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「カラオケなんて久しぶりだよな・・・」
「ってか、おまえ歌えんの?」


 期末試験最終日、田村と並んで校門までの道を歩く。
俺はちょっと浮かれ顔、田村はちょっと浮かない顔。
最終試験は数学だったから、それが2人の表情の差なんだろうね。
田村は数学苦手だから。ま、昨日の帰りは逆の表情してたってことで。英語だったからね。

 俺らの数歩前には、麗しの牧野サンの姿が。うーん・・・可愛いかも。
後ろ姿にこんなににやけるなんて、俺もかなりの重症だね。
彼女を挟んで右側にショコ、左側にユカが。その隣にテツヤがいて・・・相変わらずどつかれていた。
懲りない奴だね。


 ・・・と、何故こんな集団で歩いているのかと言えば。
事の発端はもちろんテツヤ。試験3日目だったかな。休憩中に教室来て。
でも珍しいことに、奴が呼んだのはユカじゃなく、俺と田村だったわけよ。

『試験最終日、午後からカラオケに連れてってやる。っつーかむしろ一緒に行ってくんない?』

 命令口調のお願い。しかも唐突に。
ぽかんと口あけてたら、テツヤが早口でまくし立てて。試験中の休憩はたった5分。
チャイムと同時に「じゃ」と手を挙げて、ものすごいスピードで走って行った。
要約すれば、『試験最終日にユカをカラオケに誘ったが、あんたと2人じゃ行かないと冷たく言い放たれ、
それでも諦めきれないテツヤは大人数で行こうと言い、それに対しユカは知らない人がいたら絶対嫌と言った。
最後の手段、草野と田村ならユカもよく知ってるから、ショコと牧野サンと6人で行こうと誘い、
それにしぶしぶユカがうなずいた』・・・といったところだろう。


「・・・あいつ、受験生の自覚あんのか?」

「ないだろ」


 同時に小さくため息吐いて、俺らは自分の席に戻ったっけ。
首を縦に振った覚えはないんだけどさ、いつの間にか一緒に行くことになってて。
最初断ろうかとも思ったけど、牧野サンも行くって言ったから・・・ね。
単純だって言っていいよ。ってか、何言われても。だって嬉しいもん。
とりあえず、下校時の寄り道は校則で禁止されてるから、一旦帰って干隈のリンガーハットに集合ってことになった。
メシ食って、カラオケっていうコース。


「じゃ、1時にリンガーハットの前で」

「おいよー」

 校門でしばしのお別れ。でも嬉しいね。俺と田村と牧野サンは同じ方向。
牧野サン真中に、並んで歩き出した。
うーん、いわゆる『元・ドリカム状態』ってやつですかね。
できれば俺が真中で、田村と牧野サン並ばせたくないんだけど、まあそれは我慢しましょう。
これだけでもかなり幸せな構図だからね。


「牧野サン、干隈までの行き方わかるの?」


 歩きながら、ちょっと聞いてみた。あ、魂胆わかっちゃった?
もちろん迎えに行っちゃおう・・・って下心ありありですよ。
そんな俺に田村がにやっとして、軽く肩をすくませた。


「一応ショコたちに聞いたんだけど、いまいち自信ないんだよね・・・迷う可能性大だよ」

「あ、じゃあ一緒に行こうか?」


 んー。もう完全に用意してた言葉。
不自然じゃなかったかな?
台詞っぽくなってなかったかな?
でもいいね、こんなときに持つべきものは、やっぱり田村くんだよ。俺の言葉をしっかりフォロー。


「牧野さんって、どの辺りに住んでるんだっけ?」

「あ、室見橋の近く」

「じゃあ、地下鉄の室見駅わかる?そこの4番出口で待ち合わせにしようよ」


 うーん、見事です田村くん。
おいしいとこ取りされた感は否めないけど、牧野サンがうなずいた姿見れればもう何の問題も無し。
今日、ほんとこの誘い断らなくて良かったよ。テツヤに大感謝だ。


