24
      

 なんか、意外な面をたくさん発見したような気がする。
誰が想像できたよ、ユカが洋楽ばっか歌うなんて。
ショコがモー娘。ばっか歌うなんて。
牧野サンがあやや歌っちゃうなんて・・・あ、いや。これはこれで嬉しいんだけどさ。
ユカの専門はアヴリルとかヒラリー・ダフとか。びっくりしたんだけど、結構歌うまいんだね。
よく鼻歌歌ってるのは知ってたけどさ、まさかこんなに歌いなれてるとは思わなかった。
頻繁にカラオケ通いなれてる感じだね。

       

途中、ショコと牧野サンが「恋愛レボリューション21」をデュエットしたときは、もう本当にメロリンキューだった。
だって、振りつきだぜ?踊ってんだぜ?鼻血吹き出るかと思ったもん・・・。いやはや。
男子陣は想像通り。
俺はバンプばっかで、田村はほとんど歌わなくて
――だからといって、楽しんでないわけではない――、
テツヤは握ったマイクをなかなか離さない。
みんなに乗せられて、「北島三郎」熱唱したのにはさすがに笑ったけど。


「さ・・・草野少年、お話聞かせていただきましょうか?」


 どれくらい経ったときかな。
俺がマイク置いてウーロン茶飲んだら。右にショコ、左にユカが座ってさ。不気味に口元にーっと歪ませた。
それで思い出したよ。俺、あの日のこと2人に謝ってなかったっけ・・・。


「あたしたち、メール何度も送ったんだけどねー」

「返事、一度もなかったよね?」

「・・・はい。すんません」


 ここは言い訳しない。膝そろえて、ぺこりと頭を下げた。
ほんと、これこそ『返す言葉もありません』だよ。
思い出すのも恥ずかしい、逆切れしたあの日。闇の彼方に葬ってしまいたいとさえ思っています。


「・・・なんだ、つまんない」


 ちょっと呆気に取られた表情のユカ。何?俺そんなに意外なこと言った?


「もっと言い訳して、見苦しい姿さらすかと思った」

 ・・・それはちょっとひどくない?俺だってそこまでやな男じゃないよ。
そりゃ、あの日は嫌な男に成り下がってたけどさ・・・こうして心入れ替えて謝ってんだから
――その割には態度でかいんじゃないの?って言われたらおしまいだけど――
ここは優しく受け入れるのが友達ってもんじゃないですか?


「あたしたち、ほんとに心配してたんだよ?」

「そうそう、月曜日、試験なのにお休みするんじゃないか・・・まで思っちゃったんだから」


 ・・・心配・・・って割には、案外楽しんでません?2人とも、すっげー笑顔なんですけど。
試験休んだら成績でないじゃん。下手したら、単位もらえないじゃん。
単位落としたら・・・俺、留年?やっぱり楽しんでる、この2人。
仕返ししてやりたい・・・なんて思ったけど、なんか俺のことすごい視線で睨みつけてる奴発見しちゃったし。


「っつーかマサムネ!俺のユカちゃんに何してさらしとんじゃーっ!!」


 マイクを握り締めたまま、俺を指差して怒鳴るテツヤ。
ちょっと待て。どっちかっつーと俺がいじめられてるんですけど?おまえ、この状況しっかり見てたの?


「ユカちゃんは、誰のユカちゃんか・・・ってったら俺のユカちゃんなんじゃっ!
 決しておまえのユカちゃんじゃないぞ!!手出したら、たとえおまえでも、俺は涙を飲んでおまえを斬る!」

「ちょっと!マイク使って何訳のわかんないこと叫んでんの?!」


 やおらユカが立ち上がり、テツヤの肩に強烈なパンチをお見舞いする。
俺とショコは大爆笑。牧野サンもおかしそうに腹抱えて笑って。
田村はちょっと呆れた顔しながらも、それでもやっぱり笑ってた。
暴走スイッチ入っちゃったテツヤ。こうなっちゃったら誰にも止められない。
テーブルの上に置いてあったマイク無理やりユカに握らせて、『デュエットだー!』って叫んじゃって、
勝手にリモコンのボタン押してんの。


