・・」


 言葉を発したところで、ドーン・・・と地響きがした。空を見上げれば一面に広がる赤い花。
それがあまりにも大きくて、あまりにも綺麗で・・・思わず言葉を失った。
その音を筆頭に、次々と打ち上げられる花火は、漆黒の闇を美しく彩っていく。
赤、ピンク、黄色、緑、青。どこまでも広がる黒のキャンパスが、光で埋め尽くされて。


「すっげ・・・・」


 もう、単純にそんな言葉しか出なかった。空に魅入る以外に、一体何ができたというのだろう。
俺たちはお互い何も話すことなく、じっと空を見上げた。
なんか後悔だよ、どうして暫く花火大会に参加しなかったんだろうって。
こんなに綺麗でこんなに感動するもの、自分から遠ざけてたなんてさ。
毎年大勢の人が、苦しい思いしても暑い思いしても、わざわざここまで足を運ぶ理由がやっとわかった。
そんな小さなこと、この光を見たらすぐに忘れちゃうよ・・・


 何発かの花火の跡のインターバル。ようやく視線を戻して、首をこきこきとひねってみる。
バカみたいに口開いて見てたから、のど渇いちゃったよ。
ペットボトルの水をゴクゴクと喉を鳴らしながら飲んでいると、少し俯いた牧野サンがぽつりと言った。


「・・去年ね、カナダで花火見たんだ・・・こんな立派なやつじゃなくて。
 あ、もちろんそれなりの花火だったんだけど、素人がたった2人であげてたから迫力なくてね・・・」


 ・・・やばい、この表情。いつもの淋しい笑顔だ。
遮ってバカ話して、笑わせてあげるべきなのか、それともこのまま話を聞き続けるべきなのか。
フルスピードでシミュレーションしてたら。タイミング良く次の花火のアナウンスが入った。


「次の花火、始まるみたいだね・・・」


 慌てて話題変えて。そしたら牧野サン、そうだね・・・って言って笑ってくれた。
ちょっとほっとしたけど、でも本当は続けて話聞いて欲しかったのかな・・・なんて後悔した。

大玉も好きだけど、スターマインも好きだ。
色は無いけど細かい花火が綺麗でさ。柳みたいにふわりと垂れ下がって。
クリスマスツリーに飾る金色のモール、思わずそれを思い出した。


「スターマイン・・・・・」


 話中断させちゃったうしろめたさ?遠慮みたいなものがあって、
ぎこちなかったかもしれないけど笑顔作って牧野サンを見た。でも、言葉は最後まで紡げなかった。


 回りは花火の音とか、人の話し声とか、響き渡るアナウンスとか、凄い音量の騒音ばかりなのに、
牧野サンのその声はしっかり耳に届いた。
いや、妙にゆっくりな唇の動きが届いたと錯覚させただけなのかもしれない。
すっげー淋しそうな声で、やっぱり淋しそうに笑って。花火を見つめながら



「カナダの花火は・・・・・すごく綺麗だったんだ・・・」



 って呟いたんだ。
 なんか、その声と笑顔ですっげーショック受けて、一瞬で地の底まで気分が沈んだような気がして。
あいつの言ってた『救えない』って言葉の意味が、何となく理解できたような気がした。


 何がどう綺麗だったのかはわからなかったけど、でもその瞬間、牧野サンはきっとすっげー幸せだったんだ。
ううん、その瞬間は自分が幸せだなんて気付かなかったのかもしれない。
でも、彼女は確かに『あのとき』を求めている。
俺と見るこの花火じゃなくて、あの時他の誰かと見ただろう花火を。


 やるせなくて悔しくて。ここにいる『自分』が牧野サンに認められていないような気がしてさ。
こんな時にどうかと思ったけど、彼女の手を強く握った。
熱くて小さくて、少しだけ汗ばんだ右手。掴んだ瞬間、少しだけびくっとして


「草野くん?」


 って俺を見たけど、気付かないふりした。夜空に咲く大輪の花をじっと見つめて。


「・・・草野、くん?」


 もう一度呼ばれると、返事の意味もこめて、握った手に力を込めた。






俺はここにいるよ。俺は牧野サンの隣にいるよ





 そんな想いを込めて。






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