 最初に牧野サンと別れて、その後田村と別れて、急いで家へ帰った。
少ないワードローブとっかえひっかえしてさ。なんかまるで初デートの女の子みたい。
あ、そういえばもしかしたら来るかもしれない日のために、こつこつ小遣い溜めて買ったんだよね、
牧野サンと色違いのスニーカー。
アディダスのスタンスミス・コンフォート。さすがに色までおそろいにする勇気はなかったけど。
あれこれ広げてるうちに家を出なきゃいけない時間になって。
財布とケータイポケットに突っ込んで家を飛び出した。
チャリにまたがって、麗しの牧野サンの待つ室見駅へいざ出発。
こんなにわくわくしながらチャリこいだことなんて、今まであっただろうか。
ほんの5分の道のりが、楽しくて仕方ない。いや、俺もまだまだ甘いね。
途中、偶然田村と合流。信号待ちで『これやる』と、何かを手渡された。2本のハブ。

「念のために持ってきた。明日ちゃんと返せよ」


 牧野サン、後ろに乗せるため・・・ってことか。でもさ。


「干隈まで行くんだぜ?自転車乗ってくるだろ?」

「だから念のためって言ってるだろ?いらないなら返せよ。俺が乗せてくから」

「だめ」


 すばやくパンツの後ろポケットにしまって、ちょうど青に変わった横断歩道を軽快に走り出す。
もうひとつ信号越えたら、彼女の待つ室見駅。
それだけで顔がにやけてしまいそうで、田村に顔見られなくても済むように、一気にスピード上げた。



















「ご利用時間は・・・」

「フリータイムで!」

  

 店員の言葉を遮って答えたのは、もちろんテツヤだ。
本気で言ってんの?と悪態つきながらも、楽しそうに口元をほころばすのはユカ。
なんか、この2人のスタイルって通ずるものがあるんですけど・・・。
2人とも和風テイストでさ。
やっぱりお似合いなのかな?そう思って牧野サンのカッコをちらりと盗み見るけど・・・
俺と合ってんのかどうなのかさっぱりわかんない。
これといって取り立てるような服じゃないし。ごく一般的な、ありふれた高校生って感じ?田村とショコもまたしかり。


「草野くん、疲れてない?」


 案内係のあとを、ぞろぞろと行進する高校生6人。ちょっと小走りになって、牧野サンが俺の隣に並んだ。


「ん?全然」

「おかげで助かっちゃった。どうもありがとうね」

「どういたしまして」


 にこやかな笑顔作ってみたけど、なんだか複雑な心境だ。


―――待ち合わせ場所に向かっていた俺たちは、待ち合わせ場所に行くまでもなく、牧野サンと合流した。
道のりの途中にある、最近できたワンルームマンション。そこのエントランスから当の本人が出てきたのだ。


『あ・・・れ?牧野サン?』

『あ・・・草野くんと田村くん・・・』


 なんか、すごい偶然じゃありません?そして、すごいラッキーじゃありません?
 だって、彼女の家わかっちゃったんですよ?でも・・・ワンルーム?彼女、家族と一緒に住んでるんじゃないの?


『おい』


 呆然とする俺と、俺の肩をつつく田村。少し焦った表情の牧野サン。
 その後ろで、ちょっと低い声が響いた。
 声がするということは、そこに誰かいるということで。思わず視線を動かしてしまう。


『出掛けんのか?あんまり遅くならないうちに帰って来いよ』


 明らかに牧野サンに向けられた言葉。
 手足の長い、すらりとした長身の男で、白いTシャツとジーンズというラフな格好で、洗ったばかりなのかな?
 濡れた長めの髪が、男のくせして色っぽいんですけど。
 ・・・なんか、みたことある、この顔。ちょっと目つき悪くて、鋭くて。


『子供扱いしないでよ。適当な時間には帰ってきます』


 少し頬を膨らませて反発する彼女。あ、何?この関係。すっげー気になるんですけど。
 不機嫌に表情歪ませたの、その男にわかっちゃったのかな?
 そいつは俺のことちらりと見て、にやっと笑って、牧野サンに言うんだ。


『おまえチャリ持ってないよな。ちょうどその白いTシャツ着た坊やがハブ持ってるみたいだぜ?乗せてってもらえよ』


 そのくらい、こいつのためにできるよな・・・と、俺に挑戦的な視線を投げかける。
 あ、もしかしてケンカ売られました?これ、買うしかないってやつですか?


