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 自分の妄想癖が煩わしくなる事は多々ある。どうして俺にはこんな癖があるのだろう・・・と。もちろん、その癖に助けられた事や感謝したことがないわけではないけれど、相対的に見たら、あるよりはない方がいいよな、と思う。  

 けれど、今のやりとりでわかった。わかった、というよりも諦めた。遺伝だから仕方ないのだ、と。母さんの先走る癖も、父さんの見事なまでの翻弄されっぷりも、全部俺の妄想癖につながっていると思えば・・・受け入れることも諦めることも、簡単、な、はずだ。

 冷酷なまでに冷静な妹を羨ましい・・・と、少しだけ、ほんの少しだけ思いながら冷たい夜風を自転車で切る。ぐるぐる巻きにしたマフラーからほんの少し出た頬だけが、刺すように冷たい。そして痛い。出掛けに携帯電話で調べた天気予報は、晴れ。雨や雪に降られる心配はないようだ。それだけが、救いだ。

 駐輪場に自転車を停め、牧野サンが待つ改札付近へ急ぐ。半端ない寒空の下でお互いを待つよりは、少しでも暖かいコンコースで待つ方がいいだろうと、今回は待ち合わせ場所を地下にした。「付近案内板の前で」と伝えておいたから、間違える事も迷うこともないと思う・・・いや、思いたい。

 足取り軽く、鼻歌なんかも歌いながら階段を降りていくと。
 

「そこの高校生、鼻歌なんて聞き苦しいですよ」


 と聞きなれた声がした。振り返らなくてもわかる。牧野サンだ。

 気づいていながらもわざと気づいていないふりをして、その上歌っていた鼻歌を「ハルジオン」に変えた俺は、なかなかの意地悪だと思う。それに気付いた牧野サンは「ちょっと、それはなしでしょ?!」と階段を駆け下り、俺の脳天にチョップを決めた。これがなかなか・・・痛い。夜風にさらされて冷え切った身には尚更。


「・・・酷い」

「嫌がらせをした罰です」


 チョップされたところをさすりながら、恨めしく後ろを振り返る。言葉の割には楽しそうな牧野サンが「こんなところで立ち止まったら他の人に迷惑かかるよ」と、俺の肩を軽く押した。不意打ちの攻撃にバランスを崩し、そのまま地下への階段を転がり落ちそうになり、必死で手すりを掴む。俺の人生18年で終わりか?人生の酸いも甘いも嗅ぎ分けてないのに!大学も受かってないのに!女のこと不埒なこともしてないのに!!と、今までの人生と後悔と欲望が走馬灯のように頭の中を駆け巡った。

 けれど。


「・・・危ないなぁ。気をつけなきゃダメだよ?」


 牧野さんが寸でのところで腕を掴んでくれたおかげで、俺はこの先の人生へと希望を託すことができた。つまりは、階段を転がり落ちて無様な姿を晒さずに済んだ。


「草野くんってホントにおっちょこちょいだよね。そんなんじゃ再来週のセンター、マークミスが心配だよ」
 牧野サンは心底呆れたようにため息をつきながら言うけれど、ちょっと待て。声を大にして言いたい。俺が階段を転がり落ちそうになったのは、半分、いや半分以上君のせいなんだよ?と。しかし、本人を目の前にそう言う事も出来ず・・・俺はただただ


「・・・ごめんなさい」


 と謝ることしかできなかった。ああ、なんて気弱な俺。こういうのも「惚れた弱み」っていうのかしら。


 残りの階段を注意深く降り、コンコースへ降り立つ。地上よりも大分暖かく明るい。蛍光灯の下でマジマジと牧野さんを眺めて・・・自分の頬が熱くなっていくのがわかった。ショート丈のPコートと白黒ギンガムチェックのスキニーにムートンブーツ。小さめのショルダーバッグをななめがけにして。シンプルだけど、ちょっと可愛い。はぐれた時の目印になりそうな赤いニット帽をかぶって、俺と同じようにマフラーをぐるぐる巻きにして。ああ、マフラーで顔が隠れていて良かった。俺、絶対やに下がってる。