「やだっ!なんであんたと一緒に歌わなきゃいけないの?」

「せっかくカラオケ来たんだから、それくらいの役得、俺にくれたっていいじゃん!」


 ・・・おいおい、駄々こねる子供かよ?ソファに戻ろうとするユカの肩抱いちゃって。
殴られても足踏まれても、離しゃしない。ってかこいつ、酒飲んでるわけじゃないだろ?
なんでこんなにハイテンションなわけ?・・・でも、いいかも。
雰囲気に酔ったふりして、俺も牧野サンの肩抱いちゃう?
つつつ・・・とアイスティ飲んでる牧野サンの隣に移動。俺に気付くとにっこり笑った。
あうっ!もうそれだけで熱烈パンチ!


「楽しんでる?」


 っつーか、何てベタな言葉よ?俺。
もっと気のきいた言葉があるだろうよ?
テツヤみたいになりたい・・・とは言わないけどさ、もう少し、もう少しアレでもいいんじゃない?
もう、本当に自己嫌悪だ。


「楽しいよ。三輪くんって楽しい人だね。ユカあんな人に好きになってもらって、幸せじゃん」


 ・・・そうか?流石の牧野サンの言葉でも、今の発言はちょっといただけません。
ユカ、本気で嫌がってない?すっげー迷惑そうなしかめ面してるんですけど。

 そして、俺にはテツヤが何考えてんだか理解できない。
あいつ『デュエット』って言ったんだぜ?なのに、なんでここで「Choo Choo Train」が流れるわけ?
しかもEXILEバージョンで。そしてユカも理解できない。
あれだけ嫌がってたのに、曲が始まったらしっかり歌ってるんだもん。しかも振りつきで。
テツヤまで一緒になっちゃってさ。ってか、この曲流れたら・・・やるしかないでしょ?
そう考えたのは俺だけじゃなかったみたい。
われ先に・・・と画面の前へ向かったのは、俺とショコ。
田村はやるのか・・・って感じで苦笑い。
牧野サンはちょっと首をかしげて、不思議そうな表情浮かべてる。
そんな2人をよそに、俺ら4人は一列に並んで・・・タイミングずらして上半身回したら。


「それ最高!」


 牧野サンが涙浮かべて、腹抱えて笑い出した。
田村の何だかんだ言って笑ってるし。
やっぱり、カラオケに欠かせないものはノリと笑いです。今回改めてそう思いました。









         



「帰りも送ってもらっちゃってごめんね」

「いいえー。いくら明るくたって、女の子1人で帰すのは男として許せないからね」


 陽が傾き、アスファルトの上に長い影を作る。
2つ並んだそれが何となく嬉しくて、頬が緩むのを止められない2人で歩く帰り道。
相手?もちろん牧野サンに決まってんじゃん。もう、何て運がいいんだろ。





 いくらフリータイムって言ったって、終わりの時間は来るわけで。
7時までたっぷり歌った俺らは、シダックスの前で解散。


「ユカちゃん、俺送るね」

「いい。あんたに送られるくらいなら、1人で帰った方が安全だから」


 うーん、即答。確かにね、テツヤならそうかも・・・っていやいや、テツヤに限って大丈夫だよ。
好きな女の子が嫌がることは絶対にしないから。
でも俺意地悪だから。ユカに便乗して「そうだそうだ」って野次飛ばす。


「なんでさ?俺の真剣な気持ち、いつになったら・・・」

「いつになっても受け取らないよ」


 もう慣れちゃってますね、ユカさん。よよよ・・・と泣き崩れるテツヤに、みんなで大爆笑。


「・・・じゃあ、俺安藤さん送ってくよ」


 田村が俺の方見てにやっとした。
お、田村くんナイスです。いろんな意味で。
ショコはもちろんぱぁ・・・と顔を輝かせて。そりゃそうだよなぁ、好きな男に送ってもらえるんだもん。


「じゃあ、俺は牧野サン送ってくね」


 そう言ったときの自分の顔に自信がない。多分、鼻の下伸ばしてすっげー情けない表情してたと思う。
 で、今2人で夕焼けの202号線を歩いてるわけだ。
 一応ガッコの近くだし。2人乗りしてるとこセンセやケーサツに見られたらやばいからね。
 せめてこの近辺だけでも歩こう・・・と。


