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「・・・・・・・」

「・・・・・・・」

「・・・・・・・」

「・・・おいっ」


 腕組んで俯いてだんまり決めてた俺の頭を、田村が思い切り叩いた。

バシってすごい音がして、髪がゆれたのがわかったけど、でも俺はそのポーズを崩すことはなくて。


「頼むからその表情とカッコやめてくれ。俺にまで緊張が感染する・・・」


 ここは控え室。

もちろん『夢想人』のではなく、ステージ出演者のためのそれだ。

ほんの5分前に有志によるステージ公演が始まり、ここで順番を待っているのである。

俺らの番はまだ先なんだけど、時間があるからって店番も女装

―――結局、午前中はあの世にも恐ろしげな衣装を再び着せられたのだ―――

できるような心の余裕はない。

こう見えても、結構あがり症なのよ、俺って。

崎やんはもう余裕だから、まだ模擬店の見回り行ってるし、田村は暢気にバナナなんか食ってるし。



 午前中とはうって変わって、ステージでのカッコはジーンズとシャツ。

ギター弾きやすいように長袖のそれを着るんだけど、正直言って暑い。

今は脱いでTシャツ一枚なんだけどさ、いざステージ立ったら照明は当たるし、

音が漏れないように体育館閉め切ってあるし。すげーことになるだろうな。ちょっとうんざり。



「昨日、ロッキンオン買ったか?」


 2本目のバナナに手を伸ばしながら、田村が軽い口調で言った。

音楽の話で、俺の緊張を少しでも和らげようとしてくれてるのかな・・・って思った。

その気持ちはありがたかったけど、今の俺には逆効果だったね。

余計なこと思い出しちゃったよ。昨日の出来事。












 ガッコからの帰り道、校則を破ってそのまま自転車でTUTAYAへ行った。

ロッキンオンだけならコープでも買えたけど、CDなんかも見たかったから。

お目当ての雑誌抱えてお金払って

―――そういえば、田村にまだ借金返してないや―――、

そこで誘惑。牧野サンが見てた雑誌、どうしても気になって。

女性誌のコーナーを制服でうろうろするのはちょっと恥ずかしかったけど、

なんだか背に腹は変えられないって気分になっちゃってさ。

片っ端から雑誌を開いて見たよ。


 数冊目でお目当ての雑誌を見つけて、彼女が息を飲んだ写真を探す。

「英」って文字があったことは覚えてたから、それはすぐに見つかった。

なんかものすごく個性的な4人組


 ―――妙にくるくるした髪型の、すっげー鋭い目の奴と、

 ガラス玉みたいに澄んだ目を不機嫌そうに光らせてる奴と、

 背筋のぴんと伸びた、男から見ても爽やかだと思う笑顔の奴と、

 面倒見のよさそうな、ちょっと苦笑してる優しい目をした奴―――

の、他より少し大きめの写真。



下には『英徳学園大学部1年生。

左からMくん、Nくん、Dくん、Hくんなんて書かれてる。

変なの。他の写真はさ、大学名とフルネーム載ってるのに。

こいつらだけ匿名なんて。

しかし・・・ホントにこいつら、俺と同じ人間?

この写真・・・ってか、このページ見てると、なんだか自分が情けなくなってくる。






男から見てもかっこいいやつらばっか集めてさ。

ちょっと傷ついて、でもそれ認めたくないから、頭ぶんぶん振ってみた。

そしたら隣で雑誌眺めてた、大学生風のお姉さんに変な目で見られて。はいおしまい。

元の場所へ雑誌戻して、そそくさと退散したよ。


 ちょっと例の4人組の大学が気になったから。

タイミングよく本屋にいるわけだしさ、めったに開かない本を立ち読みしてみた。

大学案内。ほら、全国の大学が網羅されてるっていう、めちゃくちゃ厚いアレ。

50音順で探して・・・あった。

所在地は東京都・・・って、これだけ?

続きの住所はないの?

ってか、なに?この大学。他の大学に比べて、情報量が全然少ないじゃん。

でも、牧野サンとは全然縁がないかな?って思った。

だって、唯一大学の紹介らしい文章の中に『各界著名人のご子息、ご令嬢が通う』って書いてあったから。

見た感じで決め付けちゃいけないけどさ、彼女が『ご令嬢』とは思えないし。

室見川で、何の躊躇もなく芝生に腰を下ろしたこととか、あのコープでの品定めの目つきとか。

視線の高さは俺らと同じだと思うんだよね。



 でも、ちょっと嫌な気分。

こいつらと牧野サンが全然関係ないとしてもさ、彼女はこの写真を見て急に態度を変えたのだ。

この『英徳大学』に通う誰に似てるのかは知らないけどさ、

牧野サンの言ってた知り合いは、ちょっと姿を見せるだけであんなに牧野サンを動揺させちゃうってことだろ?

なんか、やきもち焼いちゃいません?

そいつと彼女の間に何があったかは知らないし、見当もつかないけどさ。

牧野サン気になっちゃってる俺としては、ちょっと放っておけないでしょ。

なんて言っても、彼女から色々聞き出す勇気なんて、これっぽっちもないんだけどね。








「買ってない」


 田村から声をかけられてから、どれくらいぼんやりしてたのかな?

ようやく搾り出した一言。

俺が極度に緊張してると思ったんだろうね、奴は俺の肩をぽんと叩くと、肩をすくめて控え室を出た。

1人にしてやるから、早いうち落ち着け・・・ってことだろう。

本当は違うんだけどさ、今はこの勘違いが有難かった。


 本当におかしいよ、こんな気持ち。

去年だってステージ上がったけど、こんなに胸がざわついたりしなかった。

ってことは、やっぱり原因は牧野サンのことなんだよな。

もしかして、俺自分で自覚してる以上に牧野サンのこと気になってたりするのかな。

好きになってる・・・ってことなのかな。

でも、それもおかしいだろ。

確かに可愛くて―――俺好みで―――気さくで、すげーいい子だとは思うけど、

こんなことで人を好きになったりしないだろ?

