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「んまっ・・・」


 亜門が笑っているとはいえ、俺にとって好ましくないお客様だったら嫌だから、その『珍客』とやらをこっそり確認。顔は動かさずに、目だけを限界までその『珍客』に向ける。そして・・・その姿にすっかり驚いてしまった俺は、その場でフリーズしてしまった。もちろん、相手もまさか俺がここにいるとは思っていなかったらしく――当たり前だよね。高校生が出入りしていい場所じゃないもん――、同じように、俺をじっと見て固まっている。坂口さんは、何が起こったのかわからない様子で、首をかしげながら亜門を見て、その亜門は、俺たち2人の顔色を交互に見た後、耐え切れない・・・というように笑い出した。


「そりゃ、予想外の場所でご対面・・・で驚くのはわかるけど、そこまで間抜けな顔しなくたっていいだろ・・・」

「だってまさかこんなところで・・・」

「ここで草野くんに・・・」


 2人揃って声を上げて、そしてまた目を見合わせて口を閉じる。そう、亜門の言った『珍客』って言うのはまさしく牧野サンのことで。そりゃ驚きもするよ。まさかここに来るなんて思わないじゃん。だって、ここは大人がお酒を飲む場所なんだもん。


「あたしは、亜門の忘れ物を届けに来たの。夕飯の片付けしてたら、コレ、テーブルの上に置いたままだったから・・・」


 バッグからゴソゴソと取り出したのは、黒いケータイ。ああ、と少しだけ目を大きくして、亜門はそれを受け取る。


「悪かったな・・・ってか、わざわざ持ってこなくてもよかったのに」

「うん、あたしもそう思ったけど、あやのちゃんのところに本を返しに行ったついで」


 あやのちゃんのところ?あやのちゃんの家は西区の小戸で、牧野サンと亜門のアパートからは、近くもないけど遠くもない。その小戸から天神へは、『ついで』というには遠い。って事は何か?牧野サンは、亜門が困るから、って以外の理由でここに来たかったのか?それはもしかして俺に会うため・・・って、それはないか。だって俺がここに来る――時々来てること、牧野サンは知らないんだもん。じゃあ他に考えられるのは・・・ドウミョウジにそっくりな亜門に会いたかったから・・・って、それもナシだな。2人は隣に住んでるんだから、顔が見たけりゃいつでも見れる。わざわざ仕事場に来るほどじゃない。最後の可能性は・・・


「・・・?」


 いつもと同じ、穏やかな微笑を浮かべる坂口さんの表情が、少し引きつる。理由はおそらく、俺がじとー・・・っと睨んでるから。


「ど、どうしたの?」

「・・・俺、坂口さんだけは俺の味方だと思ってたのに・・・亜門に変なこと言われたときかばってくれるし、さっきだって、勉強見てくれるって言ったし・・・」

「え、俺はマサムネ君の味方のつもりだけど・・・」


 でも、違うような気がする。いや、坂口さんはそのつもりかもしれないけど・・・俺はそうは思えないよ。だって、牧野サンが、俺に会いに来るでも亜門に会いに来るでもなく、この店に寄った理由なんて・・・坂口さんとしか考えられないじゃないか。きっと牧野サンは、この店で坂口さんを見た時にヒトメボレして、それでだんだんドウミョウジのことがどうでも良くなって、で、で・・・・


「1人間違った妄想に花咲かせてるヤツがいるぞ・・・」

「ああ、マサムネ君、妄想してたんですか?俺が睨まれたのも、その延長線上ですかね・・・」


 クスクスと押し殺した笑いにふと我に返る。くるりと後ろを向いて、3人を観察。もちろん、笑っているのは亜門で、それに同調するよう頷くのは坂口さんで、牧野サンは事態を飲み込めていない表情で、不思議そうに首を傾げていた。


「牧野がここに寄った理由は、最近店のメニューに入れたカクテルが飲みたかったからだと思うぞ」

「最近って・・・コンクラーベですか?」

「根競べ?」


 俺の素朴な質問など何処吹く風。亜門はカウンターに戻って冷蔵庫開いてるし、牧野サンは坂口さんにエスコートされながら、1番目立たない、カウンターの隅の席へ向かう。1人取り残された俺は、どうして良いのかわからず、その場に立ち尽くしてしまったりして。


「お前も飲む?」

「根競べ?」

「だからコンクラーベだって。女性好みの、あまーいカクテル」

「・・・もっと、別のがいい」


 だって、『あまーい』の棒の部分がすげー延びてて、ホントに甘そうだったんだもん。なんか、胸焼けしそうじゃん。この甘さ、何とかいう芸人が言ったらすごく伝わるんじゃないかな・・・なんて、どうでもいいコトをふと思った。

 亜門の返事を待たずして、牧野サンの隣にそそくさと座る。少し緊張した表情で、でも笑って『こんばんは』と言ってくれた。うーん、蘇る昨日の記憶、ってやつだ。って言っても、別に牧野サン送っただけだけど。情熱的にぎゅっと抱きしめるとか、その、何だ。野球場で思わず経験した『レモンの味』ってやつを再び味わったとか、そういう嬉し楽しいことはなかった。



「びっくりした。まさか牧野サンがここに来るなんて」

「あたしもびっくりしたよ。まさか草野くんがここにいるなんて。いつの間に亜門と仲良くなったの?」


 予想外の核心を突かれ、一瞬焦る。そういえばそうだった。一応、亜門の家で餃子パーティーしたときに初めて会ったことになってて、しかもそれからは亜門の話、全然してないんだよね、牧野サンの前じゃ。店も知っててめちゃめちゃなれなれしい口調で話してたら、そりゃびっくりするよな。事の経緯を説明しようと思ったけど、それはそれで話が複雑になる。この店のマッチをもらって店に来いって言われたとか、俺に牧野サンは無理って言われたとか、そんな事まで出てくるもん。


「・・・日曜日に天神で会って、ちょっと話したんだ」

「日曜日・・・ああ、あの時ね」


 ちょっと気まずそうに顔を顰めて、そして笑う。そう、妹とのあの一件があった日だよ。俺は密かに傷ついちゃったりしたんだけどね。・・・って、細かいことはどうでもいいや。牧野サンとは仲直り・・・ってか、元通りになれたんだし。うん、俺って心の広い男だ・・・と心の中でこっそり自画自賛。


「何か、いい奴だなー・・・って思ったから、ちょっと遊びに来てみた。牧野サンは?」


 仕事中に私用電話を始めとする、ケータイの使用が禁止されてることは俺でもわかる。この店を任されるほどの亜門であれば、尚更のこと。だから、ケータイ忘れたくらいで困ることはない――緊急の用事があれば、店の電話を借りれば済むし――から、わざわざ持ってくるのには、何か別の理由があるはずだ。すると牧野サンは少し笑って『カクテル目当て』と言った。亜門の言った通りだ。


「最近、家でもカクテル作ってて・・・あたし、味見係してたの。ほら、ノンアルコールだったらあたしでも大丈夫でしょ?・・・まあ、多少のアルコールだったら全然平気なんだけど・・・・で、最近メニューに入れたって聞いたから、それは完成形を飲んどかなきゃ・・・と思って」

「根競べ?」

「そう、それ」


 牧野サンが笑うから、俺もつられて笑う。2人で声出して笑ったら、今まで感じてた『居心地の悪さ』ってやつがすっと飛んでいったような気がした。



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