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「・・・で?」

「いや、この封筒を受け取って封を開けて中身を確認していただければ、概要は分かってもらえると思います」


昼休み、である。ショコに託された封筒を、大好きなカレーパンにかじりつく田村に差し出す。女の子らしいきれいな文字で『Invited Card』と書かれたそれは、俺が受け取ったものとは雲泥の差だ。田村のはきちんとしたカード、しかも封筒付きなのに、俺のはただのコピー用紙――ショコからすれば、れっきとした『カード』らしいけど。田村のはペンを使って丁寧に書いてあるのに、俺のは鉛筆の走り書き。しかもひらがなばっかり。受験生なのに。ショコは田村が好きだから仕方ないと思うし、羨ましいわけじゃないけどさ、やっぱりムカつくというか、納得できないというか。せめて、俺の分は牧野サンに書いてもらうとか、そういう心遣いをして欲しかったんですよ。まあ、牧野サンも今日招待状もらってたから、それは無理な話だけど。

 奥田の二の舞――渡した手紙を読んでもらえなかったってやつだ――にならないようにと、ショコに何度も念を押された俺は、手中のコロッケパン――これは俺の大好物だ――を一気に口へ詰め込むと、丁寧に封筒から中身を出し、それを広げて田村の目の前に差し出す。流石の田村も読まないわけにはいかないらしく、カレーパンをくわえながら目だけを忙しそうに動かしていた。広げたカードもやっぱり俺のとは違って。きちんとした招待状の文面――もちろんペン書きだ――だけでなく、おそらくショコが自分で描いたと思われる小さな花が、可愛らしく四隅を飾っていた。


「・・・へえ、藤原さんちでクリスマスパーティーやるんだ」



最後の一口を口へ放り込み、咀嚼して飲み込んだ後、いつもの口調でそう言う。


「受験生が何言ってるんだよ?!って感じだろ?そんな余裕ないっていうのね。もちろん田村は参加しないだろ?」

「・・・いや、参加してもいいならお邪魔しようかなって、少し思ってるけど」

「そうだよな、少しくらいお邪魔って・・・おいっ!」


狙ったわけでもないのに、見事なぼけツッコミ。さすが俺。・・・つか、問題はそこじゃない。


「え・・・お前、参加するつもり?」

「息抜き程度って書いてあるから、息抜きに参加しようと思った・・・ってか、逆に草野は参加しないのか?」

 逆に問い掛けられて言葉に詰まる。つか、田村が参加表明を出すとは本気で予想外だ。そして裏切られた感も多少否めない。参加予定の6人の中でいちばん真面目に受験に取り組んでいるし、こんな時期に『お遊び』なんてご法度だ!と怒りそうだったし、何よりこういうイベントには全く興味がないって決め付けてた。むしろ今までだったら興味がなかったはずなのに。


「むしろ、お前が参加したがってるだろうから、少しくらいなら付き合ってやろうと思ったんだけど・・・」


 そう言いながら、視線をちらりと動かす。その先には・・・んもう、田村くんったら。いつの間にそんな気を利かせれるようになったのかしら。そりゃ、牧野サンと一緒にクリスマスパーティーとか、あまりに幸せすぎちゃいますけど・・・でも、もっと重大且つもっと幸せなイベントが後に控えちゃってますから、僕。


「大晦日の2人きりに比べれば、大したことないかもしれないけど」

「うん、そ・・・」


 田村の言葉に何度も頷いて、ふと我に返る。ちょっと待て、なんで田村が知ってんだ?まだ報告してないのに。驚いて近づいてまじまじと田村の顔を覗きこむと、『気持ち悪いからやめろ』と表情を歪めた。


「昨日安藤さんに聞いたんだよ。みんなで初詣に行こう!って言われて、それからすぐやっぱり中止・・・って。あまりに急展開だったから、思わず理由を聞いちゃった。俺らしくないけど。そしたら草野くん、君と牧野さんの名前が出たから」

「・・・さいざんすか」


 流石ショコ、侮れない。でもさ、考えてみたら不思議じゃない?『みんなで初詣』に田村を誘えるのに、どうして招待状は自分じゃ渡せないんだよ。そこんとこの矛盾を、ヲトメゴコロって呼ぶのか?意味わかんねえ。