「今日、すごく楽しかった。試験後で開放感もあったし・・・」

「そうだよね。受験生じゃなかったらもっと楽しかったのに・・・って思っちゃうよね」

 嫌なこと思い出させないでよ・・・と、笑いながら牧野サンが言った。俺の肩ちょっと叩いて。
ああ、牧野サンに触れられちゃったよ・・・俺、このTシャツ洗えないかもしれない。
なんてバカな妄想は横へ置いておいて。


「草野くん、やっぱり歌うまいよね。前のステージのときも思ったけど、今日もやっぱりそう思った。
 どんな歌でもそつなく歌うっていうか・・・」

「ほら、俺歌ったのバンプの曲ばっかだから、曲調似てるしさ」

「それにしても上手だよ。あたし聞きほれちゃったもん」


 嬉しいこと言ってくれるね、牧野サン。
その言葉に他意はないってわかってるけど、俺にとっては何よりも嬉しい言葉だ。
好きな子の他愛ない一言で、こんなに一喜一憂できるなんて、今まで知らなかったよ。


「あたし、草野くんの歌声好きだよ」

「俺も、牧野サン好き」


 ・・・・・って、俺、今何言った?自分の言った言葉が信じられなくて、足を止める。
思わず牧野サンの顔見つめちゃったら。


「・・・・・」


 彼女は大きく目を見開いて、顔真っ赤にしてた。
 これ、まずいんじゃないっすか?俺、今牧野サンに告白した・・・?


「あ・・・もちろん牧野サンの歌が・・・ってことだけどね。ごめん、紛らわしい言い方して・・・」


 両手をぶんぶん振って否定したところで、今更遅い。ちょっと俺これってありなの?もう勘弁してよ・・・


「う、うん、大丈夫、わかってるから・・・」


 ぎこちない微笑みで返されたけど、信憑性も何もあったもんじゃない。
もう、最悪だよ・・・いや、別にいいんだけどさ・・・このタイミングはないんじゃないの?正宗くん。
もう、自分で自問自答、自己嫌悪だよ。


「・・・そろそろやばい地域抜けたから、後ろ乗りなよ」

「・・・ありがと」


 肩をつかんで、牧野サンがハブに足をかける。
しっかり乗ったのを確認したら、もう無心で自転車走らせた。
会話?するわけないじゃん。お互いだんまり。
牧野サンのアパートまでの道のりがどれだけ長く感じたことか。そして苦痛だったことか・・・。








「・・・ありがと」

「・・・どういたしまして」


 お互いぎこちないあいさつ。
もう顔なんか上げられないし、姿すら見れないよ、恥ずかしくて。
牧野サンも同じ気持ちだったらしくて、小さな声で『バイバイ』と言うと、そそくさとエントランスへ入って行った。
俺も慌てて『またね・・・』って言ってみたけど、彼女に届くはずは無くて。


「・・・・」


 その場に立ち尽くす。あーあ・・・やっちまいました。俺ちゃん。
一体何だって言うんでしょうかね・・・自己嫌悪も甚だしいですわ。
一体、明日からどんな顔して会えばいいのさ?普通?無理っす。
絶対舞い上がってわけわかんないこと口走って、右手右足一緒に走り出して、
途中でバランス取れなくなって転ぶに違いない。


「・・・・?」


 ほぼ牧野サンと入れ違い。エントランスから出てきたのは・・・あの男だ、昼間の、ちょっとやな感じの長身。
俺の方ちらっとみて・・・なんかやっぱりむかつく。
口元にやって歪ませたんですけど。関わらないにかぎるよね、このまま帰ろ。

 回れ右して自転車にまたがる。で、走り出してさよなら・・・・のはずだったんだけどさ。


「おい」


 ・・・なんで呼び止めますか?できることなら無視したいんですけど。でもそんなことするわけにはいかないしさ。


「・・・なんっすか?」


 不機嫌さ思いっきり演出して振り向いた。
でも相手は全然ひるまなくて。むしろ『また会ったな』なんてフレンドリーに話し掛けてきてさ。
ちょっとちょっとちょっと。俺困るんですけど。っつーか、敵っぽい人と仲良くなんてなりたくない。


