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 翌日。いつものように田村とくだらない話をしながらの登校。今日は奥田の田村スコープにおびえることも無く、比較的穏やかに教室に着いた。で、机の上の妙な紙を見つけた。・・・なんだ、これ。A4の用紙が四つ折になって、鉛筆の走り書きで『しょうたいじょう』と記されている。一体何の招待状だよ・・・と、辺りをきょろきょろ見回して・・・斜め後ろの席で頬杖ついてるショコと目が合った。俺を見てにやりと笑ったところを見ると・・・これは、彼女が関わってるに間違いない。



「・・・何すか?これ」

「ん?招待状」

「だから何の」

「読めばわかるでしょ」


 答える気はさらさら無いようなので、仕方なしにそれを開いてみる。中もやっぱり鉛筆の走り書きで、『ユカとショコのクリスマス会に参加できる権利を与えます』とあった。ついでに場所と時間と参加メンバーも。もちろん、メンバーはいつもの6人なんだけど。


「・・・クリスマスやるの?」

 センター試験まであと3週間しかないのに?と目で問う。ショコは呆れたようにため息をついて、最後の息抜きだよ!と反論した。


「どっかの誰かさんたちが、大晦日の初詣を抜け駆けしちゃってさ。ホントだったらそれが最後の息抜きになる予定だったのに。急遽変更だよ。計画立てるの、大変だったんだから」

「って、それ嘘だろ」


 走り書きの最後、日付が11月になってる。牧野サンと初詣に行くって決まったの、昨日だっていうのね。嘘だと指摘されると、ショコは悪びれもなく『嘘だよ』と言う。・・・なんか、俺、まともに会話できてないような気がするんですけど。いろんな意味で自信なくなってきた。手中の用紙とショコの顔を交互に見る。11月にこんなこと計画し始めてたなんて、一体どんな受験生だよ。そう思ったことは、やっぱり顔に出てたんだろうか、ショコがにやりと笑って、まじめな受験生ですが?と答える。


「だから人の顔色読むのやめろって」

「だったら顔に出すのやめてよ。別にね、パーティーでどんちゃん騒ぎして遊ぼうっていうのじゃないんだよ。ちゃんと招待状読んでよ。持ち物のところに、各自問題集と参考書って書いてあるでしょ?これはいわばアレよ、大勉強会?草野くんの得意な数学と、田村くんの得意な英語と、ユカの得意な日本史と、あたしが得意な美術と、つくしの得意な家庭科と、三輪くんの得意な応援をもってして、お互い教えあって学びあって、学力を伸ばすことができたらな・・・という、まあ、神頼み?」

「・・・受験に関係ないもの、3つ程入ってるような気がするんですけど・・・」

「それはもう気がするだけだと思う」

「しかも、24日って来週じゃん。11月に計画してたなら、なんでもっと早く招待状出さないのさ?」

「えー、だってあんまり早くに渡したら、草野くんの事だから忘れられるかもしれないし、断られるかもしれないし」

「確かに忘れるかもしれないけど、断るのは今も昔も一緒だって」

「・・・断るつもりなの?」


 ショコの視線が、一瞬でめちゃめちゃ厳しくなった。・・・ここは地雷だったのか?言葉を捜すうちに視線が泳ぐ。


「ねえ、断るつもりなの?」

「えっと・・・」

「ねえ、断るの?」


 ほとんど脅迫じゃん。助けを求めて――助けてくれる人はいないけど――教室を見渡す。すると、目の前の誰かさんと同じ顔つきをしたユカと目が合った。俺等のやり取り、ずっと見てたんだろうか。やっぱり背中に背負ったオーラで参加を求めてるのかな。っつか、あの顔からすると、断ったら命が無いような気がするんですけど。そしてユカの隣に立つ牧野サンに視線をやる。手に持っているのは・・・多分招待状。でも、俺のなんかよりずっと可愛いやつ。ピンクの紙で、可愛く手紙折してある。・・・かなり虐げられてるな、俺って。