人を好きになるのって、もっと高尚な理由があるはずだろ?

こんなに単純な事じゃないはずだろ?






 胸のもやもや。理由を解明すべくあれこれ考えるけれど、答えは一向に見つからない。

やっぱりうで組んで俯いて微動だにしなくて。やがて戻ってきた田村に再び頭をごつかれた。


「だから、そのカッコやめろって言ってんだろ?見てるこっちまで苦しくなる」


 ごつきついでに、ほらよ・・・と田村が投げたのは、コーラの缶。

って、刺激与えんなよ。空けた瞬間に泡吹いたらやばいって。せっかくの衣装が台無しになる。


「たかがTシャツだろ?替え持ってるくせに」

「・・・なんで言いたいことわかんの?」

「目がそう言ってる」


 そうか・・・なんて納得しながら、とりあえず『ありがとう』とプルトップを開ける。

やっぱ、付き合い長いと、こういうものは分かっちゃうのかね。

だったら、今のこの胸のもやもや、田村にだったら解読できるのかな。


「なあ、俺今すっげー胸がもやもやしてんだけど、なんでかな?」


 思い切って言ってみたけれど。


「俺が知るわけないだろ、お前じゃないんだから」


 と、ケンモホロロに言い返されてしまった。なんか脱力。そりゃそうだけどさ、そうなんだけどさ・・・


「何で?何かあったわけ?」


 女装して、そっちの道に目覚めちゃったとか・・・と、気味悪く笑う田村の頭を、今度は俺がごついた。

冗談じゃない、あんなひらひらした、足が妙に寒いカッコなんて金輪際お断りだ・・・って、

まだ着なきゃいけないんだよね、ステージ終わってから。


 じゃあ何だよ?と言う田村に、返す言葉が見つからない。

何だ・・・と言われて『これだ』と答えられるほど、自分の気持ちが理解できていたら、こんなこと訊いたりしない。

コーラの缶持ったまま、俯いて固まっちゃった。


「・・・宮田のことだったら、気にしなくていいと思うぞ」


 頭をぽりぽりと掻いて、ちょっと違う方向を見ながら小さく呟いた田村の言葉に思わず顔をあげる。

・・・宮田?気にする?何の事だ・・・と考えて、思い出した。

ああ、そういえばそんな事もあったね、確か・・・。

すっかり忘れていた自分の都合のよさに乾杯だ。


「あいつがステージ見に来るかどうかはわかんないけどさ、
 お前はお前なりに一生懸命歌えばいいんじゃないか? 宮田はバカじゃないからさ、絶対分かってくれるって」

「・・・そうだね」

 宮田のことなんて、これっぽっちも頭にありませんでした・・・とは言えるはずもなく。

とりあえず曖昧に微笑んで見せた。


「ステージ終わってから、色々考えればいいんじゃないの?今の宮田のこととかさ、牧野さんのことも」

「・・・うん」


 そうだよな。今悩んでたって始まらないしな。

今はステージのことだけ考えて、精一杯やって。

他の事はそれから考えてもおかしくない

・・・って、今田村『牧野さんのことも』って言わなかったか?

言ったよな?言ったな?


 ちょっと顔面蒼白。

何?俺、ばれてるわけ?田村に。

お近づきになりたいと思ってるとか、仲良くなりたいと思ってるとか、

彼女のリクエストでハルジオンやる事にしたとか。


「あの・・・さ、田村・・・」

「すいませーん。次の次なんで、そろそろ舞台裏へ入ってください」


 田村に声をかけると同時に、控え室のドアが開いた。

一言そう言うだけで、ものすごい勢いで走り去っていく係員に、思わず絶句。

そうだよね、舞台裏はいつだって戦争だ。のんびり悠長に歩いてるわけにはいかないんだよな。


「・・・だってよ。そろそろ行くか?」

「・・・ああ」


 すっかり出鼻をくじかれて。

チャンス逃しちゃったから仕方ない。

楽器抱えて、教室を出た。まあいいや。

今はすっかり何もかも忘れよう。

もやもやのことも田村の事も牧野サンのことも、全部終わってから考えればいいや。


「あいつら、本当に店閉めて来るのかな?」


 クラス全員で見に来るなんて言ってたけど、果たしてそれは可能だろうか?

今日の午前中も、それなりに繁盛してるって、他のクラスの奴から聞いた


「平井はちゃっかりしてるからな。『オーダーストップ』とか言って、客入れないようにしただろ?
 別にウチの店が開いてなければ、他へ回ればいいだけのことだし。
 今朝、場所取りがどうとか騒いでた女子がいたから、来てんじゃないのか?」

「・・・下手な事、できないな」

「失敗なんかしたら、後夜祭の営業中何されるかわかんないぜ?」


 他の奴らはどうでもいいんだけどさ、やっぱり牧野サンにはいいところ見せたいっていうか、

藤原くんよりかっこいいバンプを聴かせたいっていうか。


 やっぱり『ただの友達』に対する気持ちじゃないのかな。

これって。でも今はどうする事もできないから。とりあえず、今は歌の事だけ考えよう。

長い1日のたった20分、牧野サンの事を忘れたって、きっと誰も怒らない。


「・・・いいステージにしたいよな」


 聞こえないくらいに小さく呟いた田村に、力いっぱい頷いて見せた。




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