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本当に「ぬっとわいた」という表情がぴったりだった。テツヤの顔の出し方は。もちろん、そんなこと露ほども予想していなかった俺は、心臓が止まる・・・いや爆発するほど驚いて、椅子の上で座ったまま飛び上がるという、なんともアクロバティックなことをする。しかし、何故いる。何故、テツヤがここにいる?それは今現在の最大且つ最高の疑問で。でも、当の本人というか、当事者というか・・・ユカは、突然のテツヤの登場に驚くことなく、冷静な表情浮かべて、大きくため息をついた。
「・・・もしかして、また張ってたの?」
「もちろん!!」
ユカの言葉にはいち早く反応し、俺に見せていたのとは全く違う、目をキラリンと輝かせた笑顔でそう答えた。・・・ってか、何ですか、『張ってた』って。刑事でもあるまいし。
「火曜日は、ヒロコさんの帰りが遅いから、ユカちゃんがここで休憩がてら軽く何か飲んだり食べたりすることはちゃんとリサーチ済みです。なので、今日も時間を見計らって来てみたら・・・何?あの男。妙にかっこいいあの男。ユカちゃん、オトメ顔してたし・・・なに?惚れちゃった?惚れちゃったの?もしそうだったら・・・俺全然見込みないじゃん!あんな大人にもなれないし、かっこよくもなれないし。何、あの妙に落ち着いた物腰柔らかな態度。俺に対するあてつけ?ねえ、俺が子供だっていうあてつけなの?」
「・・・落ち着けよ」
完全に自分の世界に入り込んだテツヤは、周りなど気にせずわめき出す。・・・正直言って恥ずかしい。ユカも同じことを思っているらしく。おでこ押さえて、本当に嫌そうな顔をした。
「俺はどうしたらいい?どうしたら良いんだ?ユカちゃんを応援するべきなのか?瞬時に実った小さな恋のつぼみが、可憐に咲き誇るように祈るべきなのか?そしたら俺はどうする!振られ確定!!俺の未だ咲かない大きなつぼみは、このまま枯れてしまうのか?」
「・・・あ、あの・・・テツヤ?」
「あんたのは巨大すぎるのよ。そのまま落ちちゃいなさい」
強烈過ぎるお言葉。テツヤの耳に届いていないっぽいのが、せめてもの救いだ。
「ユカちゃんにはきれいに咲いてもらいたい!でも俺もどっちかといえば咲きたい!!」
「あんたの花は食虫花だから」
またまた辛辣すぎるお言葉。でもテツヤの耳には届かないらしい。どれだけ都合のいい耳なんだ?
「でもやっぱりユカちゃんには幸せになってもらいたい!!」
「あんたのその鬱陶しいストーキングがなければ、かなり幸せになれるんだけど・・・」
「あ、坂口さん彼女いるから・・・」
これ以上、この怖すぎる突っ込みは聞きたくない。そして、いい加減テツヤの大声も止めたい。その一心で思わず口を挟んじゃったけど。その瞬間、うるさい言葉はぴたりととまり、その代わり突き刺さりそうに鋭い視線が4本、俺に向いた。
「・・・は?」
「え、いや・・・だから坂口さんには彼女いるから・・・」
・・・実際、『彼女』がネコだって事は割愛しても問題ないだろう。嘘ついてるわけじゃなくて、補足が足りないだけだもん。聞かれないから言わないだけだもん・・・と、心の中で開き直る。彼女がいるとわかれば、ユカだって諦める――本当に坂口さんを好きになっちゃったのかどうかは未だ不明だけれど――だろうし、テツヤにとっても万々歳のはずだ・・・けど。
「・・・許せん」
「は?」
手を叩きながら小躍りすると思いきや、テツヤはコブシを握って小さな声でそう呟く。しかも、その顔は次第に般若のように険しくなって・・・真っ赤になる。・・・何がいけなかったんだ?
「ユカちゃんという人に惚れられながら、彼女がいるとは許せん!!ちょっと俺、今からその坂口とやらに決闘を申し込んでくる。俺のユカちゃんを傷つけるなんて・・・本気で許せん!!!」
「い、いや・・・傷つけては・・・」
「マサムネ、そいつはどこにいる?教えなきゃ公衆の面前でくすぐるぞ!」
それは嫌だ。でも、テツヤが坂口さんに決闘を申し込むというのも、正直困る。・・・っつーか何よ、この扱いにくい状況。『彼女がいる』って事実に喜ぶならまだしも、何故怒る。お前にとってはこの上なく良いシチュエーションじゃないのか?今のテツヤは、俺にはセイギョフノウだ。こうなったら頼みの綱は・・・
「・・・はいはい、もうわかったから。家まで送らせてあげるから、坂口さんのことは忘れなさい」
大きなため息と、これ以上ないほどの呆れ顔。ユカは頬杖着いて、左手をぴらぴらさせる。『送らせてあげる』という言葉に、テツヤの般若顔は瞬く間に笑顔に早変わり。流石ユカ様、テツヤの扱いを心得ていらっしゃる。
「わかった、忘れる」
まるで犬のように首を振るテツヤに、『初めて会った人に、そんなに簡単に一目ぼれするわけないでしょ?ちょっとカッコいいと思った人のこと聞いただけで、そんな勘違いされると大迷惑なの、わかる?』と言って聞かせる。・・・まるで主人と忠犬だ。いや、バカ犬?まあ、何はともあれ一件落着・・・
「でも、あんただけだと危険だから、草野くんも一緒に送ってね」
「・・・は?」
一件落着・・・でもなかったようだ。ユカの目は本気だし、テツヤも『一緒に送ろうぜ!』と本気で笑う。・・・おいおい、お前その意味わかってんの?ユカと2人きりランデブーじゃなくなるんだぞ?
「でも俺、今日歩きだし・・・」
「大丈夫、こいつが送ってくれるから」
「送るぞ!チャリで!!」
「・・・はい」
こうなったら首を縦に振るしかあるまい。気分はまるで蛇ににらまれた蛙。・・・おかしいな、今日の俺。亜門に牧野サンのことを報告しにきただけなのに、当の本人とはケンカして、坂口さんには慰められると同時に難しい問題出されて、最後はテツヤと一緒にユカを送って、そしてテツヤに家に送られることになるなんて。明日はこの延長線上にありませんように・・・と、心の底から願わずにはいられなかった。
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