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「なあマサムネ」


 夜の街を自転車で駆け抜ける男子高校生が2人、しかも禁止されてる2人乗り。こんな光景、巡回中のお巡りさんに見られたくない。大目玉を喰らう上に、ハブ取上の刑だ。見つからないように・・・と心の中で願っている――こう見えても小心者なのよ、俺って――と、テツヤの俺を呼ぶ声がかすかに聞こえた。


「何?」

「さっきの話、ほんとかな・・・?」


 張り上げられた声。それは仕方ない。本来なら前へのびるはずの声を、後ろにいる俺に聞かせようとするのだから。でも、ところどころで息切れしてるのは気になる。流石のテツヤも疲れたのか?そりゃそうだ、野郎を背中に乗せてるんだから。ここは代わった方がいいのかな・・・なんて考えながら『ほんとだよ』と答える。そして答えてから気付く。『さっきの話』って、何の話だ?


「オムレツカレーの話?」

「違う!それもそうだけど、オムレツカレーはかなり嬉しいけど・・・今言ってるのはユカちゃんの話!」


ユカの話?ユカの話って・・・


「三倍返しの事か?それなら気にしなくても・・・・」

「そうじゃないだろっ!」


 キーっと急ブレーキをかけて自転車を止めると、後ろを振り返ったテツヤはスタバで見せた鬼の形相で俺を睨む。暗がりの中だから、相乗効果で尚怖い。ハブから足を離し、地面に立って後ずさり。


「ユカちゃんのことって言ったらスタバでの事しかないだろ!!あいつだよ!あいつ。最初にお前といて、ユカちゃんににっこり笑って途中で店を出てったあの妙にカッコいい人のことだよ!!」

「・・・ああ、坂口さんね」


 ようやく合点がいった。そりゃそうだ、テツヤが気にするとしたらそこしかない――って、今気付いたけど。しかしテツヤ。何故敵を褒める。『妙にカッコいい人』って・・・まあ確かに坂口さんはカッコいいけど。


「あの人、ほんとに彼女いるのか?ユカちゃんは失恋決定なのか?」

「いや待て、ユカは失恋・・・」

「あの可愛いユカちゃんが涙を流すことになるのか?美しい恋の蕾は咲くことなく散ってしまうのか?」

「いやだから・・・ってお前さ・・・」


 勢いい圧倒されていたが、ふと気付く。なんか、テツヤの言ってる事って矛盾してません?だってさ、坂口さんに彼女がいなくて、ユカと付き合いそうになっちゃってるなら怒る理由もわかる。『俺のユカちゃん横取りするな!』って。それなのに、テツヤは坂口さんに彼女がいて、ユカが振られる――実際はそうじゃないけど――を怒っているのだ。『ユカを好きな男』としては、それは間違ってると思うのだが。


「いいじゃん、もしユカが振られたら、お前慰められるんだぜ?『ユカちゃんには俺がいるよ』とか何とか、背中のかゆくなるようなことも言えるんだぜ?その方が自分にとって好都合なんじゃないの?」

「・・・それは俺も考えた」


 しばらく黙っていたテツヤが、苦しそうに言葉を搾り出す。


「考えた上に想像した。ユカちゃんが坂口さんとやらに振られて、悲しくて泣いてるのを俺が慰める、っていうシチュエーション。『あたし、もう恋なんてしない・・・』『うん、うん・・・悲しかったんだね、辛かったんだよね、ユカちゃん・・・でもね、覚えておいてね。もしユカちゃんがもう誰も好きにならなくても、俺はユカちゃんのことずっと好きだから。ユカちゃんが俺のこと好きになってくれなくても、俺はずっとユカちゃんが好きだから・・・』『・・・テツヤ・・・・』『だから、泣き止んでよ。ユカちゃんが泣いてたら、俺まで悲しくなっちゃうよ・・・』なんて、向き合って手を取り合って恋に落ちる・・・みたいなの」





「・・・はぁ」


 ・・・バカ?こいつ。いや、今に始まったことじゃないけど。そりゃ俺だって一瞬考えたよ、テツヤがユカを慰めるシーン。でもそれはあくまで状況だけあり、セリフなんて以ての外。っつか、ユカがテツヤのそんな言葉で恋に落ちるわけ無いじゃん。恋に落ちてたら、今頃あんなに虐げられてないだろ、お前・・・というのは、かろうじて口に出さずにおいた。今はテツヤの妄想を最後まで聞いてやろう。・・・送ってもらう手前。


「でもさ・・・すっげー考えて、ない頭使って考えて、考えて考えて考えたら、俺が好きなのは、いつでも笑ってるユカちゃんなんだ・・・ってことに気付いた。泣いてたり怒ってたりするユカちゃんじゃない。だから俺がユカちゃんにしてあげたいのは、泣いてるのを慰めてあげることじゃなくて、いつでも笑わせてあげることだったわけさ」

「・・・・・」

「結局、俺と一緒にいる普通に幸せなユカちゃんよりも、俺と一緒にいなくてもすげー幸せなユカちゃんになって欲しいっていうかさ・・・自分の幸せよりも、ユカちゃんの幸せの方が大事なのよ」


 意味、わかるかなー・・・とぽりぽり頭をかく。意味はわかる、けど、テツヤはどうしてここまでユカのことを考えられるんだろう。それは・・・わからない。例えば俺がテツヤで、牧野サンがユカで、今日のような出来事があったら。牧野サンが気に入った人に彼女がいたら。・・・きっと、俺はテツヤのようには思えない。彼女がいたことをラッキーと思い、もし牧野サンが悲しんだら、必死に慰めるだろう。もちろん、彼女に泣いて欲しくない、という気持ちはある。けれど慰める理由がそれだけか、と言われれば・・・素直に頷けない自分がいる。だってその中には『慰めてる俺のこと、少しでも良く思って欲しい。少しでも好きになって欲しい』って気持ちがどこかにあるから。


「ま、今回のことはいいんだけどさ。ユカちゃんの目が一瞬マジで恋するオトメモードだったけど、それは違ったみたいだし。違ったから、俺が坂口さんとやらをしめに行く必要もなくなったし」

「・・・大学生にケンカ売るつもりだったのか・・・」

「ユカちゃんが傷ついてないなら、それでよし。全て順風満帆・・・です」


 ほら、乗れよ、とテツヤが再び自転車に跨る。奴の肩をつかんでハブに足を乗せると、程なくして『テツヤ号』は出発した。冬が近づき、冷たくなった風を全身で受けながら、ふと考えた。亜門が言いたかったのは、テツヤが言っていたようなことなんだろうか、と。でも、違うような気もする。だって牧野サンは今笑ってるし、福岡の大学を受けることは、必ずしも俺のメリットじゃない、というかむしろデメリットだから。上京を目指す俺と、こっちに残る牧野サンじゃ、離れ離れになることは誰だってわかる。でも、亜門の言いたいことは、今のテツヤの言葉にヒントがある、理由は無いけど、どうしてもそう思った。

 ついでに、もし今ここで『坂口さんの彼女は猫だよ』ってテツヤに言ったら、また鬼の形相浮かべて、俺を後ろに乗せたまま天神まで戻って坂口さんを探し、坂口さんからすれば『理由のわからない』ケンカをふっかけるのかな・・・とも。





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BGM♪スピッツ*テイタムオニール