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「可愛い娘さん、ちょっと寄ってかない?一曲50円で歌わせてあげるよー」


 ホストクラブさながらの呼び込み。もちろん、俺が俺で知っていながらのことである。呼び込む奴の顔が微妙に引きつってるのが・・・腹立たしい。歌わないと首を振って見せて、ついでだから、そいつに店のチラシを無理やり持たせてやった。ここは・・・3年2組がやってんのね。カラオケハウス。歌ってんだか叫んでんだかよくわからない声が響きまくってる。その隣は、2年生のお化け屋敷。中から『キャー』っていう女の子の叫び声が聞こえて。・・・って、なんか文化祭の王道走ってんねー。受付のドラキュラのカッコした奴が、『してやったり』って感じでにやりと笑った。

 廊下の窓から空を見れば、野球やサッカーのパネルゲームやってて。嬉しそうな雄叫びや、悔しそうな悲鳴が飛び交う。なんだか妙に楽しそうだよな。こんなひらひらしたカッコじゃなかったら、ぜひ参加してみたいものだ。まあ、長距離が人よりちょっと速いだけで、他には大して能のない俺が、よい結果を出せるかどうかというのはまた別問題なんだけど。

 と、先に断っておこう。俺は決して遊んでるわけじゃない。嘘みたいに長いシフト時間持て余して、店を抜け出して遊んでるわけじゃないからね、いやマジで。

 じゃあ、何してるのか・・・と言えば、一目瞭然の呼び込みである。田村と腕組んで―――なんでこんな気持ち悪いことしなきゃいけないのかはわかんないけど―――、にっこり笑って、『夢想人に来てね』と道行く人にチラシを渡す。こんなことして客がくるのかよ・・・って最初は思ってたけど、恐るべし文化祭魂。何故かくるんだよ、客が。そしてその大半が、仮装状態の俺と田村を見て、ノリで訪れたというから侮れない。時々―――偶然、教室の前を通りかかったときに店を覗いてみるけど、客足が途絶えそうな気配は全くない。まあ、普通の甘味処とはメニューも店の雰囲気も全然違うし、何より宣伝してるのが俺だからね。『旅の恥は掻き捨て』じゃないけどさ、自分のカッコ気にしてたら、何も出来ないかな?って少し思った。これもいい経験なのかな?って自分を納得させてみた。

 調子に乗って構内歩き回って、だれかれかまわずチラシ配ってたら、配布用のものがすっかり終わってしまった。それと同時に、田村が『一緒に写真を撮ってください』なんて下級生に言われた―――どうして俺じゃなくて田村なんだ?―――から、仕方なく1人で店へ戻る。もちろん、チラシを取りにね。


「チラシってまだ余って・・・・・」


 台所・・・って言ったら語弊があるけれど、まさしくその形容に相応しい調理場の扉を開けて・・・そのまま閉めた。が、世の中そう甘くない。この場から遠ざかろうと『回れ右』した瞬間、勢いよく扉が開く。そして、振り返る間もなく右肩を鷲掴みされた。


「あ・・・平井くん・・・元気?」


 チャオ・・・と、平井―――級長に向かって右手を軽く挙げてみる。ついでに、バイバイ・・・ってやるみたいに手を軽く結んで開いてしてみた。しかし・・・ちょっとひどい顔してない?朝見たときとは別人。なんかやつれてんの。目とかギラギラしちゃって。正直言って怖いかも・・・。


「ってか草野、お前ここまで来てこのまま帰れるとか思ってないよな?な?」


 ・・・思ってました。ごめんなさい。このままチラシ持って退散するつもりでした。とは、とても言えるような雰囲気じゃない。そんなこと言ったら、きっと平井に殺される・・・は大げさだけどさ。


「どうせお前もうすぐ休憩だろ?っても、ずっとチラシ配ってぶらぶら歩いてただけなんだから、 全然疲れてないよな?ってか、疲れるはずないよな?」


 有無を言わさぬ口調。これは・・・うなずくしかないじゃないか。ちょっと憮然としながら、それでもしぶしぶうなずく。ってか、田村と俺の違いは何よ?片や下級生の女の子に囲まれて写真なんか撮っちゃって。片や1人寂しく教室に戻ってきて、昼休み返上で働かされるかもしれないと。


「牛乳とバニラアイスとその他もろもろ無くなりそう。お前今からエフコープ行って買って来い」


 エフコープ、というのは、ここ―――城南高校から一番近い生協である。ここなら一応何でも揃うだろう。


「・・・って、なんで足りなくなるよ?」


 あらかじめ、予測立てて材料準備しといたんじゃないのか?事前作業に関わってない俺だって知ってるぜ?クラスで簿記持ってる女の子―――「簿記=経理」と安易に結びつけるところが、なんとも高校生らしいじゃないか―――が、授業中に電卓叩いてたの見てたもん。


