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 亜門に『早く帰れ。そしてとっとと寝ろ』と言われたものの、素直に聞き入れるような俺たちじゃないのは、亜門だって重々承知のはずだ。もちろん、店の邪魔はしちゃいけないから、そこは早々に立ち去って・・・近場のマックに入って、それぞれ好きなものを頼んで2階席へと運ぶ。俺はウーロン茶とナゲット、田村は1人カッコ良くホットコーヒー、直井は何故か、ハッピーセット。ハンバーガーのやつ。


「明日の遠足って、マジでどこ行くんだっけ・・・俺、プリント捨てちゃったんだよな・・・」

「あ、俺も」


 天井を見上げて本気で困った表情を浮かべる直井に、俺も同意。田村は『俺も捨てたけど、大したことじゃないだろ』なんて、1人余裕だ。やっぱり、ホットコーヒーは人をオトナにするのか?でもまあ、明日になればわかることだから、ホントに大したことじゃないんだけどさ。

 ハッピーセットのおもちゃ――今はポケモンのカードと変なマスコットだ――を取り出し、技の名前が面白いとか、顔が変とか、1人遊びを始めた。少し呆れて、少し楽しみながらそれを眺めてたら、突然ポイ・・・と放り出し、深く大きな溜め息をつく。


「あれから、あやのっちと仲直りはできたんだけどさぁ・・・あ、『もう無謀な賭けはやめろ』って散々怒られたけど」

「そりゃ当たり前だ」


 田村の突っ込みが聞こえたのか聞こえなかったのか、それをキレイに無視。


「結局、遠足一緒に回るっていう約束はダメになっちゃったんだよー・・・なんか、それだけで脱力?もう、明日休もうかなー・・・どこで何するのかもわかんねーし。男ばっかりで原っぱで遊んだり博物館見学したり、手作り体験しても、楽しくなさそうだしさ・・・」


 直井の『男ばっかり』っていう言葉で思い出した。俺、牧野サンに言われてたんだっけ・・・みんなで回ろうって、田村に伝えとけ・・・みたいなこと。すっかり忘れてた。しまった・・・と頭を抱えたくなった俺の隣で、田村はのん気に『そりゃ気の毒だ』なんて、同情――するふり――をしていた。


「あやのっちは、牧野さんたちと一緒に回るんだってさ。今日の朝メール入ってて。がくーって。俺と回ろうよ、ってもう1回誘ったけど、『誘われたし、うんって答えちゃったからもう変えられない』なんてケンモホロロに言われてさー・・・」


 人生上手くいかないとか、人生お先真っ暗とか、たった1日のことでそこまで落ち込める直井を、ビミョーに尊敬したくなったような気がしたけど・・・それは気のせいであって欲しい。でもそっか、あやのちゃん、牧野サンたちと一緒に回るんだ・・・って。


「・・・直井、俺らと一緒に回る?」


 そう聞くと、『人の話聴いてたのか?』と、本気で機嫌悪そうに俺を睨んだ。おっと、今のは言葉足らずだったよね、失敬。


「いや、俺さ、牧野サンと一緒に回る約束してたんだよ、実は」

「・・・2人でか?」

「いや、牧野サンと、俺と、田村と、ショコと、ユカと、テツヤ。6人で」

「・・・ってちょっと待て、俺そんなの知らないぞ」

「ごめん、今初めて言った」

「そういうのは早く言えよ・・・」

「忘れてたんだよ」


 田村はちょっと不貞腐れ気味。さりげなく言ったつもりだったけど・・・やっぱりダメか。時々細かいんだよな、こういうこと。でもまあ、すぐに許してくれるだろうと思うけど。と、ちらりと直井に視線を移したら・・・ちょっと、この場を離れて他人のふりしたくなった。なんかね、危険なのさ。こう、ぱぁ・・・って花が咲いたみたいに、直井の周りがピンクに見える。両手を顔の前で組んで、なんかうっとりした表情で天井見上げてんだもん。流石に、不貞腐れてた田村も、それ見て後ずさりしてた。



「・・・って事は俺、お前らと行くって言えば・・・あやのっちとラブラブ遠足を満喫できるわけ?男だらけのムサい遠足を苦痛ながらに体験しなくていいわけ?仮病使って、無理やり休まなくてもいいわけ?」

「いや・・・それは・・・」

「あやのっちと原っぱで追いかけっこしたり、あやのっちと2人で手を繋いで博物館見学したり、あやのっちと2人で、手を取り合いながら手作り体験とかできるわけ?」

「いや、それも・・・」

「明日の遠足は、2人の愛であふれてるわけだ・・・」


 ・・・ダメだ。もう完全にいっちゃった。自分だけの世界っつーか、足を踏み入れたくない世界っつーか。なんか、周りのお客さんまで、直井を見てどん引きしてるんですけど。やっぱり、俺たちも早々に立ち去った方がいい・・・っていうか、前言撤回したほうがいいのか?


「・・・なあ、直井ってこんなキャラだったか?もう少しクールだったような気がするんだが・・・」

「・・・昨日が原因で、壊れるところまで壊れちゃったんじゃない?それか、クールに見えたのは、俺らが『あやのちゃんとのこと』を知らなかったからとか・・・」

「どっちにしても、俺たちまで仲間だ・・・って思われるのは、かなり不本意だな」

「その意見には賛成です」


 田村とこそこそ話をした結果、このままおいて帰ろう・・・って事になった。食べ終わったゴミをまとめて、自分のトレーを持って退散しよう・・・としたけれど。


「草野!田村!!」



 大きな声で名前を呼ばれて。その瞬間、すげー驚いて・・・何故か、田村と2人で『気をつけ!』をした。俺たちを交互に見る直井の目は・・・まだ、お出かけした先から戻ってきてないみたいだ。


「俺、明日何が何でもお前らと一緒に回るから。嫌がっても、噛み付いて付いてくから・・・っつーか、お願いします。一緒に回ってください」


 最後なんて、テーブルに頭ぶつける始末。お願いし過ぎだって。そこまでしなくてもいいって・・・トホホ・・・と思いながらも、この状況じゃ頷くしかない。牧野サン、きっと直井とあやのちゃんを不憫に思って、彼女を誘ったんだろうけどさ・・・多分、俺がそれに気付けば、俺が直井を誘うだろう・・・って。その読みは正しかったと思うけど、こうなることまで予測して欲しかったな・・・と、ちょっと思う。まあ、1番悪いのは、時と場所を選ばずに誘った俺なんだけど。


「あー、明日が楽しみだ!明日は俺のためにある!!」


 上機嫌の直井と、不安げな田村と、後悔の大嵐に飲まれた気分の俺。大きく溜め息ついて、明日もこれかぁ・・・とうなだれる。でも。


「草野、甘いぞ」


 田村が、俺以上に大きな溜め息をつきながら言う。


「明日は、これ×2だぞ。直井と辻さんもそうだけど・・・元祖ラブハリケーンを忘れるな」

「元祖ラブハリケー・・・・・」


 田村の言葉を復唱しながら、気付いた。明日一緒に回るのは、田村と、俺と、牧野サンと、ショコと・・・・直井とあやのちゃん、そして。


「・・・元祖、だな」

「元祖、だ」


 田村と顔を見合わせて、2人でうなだれた。明日の遠足は、一体どうなることやら・・・


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