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「雨上がりの並木道 排気ガスと草の匂い 君は僕のななめ前 咳をしながら苦しそうに笑った・・・っと」




 しとしとと降り続ける雨を窓からぼんやりと眺めながら、いつのまにか口ずさんでいた歌。

でも、見えるのは並木道じゃないし、僕の斜め前を歩く『君』もいない。

それ以前に、雨はやむ気配を見せないし。

ああ、憂鬱だ。この雨、この湿気。

梅雨の中休みもあっという間に終わって、今日は雨。昨日の晴天が嘘みたいだ。


 腕時計を見ればもう4時半過ぎてて。

いくらなんでも遅くない?とため息なんかついてみる。

今日は田村待ちだ。昨日が提出期限の進路希望調査票忘れて、職員室に行ってる。

この長さだと、多分進路主任につかまって、大目玉喰らってるんじゃないかな。

『受験生が提出期限守れなくてどうする!!』ってね。

実は俺も記入してなかったんだけどさ、幸い白紙をガッコ持って来てたからその場で書いて提出した。

ほら、田村はまじめだからさ、いちいち自宅持って帰って、机に出して眺めながら考えた挙句、

カバンに入れ忘れたとかって。


「5月にスペシャルライブあったね。千葉県だからとても行けなかったけどさ」


 背後で声がして、ガラスにその姿が反射される。

雨でほんのり曇るガラスには、まるで幽霊のように写って。

ほんとにぼんやりしてたから、誰かが近づいて来てたことぜんぜん気付かなかった。

肩を思い切りびくつかせて、恐る恐る振り返る。


「・・・って、びっくりさせるなよ・・・」


 後ろに立っていたのはユカ。

ちょっときつい口調で言ったら心外そうに顔をしかめて、ぼんやりしてる方が悪いって言われた。

まあ、そりゃ確かにそうなんですが。


「何?バンプ何かやったの?」

「スペシャルライブ。5月29日」


 ファンなら常識だよ?と言われてしまう。

う・・・すみません。似非ファンです。って、ユカもバンプ好きなんだ。結構意外だ。


「ところで、何やってんの?こんな時間に」


 期末試験も近いし、こんな時間までガッコに残る生徒は珍しい。

部活・・・ならわかるけど、確かユカは帰宅部のはずだ。


「ショコ待ち。昨日進路表出すの忘れたんだって」


 へぇ・・・じゃ、今ごろ職員室か。昨日の出来事思い出しちゃって。


「田村くんもそうなんでしょ?今ごろ怒られながらも喜んでると思うよ」


 あら。言おうとしてたこと、先に言われちゃった。

でもそっか。ショコとユカの仲だもんな。知ってて当然だ。ショコの好きな奴も、昨日の昼休みの出来事も。


「・・・ひとつ、聞いていい?」

「何?」






                        












 しばらく並んで降り続く雨を眺めてたけど。突然のユカの質問。

横に立つ彼女を見たけどさ、そのまま窓の外見つめてて。

雨が降る様をみるのは好きだ。

重苦しい空から零れ落ちる雫は、誰かの涙のようだ。

苦しくて悲しいけど、とても綺麗だと思う。豪雨や台風は問題外だけど。


「城南祭のステージ、本当は田村くんが歌うわけじゃなかったんでしょ?」

「・・・・・」

「突然ぼんやりしちゃったのって・・・やっぱりつくしのせい?」

「・・・・・」

 ステージ見てた全員をだませる――言い方は悪いけど――とは思ってなかったし、ばれてもそれで良かった。

理由まではどうせわからないし。

聞かれたところで『緊張で頭が真っ白になった』って言えばいいと思ってたから。

でも・・・


「・・・なんで、牧野サンのせいだと思うの?」


 正直、理由までばれるなんて思わなかった。

牧野サンが泣いていたことを彼女達が知っているのは当然

――だって、隣同士でステージを見ていたのだから――

だとしても、それで俺が動揺したこと、わかるはずがないのに。



「不思議そうな顔してる」


 ちょっと苦笑して、カバン――なんという偶然なのか、ユカが使ってるのも吉田カバンのものなのだ。

俺より形は小ぶりで、色も違うけれど――から数枚の写真を取り出し、俺に差し出す。

黙って受け取り、それを見る。

ああもう。これ、勘の鋭い人間が見れば一目瞭然だ。

だって、俺思いっきり牧野サン見てるんだもん、どの写真も。

無意識って怖いね。本当に視線が彼女に向けられてるんだよ。しかも、ちょっとさびしそうな顔してるの、俺。




     
















「・・・・・」


 絶句である。自分がこんなにわかりやすい人間だなんて思わなかった。

ってことはだよな、この写真見た奴ら、気付いちゃってるってこと・・・?