「お前らのせいだろ!?そこらかしこでチラシ配りまくるから、客足全然絶えないじゃないかっ!」


 って、そこキレるところ?むしろ感謝されるところじゃないの?完全にテンパってる平井級長。ここは下手に逆らわない方がいい。と、猛スピードで脳内コンピュータ起動させて、結論出してみた。ま、ある意味仕方ないよな。チラシ配り歩いてる俺らと、実際店で作ったり運んだりしてる奴ら。どっちが忙しいか・・・って言ったら、明らかに後者だもん。


「普通のカッコで行っていいんならいいよ。買出し行ってくる」


 流石に、今のままのカッコじゃ外出られないでしょ?化粧してスカート履いて校外へ出たら、これこそ本当の変態だ。平井は中で皿洗いしてる女の子に一言二言行って、俺にクリームのチューブとメモ、そして財布とコープの会員証を渡した。


「着替えていいよ。これ洗顔だから。で、買出しリストと財布。領収書もらってくるの忘れるなよ」


 メモに軽く目を通す・・・が、ちょっと待て。


「なあ、まさか俺1人で行って来いとか、そういう鬼畜なこと言わないよね?」


 メモに書かれてる量、半端じゃない。牛乳とか、オレンジジュースとか、ウーロン茶とか、アイスとか果物とか杏仁豆腐の素とかたとえ自転車で行ったとしても、荷物全部もてないよ?これ。


「1人で行けないと思ったら、誰か誘ってけよ。俺はそこまで面倒見れない。じゃあ頼んだな」


 冷たい言葉と、ぴしゃり・・・と扉の閉められる音。うわ・・・これって結構寂しくねぇ?しかし、閉ざされた扉の中から聞こえてくる平井の怒鳴り声に、気持ちを立て直す。うん、中で怒鳴られること考えたら、買出しの方がよっぽど楽だよな、うん。とりあえず洗面所で顔洗って、化粧落とした。控え室で着替えもして・・・さて、どうしよう。1人で行くのは絶対に嫌だ。というか不可能だ。うーん・・・


 と悩んでいると、ガラリと扉を開ける音。そこへやってきたのは・・・ビバ!ナイスタイミング。げっそりしたショコとユカ、そして案外平気そうな牧野サンではないか。


「あれ?草野くん着替えたの?」


 怒られるのかな・・・と思ったけど、流石のショコもそんな元気はないらしい。席に着くなり、机の上に突っ伏した。ユカもほとんど同じような状態で。牧野サンだけが、仕方ないなぁ・・・という雰囲気で腰に手を当ててため息を吐く。


「どうしたの?2人」

「店番でグロッキー。情けないよ、2人とも。この程度でばててたら、世の中渡っていけないよ?」


 あら、厳しいお言葉。友達といえども、案外情け容赦ないんだね、牧野サン。


「だって・・・お運びサンなんて初めてだったんだよ?つくしみたいに慣れてないんだからさ・・・」

「もうだめ・・・足痛すぎ。これで午後も店番あるなんて信じられない・・・」

「午後もあるの?」


 思わず口を挟む。だって、昨日見たシフト表では、確か3人とも午後はフリーだったはずだ。なぜ知ってるのかって?野暮なこと聞かないでよ。牧野サンのシフト確認したに決まってんじゃん。


「お客さん多すぎてさばけないから。 空席たくさんで、のんびりやればいいや・・・って平井くん言ってたのにさ・・・ 何?この人の多さ・・・って、宣伝してたの草野くんじゃない」


 2人にじろりと睨まれる。やつれた目で見ないでくれ・・・余計怖いっつーの。ってか、なんで平井もショコたちも、店の繁盛の原因を俺のせいにするわけ?なんか釈然としないよなー・・・女装させといてさぁ・・・。まあ、別に女装はいいんだけどさ。


「ところで、草野くんは何してるの?休憩?」


 一瞬、ピリッとした空気を読み取ったのかそうでないのか、牧野サンが場に似合わぬのんびりとした口調で言う。で、その一言で思い出した。早く買出し行かなきゃ、平井に跳び膝蹴り喰らわされちゃう。


「店で材料足りなくなったみたいでさ、級長に買出し頼まれたんだけど・・・ 買うもの多すぎて、1人で行こうか誰か誘おうか迷ってた・・・」


 って、今気付いた。俺すげーラッキーじゃん。


「牧野サン、一緒に行こうよ?」


 彼女が答える間も与えず、とりあえず腕を引っ張って教室を出た。が、中に残る2人から『待ったコール』を喰らってしまった。何なのさ、もう。ちょっと怒りモードの俺。牧野さんとの仲を邪魔するなよ・・・

 しかし、どうやら俺の想像とは違ったらしい。ぐったりしたショコは、後ろに並べてある自分の荷物を指差し、


「朝撮った写真、現像出してあるから取ってきて・・・バッグの右ポケットに、引き換え券入ってるから・・・」


と牧野サンに言った。店、よっぽど忙しかったんだな。『現像出来次第写真を廊下に貼る!』って張り切ってたショコが、まだ取りに行ってなかったなんて。やっぱ、俺と田村って楽な仕事してたのかな―――かなり恥ずかしくはあったが―――と思うと、クラスの奴らに申し訳ない気持ちでいっぱいになる。俺も案外単純なのね。