『うん、俺ハブ持ってきたから』


 ―――正確に言うと、田村が持ってきたやつ借りてるんだけど。


『牧野サン、後ろ乗りなよ』


 にっこりさわやかに微笑んで見せた。―――




「さっきいたの、牧野サンのお兄さん?」


 それにしてはちょっと態度がおかしかった気もするけど。唐突にそう尋ねたら、ちょっと悩むような表情浮かべて。
 あ、また俺NGですか?でも気にしない。だって知りたいもん。


「え?違うよ」

「じゃ、他人?血は繋がってないんだ」

「他人・・・っていうほど遠い人じゃないんだけど・・・」


 なんか歯切れ悪いね。ちょっとイライラ。もう、いいじゃん俺。単刀直入に聞いちゃいなよ。


「彼氏?」

「ちがうちがう!!」

 間髪いれずに返ってきた言葉。目を大きく開いて、顔の前で両手ぶんぶん振って。
その必死な姿に思わず笑っちゃったけど。でも。


「・・・彼氏じゃないけど、大切な人」


 そう言って、いつもの儚い表情で笑った。そして、その笑顔に俺はやっぱり胸が痛くなったんだ。

 通された部屋は案外広くて、最初に部屋に飛び込んだ女子陣は、嬉しそうに3人がけのソファを独占した。
明らかにユカの隣を狙っていたであろうテツヤは、俺らが見てもかわいそうだと思うほどに肩をがっくりと落とし、
背中に陰をしょったまま、それでもユカに1番近い椅子へと腰を降ろす。


「・・・何かあったの?」


 俺の後――つまり最後に部屋に入った田村は、少し憂鬱な俺の肩を叩いて、耳元でそう言った。
もう田村くんったら観察力鋭いんだから。


「・・・俺、牧野サン笑わせたいんだけど」

「・・・よく笑ってんじゃん」

「そうじゃなくて、俺が笑わせたいの」

 あんな悲しそうな笑顔は反則だ。彼女が何かに傷ついてるって、誰が見てもわかっちゃうじゃないか。
田村が言うみたいに、くだらないことで笑い合う、それもいいことかもしれない。
でも俺は違う。だって牧野サンが好きだから。
悲しい気持ち押し殺して、笑顔なんて作って欲しくないんだ。
辛いんだったら、そう言って泣いてくれた方がよっぽどマシだよ。


「・・・田村」

「何だ?」

「俺、やるよ」

「・・・何を?」

 不思議そうに首をかしげる田村の肩をぽんと叩いて、俺はリモコンとマイクを取り上げた。








「草野正宗、男の決意と共に、1曲目歌います!」


 ポカンと口を開ける女子陣とテツヤ。そんなのお構いなしに、既に暗記している6ケタの番号をピピピと押した。


「牧野サン、バンプは嫌いじゃないよね?」

「・・・うん」

 きょとんとした表情のまま、とりあえずうなずく彼女。
もう、俺決めたよ。うじうじ悩まない。『受験』とか、そんな言い訳もしない。
牧野サンが悲しい笑顔浮かべなくても済むように、俺が牧野サンの『大切』になってやる。
『大切』になって、いつでもそばにいて、楽しい気持ちで笑わせてやるんだ。
藤原くんのメッセージ、そのまま牧野サンへのメッセージ。ちゃんと聞いててよ。



宣戦布告。これから君の心に入り込ませていただきます。



  

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