「ねえ、来るよね?」

「・・・はい」


 こういうのも根負け、っていうのかな。選択肢はひとつしかなかったわけで、いや、あったんだけどもうひとつを選ぶ勇気が無かったわけで。思わず頷いてしまった。まあ、嫌いじゃないから良いんだけどさ、こういうの。ただ、時期というか俺の学力というか、そういうものが許してくれないような気がしなくもない。『はい』と返事をしてしまった今、そんな言い訳じみたことを思ったり言ったりしても意味無いんだけど。


「じゃあ、草野くんは参加ね」

「他の2人は?」

「三輪くんが参加しないわけがないじゃない。ユカんちでやるんだよ?」

「まあ・・・そうだよな」

「で、田村くんはね・・・」


 はい、とショコが封筒を差し出す。どこか記憶に懐かしい、薄い青色のそれ。・・・懐かしい記憶と共に、何故か背筋がぞくりとしたのは気のせいだろうか。


「・・・何、これ」

「田村くん用の招待状」

「・・・俺のと全然違うくね?」

「当たり前でしょ。どうして田村くんと同じものを、草野くんにあげなきゃいけないの。これ知ってる?ただのレターセットじゃないんだよ。封筒と便箋、別売りなんだから。田村くんのこと考えながら、時間かけて選んだんだからね」

「・・・俺には?」

「時間もお金も無駄だと思って、こういう形にさせていただきました」


 そう言いながら指差したのは・・・俺の手中のコピー用紙。あそ。俺の価値はこの程度なんっすね。ま、わかりきったことなんだけど。


「それにしたってひでーよな、コピー用紙なんて」

「違うよ、それはどこからどう見たって招待状でしょ?ちゃんとしたカードだよ」

「どこが」

「四角くて白いところ。大きさとか厚さとか可愛さとか、そんな重箱の隅をつつくような細かいこと言わないでよね。四角くて白いものを、どうして素直に『カード』と呼べないの?あたし、草野くんをそんな風に育てた覚え、ないよ?」


 ・・・俺だって育てられた覚えないよ・・・言ってること、支離滅裂だよな・・・と思うけれど、口には出さない。だって怖いもん。


「ただ、田村くんに似合うと思って選んだ色が、憎き奥田が田村くんに選んだ色と同じだっていうのが、何とも腹立たしいんだけど。あいつも田村くんのことちゃんとわかってるっていうか、きちんとリサーチしてるっていうか、観察力が鋭いっていうか・・・」

「ああ、だから懐かしい感じがしたんだ」


 受け取ったにも関わらず、その存在を忘れられていた奥田のラブレター。結局あれってどうなったんだろう。田村が読む前に本人が教室に来ちゃったし、告白しちゃったし、振られちゃったし。田村のことだから、すっかり忘れてかばんの奥底で眠ってたりするんだろうな。


「あたしは奥田の二の舞にはなりたくないからね。これ、草野くんに託すから」

「・・・は?」

「いい?これはミッションよ。必ず田村くんに読ませて。そして参加するって言わせて当日連れてきて」

「・・・自分で渡せばいいじゃん」

「それじゃダメでしょ。来てくれるかどうかわかんないし、それ以前に読んでもらえるかどうかわかんない」

「それは俺だって同じだよ」

「同じじゃないよ。だって草野くんは田村くんの親友なんでしょ?親友の言うことなら聞いてくれるかもしれないじゃない」

「・・・田村に限ってそれはないと思うけど」

「とにかく、ミッションコンプリートしてよ。そしたら、そのご褒美で良い事してあげるから」

「・・・何、それ」

「クリスマス会で、つくしと2人のツーショット写真撮ってあげる」


 それは意外に良いご褒美だ・・・と言い掛けたところで、始業5分前のチャイムが鳴る。ショコは青い封筒を俺に押し付け、頼むよ相棒!と元気良く言った。都合の良い相棒だよなぁ、と思いつつも、『クリスマス会』という甘美な言葉に惹きつけられていたりする。田村をご招待させるためのコマ、っていうのはちょっと気に入らないけど、牧野サンも来るみたいだし、ちょっとした息抜きにもなりそうだし、田村やユカにわからない問題も聞けるし。学力アップにもつながっちゃうかもしれないな。最後の追い込み、みたいな。

 教室の扉が開いて、桜井センセが入ってきた。田村への手紙は休み時間にでも渡そうと、それを机の中にしまった。

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BGM:スピッツ♪海を見に行こう