「・・・要するに行かざるを得ないってわけね・・・」


 仕方ないなぁ・・・と大げさに息をつく牧野サン。でも、これって俺に取ったらラッキーじゃありません?そりゃコープまでの道のりはたかが10分程度だけどさ、単なる買出しに行くだけだけどさ。彼女と2人で堂々と道を歩けるんだぜ?2人でランデブーだぜ?ああ、さっきまで羨ましいと思っていた田村が、全然羨ましくなくなってきた。ビバ!田村。ビバ!下級生って勢いだね。


「こんなとこでのんびりしてても時間もったいないし、さっさと行ってこようか」


 みんな忙しいしね・・・と、俺の顔を見て牧野サンが笑った。


















               









 写真をもらって―――インスタントカメラの割には、案外良く映っていた。まあ、モデルはどうしようもないのだが――コープに来て、思わずびっくり。何にって、そりゃ牧野サンの手際のよさだよ。果物とか、もう選ぶ目つきが違うの。牛乳なんかでも、日付の新しいものを探すのが早いったら。俺なんて、何一つかごに入れることできなかったよ。ただ、カート引いて牧野サンの後ろにぴったりくっついていく事で精一杯。


「牧野サン凄いね・・・買い物のプロみたい」


 茶化すつもりもなく、本気で尊敬して言ったら、ちょっと頬を赤くして苦笑いした。


「東京にいた頃は、身の回りのこと全部1人でやらなきゃいけなかったからね。 両親なんてあてにならないし・・・」

「へぇ・・・」


 どうして?って尋ねたかったけど、その言葉を飲み込んだ。だって、前反省したから。興味本位で彼女のバックグラウンド聞き出そうとしてさ。あの時すっげー後悔したもん。


 店中くるくる回って、必要なもの全部買って―――かご2つ分にもなった―――帰ろうというところで雑誌棚が目に入った。そういえば、今日って・・・


「ごめん、ちょっとだけいい?」


 今日は確か『Rockin’ on』-――毎月愛読している音楽雑誌だ―――の発売日だ。買わなくても、中身ちょっと見るくらいいいよな。両手いっぱいの荷物床に置いて、本を手にする。表紙はQueenね。確かに今ブームだからね・・・。へぇ、サラ・ブライトマン来日するんだ・・・流石にロック誌にはインタビューは載らないか。

 食い入って雑誌を読む俺に、隣に立つ牧野サンは呆れたため息1つ。ちょっとじゃなくて、しばらくは俺が動かないんだと思ったんだろうね。自分の持ってた荷物も床に置いて、適当な雑誌を手にとって眺め始めた。

 レディオ・ヘッド、U2。あ、アヴリルも出てんじゃん。ヒラリー・ダフも結構可愛いんじゃない?可愛らしい女の子たちの写真に、当初の目的がどんどん変わっていく。あれ?俺はロックの記事を読みたかったはずなのに・・・

 と、隣で雑誌を読む牧野サンが息を呑む音が聞こえた。どうしたんだろう?と彼女の手中の雑誌を覗き込む。そのページは『全国ミスター・ユニバーシティ』とか何とかって大きく書いてあって、見開きいっぱいにいろんな男子学生の写真が、所狭しと並べてあった。遠目だからよくはわからないけれど、『ミスター』という称号がつく人たちばかりだから、きっとかなりかっこいいのが並んでるに違いない。ま、俺にとっては『ミスター』っていったら長島監督だけだけどね。


「・・・どうしたの?牧野サン固まってるよ?」


 声をかけながら、彼女の視線の先を追う。それはある一点に集中していて。何?英・・・覗き込んだところで、雑誌をぱしりと閉じられた。


「ちょっと、知り合いに似てる人が写ってただけ。あんまり似てるからびっくりしちゃって・・・」


 不自然にぎこちなく笑顔を向けると、何事もなかったかのように彼女は雑誌を本棚へ戻す。床に置いてあった荷物を両手に持つと、早く戻ろうと俺を促す。


「あんまりゆっくりしてると、材料全部無くなっちゃうかもよ?そしたら平井級長に怒られちゃう」


 確かに、平井に飛び膝蹴り食らわされるのは、あんまり賢明なことじゃないよな。俺も同じように雑誌を戻し、荷物を持って店を出た。歩き出した牧野サンの表情はどこか険しくて。ここへ来る前の彼女とはまるで別人だ。

午前中の店の様子を、笑いながら説明してくれた彼女はどこへ行ってしまったのだろう?


「・・・雑誌って、くだらない企画立てるの好きだよね・・・」


 俯きながらそう呟いた牧野サンの言葉が耳に届いた。消え入りそうな弱々しい声で。けれどもどこか張り詰めた声で。

 彼女の心に入り込んでは行けない、彼女の背景を探ってはいけない・・・と思う気持ちと裏腹に、ロッキンオンを買いに行くついでに、彼女の見ていた雑誌を探してみようか・・・というあさましい気持ちが生まれる。


 俺ってやな性格だよな・・・って、しみじみ自己嫌悪に陥りながら、嫌な感情を振り払おうと、思いっきり頭を振った。


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