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城南生の朝は早い。朝課外なんてものが7時半から始まってくれるせいで、少なくとも15分前には教室に入らなければならない。ということは、どれだけ遅くても6時半には愛しいベッドとお別れしなきゃいけないわけで。できることなら夜通しロックを聴いていたい自称・将来のミュージシャンの俺にとって、早起きほど辛いことはないのだ。1.2年のときは『面倒だ』の一言でよくさぼっていたんだけれど、この時期になってそんなことも言ってられないっしょ?それでなくたって、母親に頭上がんなくなっちゃったのに。
というのも、一昨日返ってきた実力テストの成績がぐんと下がっちゃって。秘密にしとくつもりだったのに、母親って何でああ勘が良いのかね。ガッコ行ってる間に部屋の掃除されちゃって、枕カバーの間に隠しておいた成績表、しっかり見つけられた。あのときの気まずさったら、エロ本見つかった時よりも嫌だったね。『勝手に部屋入るな!』って言ってみたところで、『いつも散らかしてる方が悪い!』なんて言われたら返す言葉もなく。昨日の夕食時にねちねちねちねち・・・と、嫌味ばっか言われて。親父が仕事でいなかったから、まだよかったけどさ。
『これ以上成績下げたら、楽器なんかやらせないし東京にだって行かせないんだからね』
どんな嫌味よりも効いたね、この一言。今日の朝も気まずいムードで、朝ご飯も食べずに家を飛び出してきた。といっても、もともとご飯食べる時間なんて、予定になかったんだけどさ。
2週間前、あれほど見事に咲き乱れていた桜は、もうその面影すらない。青々とした新緑が伸びだし、初夏の訪れが近いことを告げる。もう少ししたら、今度は毛虫の季節到来だ。女の子たちが騒ぎ出すんだよ、気持ち悪いとかって。俺にしてみれば毛虫が嫌いなんて、全然理解できなくて。だって、毛虫だぜ?うにうに動くしか能がないような虫だぜ?・・・なんて悪態ついてみても、そうやって騒いでる子が自分好みだったらまた話は変わってくるわけで。もう、鼻の下伸ばしてその様子を見ちゃうかもしれない・・・って、これじゃ俺変態オヤジじゃん。始業式の校長のこと、言ってる場合じゃないくらいに。耐えがたい屈辱?『俺=校長』の図式が頭の中で出来上がって、これ以上ないほど鬱になる。ああ、所詮俺ってオヤジなんだよな・・・
「・・・くん」
第一、 妄想癖がすごいってのも、結構マイナスなんじゃないの?たとえば大好きな女の子と歩いてるときに、突然にやにやしだしちゃったりしてさ。
「・・・草野くん」
で、そんな俺見て女の子が不審そうな表情浮かべちゃって、『草野くんって、変』とか言っちゃったりして。そしたら、俺立ち直れる?いや、きっと無理だ。ってことは、やっぱりこの妄想癖は・・・
「草野っ!」
バシッっと、何か硬いもので背中を叩かれる感触。多分、この大きさと硬さは通学用の鞄だ・・・恨めしそうに後ろを振り返るけど。
「おはよう、草野くん」
朗らかな笑顔で微笑まれちゃ、文句なんて言えない。ってか、この笑顔に難癖つけられる奴がいるか?いないだろ?いないよな?いないに決定。
「・・・おはよう」
ちょっとだらしないけど、とりあえず笑顔。ああ、流石というべきか。こんなに朝早いのに、牧野サンは一糸乱れぬ姿で・・・って、今日は何かが違うと思ったら。
「制服、出来たんだ?」
少し俺好みだった、茶色の奇抜な制服。ミニスカートがまたたまらなく良かったんだけど、このボレロ調の制服も、彼女が着るとなかなか初々しくて・・・これまたおじさん堪らない・・・って。おいおい、また妄想癖出たよ。頭をぶんぶんと振って、沸いて出た外道な考えを振り切る。
「うん、やっと出来たの。今まで2週間、あの制服着て学校くるの、 案外恥ずかしかったんだよね・・・ 転校するって決まったの、3月の終わりだったから・・・」
そう言ってから、彼女は「しまった」とでも言うように口を抑える。そんなことしなきゃ、俺何も気づかなかったんだけど・・・
「へぇ・・・そうなんだ。 じゃあ、転校の理由はオトウサマの転勤じゃないの?」
普通、転勤辞令って2月か3月に出るんだろ?よくわかんないけど。特に東京から福岡なんていったら、内々に打診されててもおかしくないと思うんだけど。それだったら制服だって早いうちに注文しておけるから、始業式には城南のものを着て出られたはずなのに。
「うん・・・まあ、いろいろあって・・・」
白々しく目を反らして、落ち着きなく答える様子は、明らかに隠し事をしているそれだ。1つ発見。牧野サンは隠し事が苦手・・・か。転校生・俺好み・秘密。ああ、なんて甘美な響き・・・ちょっと、またスイッチ押しちゃう?妄想スタート?
「・・・草野くん、いつも来るの早いよね。他の男の子達なんか時間ぎりぎりとか、遅刻とか多いのに」
「・・・あ?ああ。うん。遅刻はあんまりしないかも」
いきなりの話題転換。パッと頭を切り替えられて、妄想スイッチはどこへやら。
「ちょっと母親にやられてね・・・あんまり家にいたくないって感じ? 早朝補講があることもばれてるしさ」
仕度してる間、蛇みたいにねちっこい視線―――蛇に睨まれた事ないからわかんないけど―――でじーっと見られたら、そりゃ堪ったもんじゃない。急いで着替えて、身支度整えて、鞄抱えてすたこら逃げ出した。
「それに、宿題してないしさ。今日俺当たりそうだから、早めに行って誰かのノート写させてもらおうかと思って」
「自分でやるんじゃないんだ」
ころころと明るく笑う彼女に、小さな俺の胸がドクンと鳴った。おいおい、ちょっと不意打ちだよ・・・ああ、頬が熱くなっていくのが分かるかも。
「・・・もし良かったら、写させてあげようか?あたしこう見えても古典得意なんだ」
「マジで?それは是非お願いしたいっす」
ただし、お昼にジュースおごってね?と交換条件を持ち出した牧野サンに、一も二もなく頷いた。こういうちゃっかりしている所も、ちょっと俺好みかもしれない。 ・・・なんて浮かれてたけど、実はうまーく話を反らされたってことは、全然気づいてなかったんだな。この辺、まだまだ甘いよな・・・と思う。反省しなきゃいけないかもしれない。
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