「あ、あのっ!た、タイミング!ちょうどいいタイミングだったね!俺も今着いたところだったし、牧野サンも!」


 落ち着け俺!立ち去れ煩悩!!と頭をぶんぶん振りながら、この気まずさを払拭するためにそんなことを言ってみる。牧野サンは不思議そうに首をかしげてると・・・「変な草野くん」と言った。


「確かに、いいタイミングだったかもね。お互い少しも待たずに済んだし。寒い思いもせずに済んだし」


 そう言いながら、一直線に券売機へ向かう。俺のことなんて少しも見ずに。それは牧野サンの目下の興味が「俺<大宰府」だからなのか、それとも恥ずかしくて俺のことをまともに見られないからなのか。俺を直視できない理由なんて見当たらないけど、後者であって欲しいと願うのは、恋する性少年として当然の事だと思う。

 流石大晦日だけあって、駅はいつもより混雑していた。乗車券を買う牧野サンを待ちながら、ふと夏休みの事を思い出す。みんなで、大濠公園の花火大会へ行った日のこと。混雑した地下鉄に乗り込んで、途中でみんなとはぐれて、花火を見上げる牧野サンの表情に胸が苦しくなって、そして無理やり手をつないだあの日の事。

 あれから月日は過ぎて、色々変わった。あの頃は中途半端だった俺たちも、すっかり受験生らしくなった。進路を決めかねていた牧野サンも進学を決め、みんな自分の未来に向かって別々の方向に歩き出す。4月になったら、離ればなれだ。

 みんなは変わったけれど、俺自身はどうなんだろう。変わったのは状況だけで、中身は全く変われていないのだろうか。それとも、少しは大人になれたのだろうか。亜門に言われた「ガキ」という言葉は、小さな棘となって胸に刺さったままだ。どうしてガキなんだろう。どうして牧野サンが福岡で進学することに賛成しちゃいけないんだろう。どうして、東京へ戻らせたいんだろう。戻らせるくらいなら、最初から連れてこなきゃ良かったのに。


「おまたせー」


 暑くなったのか、マフラーを外した牧野サンが駆け足で戻ってくるのが見えたので、俺は一旦思考を止める。


「草野くんは切符、買わなくていいの?」

「うん。俺ICカード持ってるから」


 最近買った「はやかけん」をコートのポケットから取りだし、牧野サンに見せる。


「今はやりの、かざすだけで改札が通れるっていう魔法のカード?」

「魔法の・・・って、ちょっと大げさだよ」


 牧野サンが大きな目を更に大きくしてはやかけんを凝視するものだから、俺は思わず笑ってしまった。そんな、昔の人が文明の利器を目の当たりにするようなリアクションしなくたっていいのに。


「いちいち切符買う手間省けるし、チャージした金額に有効期限とかないし、全国どこでも使えるようになったからさ。便利かな、と思ってね」

「・・・わたしには今は必要ないかな。滅多に電車乗らないもん。大学生になったら嫌でも買わなきゃいけないだろうし」


 今は必要ない、と言いながらも牧野サン、どうしてそんなにマジマジと見ているんだい?本当は欲しいのかな?

 はやかけんに対する牧野サンの思いを考察しているうちに、電車がホームに滑り込んできた。俺たちが乗る、天神方面行きの電車だ。


「これに乗るよ」

「はーい」


 列に並び、開いたドアから順に車内に乗り込む。

 普段の22時よりも多少混雑していたが、満員で乗れない事もなければ、椅子に座れない事もなかった。ドア付近の席を陣取り、牧野サンと並んで座る。最初は少しだけ距離をあけて座ったのだけれど、8人掛けのロングシートはすぐにいっぱいになってしまい、隣の人が座りやすいように牧野サン側に寄った。いつもより近い2人の距離に、少しだけ緊張する。たくさんの嬉しさと、少しの緊張と、ほんの少しの不安を抱え、窓の外に目をやる。殺風景なコンクリートの壁が、滑稽であり寒々しくあり、何故か少しだけ淋しくなった。



                                      つづく(次回更新は未定です)

















久しぶりのスタゲの更新です。夏にはこのページは完成していたのですが諸事情によりずっと保留にしてました。
けどUPは今でしょ!と思い更新させていただきました。
続きはまたとんでもなく先になるかも??
以前とはポンちゃんもわたしも状況が変わってきていて
いろんなこと確認しつつ挿絵の服に至るまで話し合って決めてたのでなおさらかな〜