 衝撃の事実に顔面蒼白。思わず写真を落としそうになった。

ショコが撮っただろうから、焼き増しのためにクラスの奴らがこの写真を見ている可能性は高い。

ってことはだ。クラスの誰か1人が気付いてしまえば、それがクラス中に広まるわけで。

もしかして、クラスはおろか、牧野サンまでもがこのことに気付いてる?


 でも、その不安はユカの一言できれいに消えた。




「安心して。この写真はみんなに見せる前に抜いておいたから。知ってるのは、あたしとショコだけ」

「・・・ショコ、知ってるの?」


 昨日はそんなそぶりも見せなかったじゃないか。確かに、引き際よすぎて少しおかしいと思ったけど。


「本当はね、今の写真につくしのプロフィール付けて草野くんに売ろうか?ってショコと話してたの。

でも、昨日あんなことがあったでしょ?」


 あんなこと。

ライティングの時間の出来事か。確かに驚いたよな。

まさかショコの机に自分の写真――正確に言えば、俺と一緒に写っている田村の写真――があるんだから。


「あくどいこと考えてたから、罰が当たったんじゃねぇの?」


 ちょっと意地悪っぽく言ってみたら、そうかもしれないね・・・とユカが笑った。

『情報は有効利用するためにある!』なんて反撃されると思ったから、彼女の笑顔は予想外で。

おいおい、ときめいてる場合じゃないだろ?俺。ユカには・・・と、思い出した。



「・・・ところで、テツヤとはどうなのよ?最近」


 テツヤ・・・というのは、ユカの熱狂的な信望者である。

1年の時からユカ一筋で、人目もはばからず彼女を追いまわしているのだ。

単なる噂だから、事実かどうかは不明だが、2人を同じクラスにしちゃったら絶対すごいことになるから、

センセ達は故意に2人のクラスを遠く離したとか。

でもそんな距離にも負けずテツヤは教室には日参するし、

城南祭の時もうちのクラスの売上にかなり貢献したということだ。

奴のことを迷惑そうに邪険に扱うユカだが、見た目ほど嫌がっていないと、俺は思っている。

だってさ、何だかんだ言っておきながらも、結構相手にしてるし、テツヤと話す時のユカは楽しそうなのだ。

テツヤとは結構仲いいから、俺も時々混ぜてもらうんだけど、

なんかね、2人のまわりだけ空気がちょっと違うっていうか。本当は仲良しなんだよ。

素直じゃないよな、こいつも。





「どうもこうも、草野くんが知ってるとおりだよ。毎日毎日用もないのに教室来てさ。うっとうしいよね」

「でも、まんざらでもないんだろ?」


 かまかけたつもり。そしたらうまく引っかかって。ちょっとうつむいて、小さくうなずいた。


「・・・毎日来るのは嫌だけど、来ないとちょっと寂しいかもね」

「・・・へぇ」

「何?その言い方。不満そう」

「だってさ、妙に素直だから・・・」

 昨日のショコも今日のユカも。普段の彼女達を見てると、なーんか怖いんだよね。

裏がありそうってか、後から何かありそうで。


「心配しないで。別に後から取って食おう何て考えてないから。貸しも借りも作りたくないだけだよ」



           


 同じ立場に立っておいたほうが、あとあと助かる・・・ってこともあるでしょ?と、ユカが笑った。

俺には何のことかよくわからなかったけど、とりあえずうなずこうと思った。

彼女の笑顔が晴れた夏の日の太陽みたいにまぶしかったから。


「テストが終わったら夏だね・・・」


 今度は心から同意する。梅雨が終わったら夏。高校生最後の夏。

一瞬で通り過ぎる、短い季節。俺は何をするんだろう。俺に何が起きるんだろう。

そう考えたら牧野サンの涙が浮かんで、少し胸が痛くなった。






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