「どうするの?お前はやめとく?いろんな心配もあるだろうし」

「・・・何、その心配って」

「いや、模試の結果とかあんまりだったし、結構やばい時期にさしかかってて、顔で笑ってても心で泣き始めてるのかなー・・・って」

「・・・・・」


 田村のくせに、なかなか鋭いとこ突きやがる。何か反論しようとしたけれど、言われたことの半分以上は事実なので、返す言葉が見つからない。肯定するのは悔しいけれど、変な言い訳して『こいつ、図星かよ・・・』と思われるのも癪なので、黙っていちごみるくのストローを咥えてみる。中身は半分以上なくなっていた。それだけで田村くんは僕の心中を察しちゃったのだろうか、俺の顔を見て苦笑いした。


「ま、たまにはそんな時間も必要・・・ってことにしとこうぜ。差し入れ持って参加ね。そろそろ予鈴鳴るぞ」

「へいへい」


 詳細は後で・・・ということで、いちごみるく片手に自分の席へ戻る。そういえばさ。初詣云々の話で、嫌なこと思い出しちゃったよ。坂口さんとの約束。亜門と話すってこと。顔を合わせるのすら嫌なのに、一体何を話せっていうんだか。どうしようもないガキだって言われたことはショックだったけど、今更反論する気もないし、反論したところで、どうせ逆にやり込められるだけだし。でも、坂口さんとの約束をぶっちする方が怖いような気もするんだよな。それこそ二度とあの店に行けなくなりそうだし。

 そんな事を考えているうちに、午後の授業開始を告げるチャイムが鳴る。授業と言っても、高校3年間で勉強する内容は既に終わっていて、今はセンター試験対策の問題ばかりを解いているんだけど。あー、何かやばいよな。悶々することがあったりとか、悩んでる時に問題集解けとか言われると、気持ちがそっちにいっちゃって、全然はかどらないし、頭に入らないんだよな・・・


「ミッションコンプリート?」

「・・・チャイム鳴ったし、そろそろセンセ来るぞ」

「さすが草野くん。言われたことはちゃんと遂行するね」


 隣に立ちそう笑うショコは、俺の言葉なんて全く聞いていない。えらいえらい、と俺の頭をなでるふりをする。・・・一回、聞いてみようかな、ショコの中で、俺ってどれくらい低いランクにいるのかって。・・・いや、それ以上に聞きたいことがあったんだった。


「・・・田村に聞いたぞ」

「何を?」

「初詣、自分で誘ったんだろ。それなのになんで、今回は自分でカード渡さなかったんだよ」

「・・・草野くん、わかってないなぁ」


 一瞬きょとんとして、それからわざとらしく溜め息をつき、更に大げさに首を振る。一体何をわかっていないって言うんだ?その上、『だからつくしともなかなか前に進まないんだよ』とまで言われちゃって・・・俺ってそんなにわかってないのか?そんなにいろんなことわかってないのか?何もわからないまま17年間生きてきたことが怖くなってきた。


「わかってない草野くんに教えてあげるけど、あたしの・・・っていうか、一般的な恋のモットーは『押してだめなら引いてみろ』なんだよ」

「あ、それ奥田さんも言ってた。彼女の場合は『押してだめならもっと押せ』だったけど」

「それじゃみんな逃げちゃうでしょ。今回の場合は、初詣のときに自分がぐっと前に出て田村くんを誘うでしょ?で、今度のクリスマス会のお誘いには一歩引いてみるの。草野くんにカード頼んで。そうすると、田村くんは不思議に思うのよ。『安藤さん、どうして自分で誘ってこないんだろう?』って。それを繰り返すと、嫌でも気になっちゃうでしょ?あたしのこんな行動」

「・・・そんなもんですかね」


 昼休みの田村の動向を反芻してみる。けれど・・・特に、ショコを気にしてる様子は見受けられなかったような・・・。それを正直にショコへ伝えるべきなのか、と一瞬悩んだところで、教室の扉がガラガラと開いた。全部一時中断。とりあえず、50分だけ授業に集中しよう。


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