「ちょっとそこまで付き合わない?あ、心配しなくていいよ。タバコの自販機行きたいだけだから」


 断りたかったけど、なんかそれを許さない雰囲気でさ。ずるいよね、そういうの。
とは思っても、結局それに引きずられて、自転車降りて奴の後を続く。


「お前、名前なんての?」


 暫く無言で歩いてたら。突然振り返られて目の前にアップ。
わっと・・・男のアップは勘弁です。でも・・・綺麗な顔してやがる。
やっぱりむかつく・・・って、思い出した、この顔。
牧野サンが見てた雑誌に載ってた奴だ。真ん中で、すっげー鋭い目つきでレンズ睨んでた奴。


「あんた・・・英徳大学生なの?」


 思わず口から出た言葉。そいつは目をぱちくりして、でもそれはたった一瞬で。
さっきみたいにムカツク微笑浮かべてんだよね。


「まあ・・・俺のことはいいよ。ほら、名前」

「・・・草野」

「下の名前は?」

「・・・正宗」

「古めかしい名前」


 ・・・プチ。頭のどっかで何かが切れた気がする。
何で見ず知らずのこいつにそんなこと言われなきゃいけないわけさ?
俺だって自分の名前嫌いだよ。古めかしいと思ってるよ。っつーか失礼だよ、こいつ。かなりむかつくよ。
自分のこと何も言わないくせにさ。
しかも俺と同じようなカッコしてるのに、何でこんなにかっこよく見えるわけ?なんか雲泥の差なんですけど。


「そういうあんたは・・・」

「で、お前あいつの何なの?」


 ・・・俺の言葉無視ですか。名前すら教えてもらってないのに。なんか俺、名乗り損?


「・・・クラスメイトっす」

「ただの?」

「・・・どういう意味?」

「・・・・」


 暫くだんまり。くるりと踵を返してまた歩き始める。
仕方ないから俺も自転車おしてついていく。嫌な沈黙。すっげー空気重いんですけど。
別にこの人の後ろついてかなきゃいけない義理なんてないし、このまま帰っちゃおうかな・・・なんて思ったけど、
それしたら牧野サンに顔向けできなくなりそうだし。


「・・・なあ」


 自販機の前で止まって、コイン口に硬貨を落とす。
キャメルが1箱、ガタンと音を立てて落ちた。でも、奴はまだ振り返らない。
今度は隣のジュースの自販機へ。コーラを買って、俺に投げてよこした。


「・・・すんません」


 上手い具合に片手で受け取る。
今プルトップ空けたら・・・泡出るかな。もう少し後にしよ。
本人はブラックのコーヒー。小さな缶が、妙に似合ってカッコいい。俺もそっちの方がよかったな。


「・・・缶コーヒーって、何でこんなに不味いんだ?」


 本当に嫌そうな顔。別に飲まなきゃいいのに。って、実は俺ブラック苦手なんだけどね。


「で、なんっすか?」


 俺をこんなところまで連れて来て、ただコーラおごりたかったわけじゃないだろ。
そんないい奴には見えないもん。『俺の女に手だすな』とか、そんなこと言われちゃうのかな?俺。


「おまえ、あいつのこと好きなの?」

「・・・あんたに関係あるんっすか?」

 また驚いた顔して、にやりと笑う。あーもうほんとに。全然つかめない、この人。
ってか、俺まだ名前すら聞いてないし。ここはやっぱ聞いとくべきでしょ?


「あんたの・・・・」

「お前じゃ・・・・」


 やっぱり俺の言葉は遮られて。文句の一つも言ってやろうかと思ったけど・・・やめた。
だってさ、そいつの表情がふと変わったんだもん。
今までの人を小馬鹿にしたような微笑は消えて、真剣なそれに。思わず俺も息を呑む。




 なんかね、想像してたよりもずっと残酷だった。
奴の口から発せられた言葉は。まだ『俺の女だ』って言われた方がマシだよ。
『俺の女だから諦めろ』って言われた方が、傷つかなかったよ。








『お前じゃあいつを救えない』






                               NEXT→
                                 BGM♪bump of chicken:アルエ