・・・カツ、カツ、カツ・・・
ブランドショップの立ち並ぶメインストリートを美少女が急ぎ足でやってくる。
「・・よかった・・まだ、あった。」
桜子はほっと胸をなでおろした。
ショーウィンドウの中には純白のコート。
襟元には白いミンクのファーが付いている。
先日目にとまったものの、ちょっと手が出せなかったのだ。
「やっぱり、すてきだな・・思い切って買っちゃうかな・・?」
少し乱れてしまった息を整えながら、思案顔になる。
この中に着るとしたら何がいいかな・・?
赤いワンピース・・クリスマスらしくっていいかも、でもちょっとガキっぽくなるかな・・。
じゃ、モスグリーン、ボルドー、ううん、ブラックもシックでいいかも・・ね。
あれこれと、思いをめぐらしてみる。
それにしても、これぐらいのコート、この桜子さまに買ってくれる男がいてもよさそうなものなのに。
まだ、クリスマスの予定も決まっていないことに気が付いて、桜子はちょっと眉をひそめた。
・・・・と見ていると、店員が裏から回ってきて、マネキンからコートを脱がし始めている。
「・・うそっ・・!」
どうやら、目の前で売れてしまう様子。
どんなヤツがこの私が目をつけていたコートを買うのだろう?
場合によっては許さないからね・・。
ガラスのドアから斜めに店内をのぞいてみると、そこには見覚えのあるクリクリ頭。
そしてまさに今、白いコートは箱に収められて、赤と緑のリボンをかけられている最中だった。
どうやら、店員に「彼女へのプレゼントですか・・?」とか言われて照れまくっているらしい。
首筋まで真っ赤になって、頭を掻いているのが外からでも見える。
「・・・もうっ・・!」
何か、いやみの一つや二つを言ってやろうかと思ったものの、
そのあまりにも子供っぽい様子に何だか毒気を抜かれてしまって、桜子は黙ってその場を離れた。
仕方ないですね、許してあげましょう・・、やっと願いが叶ったのだから。
立ち去りながらつぶやく。
あのふたり、去年の今ごろはケンカばかりしていた。
そのあと、いろいろあって先輩は蒸発したこともあったし、
道明寺さんは生死の狭間をさまようことになったし・・・。
それから、記憶喪失・・・あれは酷だったな。
本人たちも辛かったかも知れないけれど、傍で見ている者も哀しかったな。
一年の期限付きとは言いながら、やっと晴れて恋人と言える関係になれたのだ。
「・・・それにしても・・・。」
歩きながら考える。
「あの『もったいない』が口癖の先輩が素直に、あのコートを受け取るのかしら・・・ね。」
桜子にも、一瞬ためらわせた値段を思い浮かべて苦笑する。
また一悶着ありますね・・滋さんに連絡しておこうっと・・。
にやりと小悪魔的微笑を浮かべると、桜子は携帯を取り出した。
・・・滋への電話は、すぐに済んだ。
多分、司がプレゼントを渡すのはクリスマスイブの夜になるだろうから、
頃合いを見計らって道明寺家に襲撃をかけることに決まった。
携帯をバッグにしまいながら、桜子はため息をつく。
イブの夜だって言うのに、麗しいレディが二人もそろって、なんて暇なことを・・・。
かといって、この時期に至ってクリスマス用に男を調達するなんて浅ましいことはしたくない。
この桜子さまのプライドが許さないわ・・。
慌ててGETした男なんか、ろくなことないわ・・そうよ、きっとそうよ。
「おい、桜子じゃないか・・。」
肩をポンとたたかれて、我に返った。
「美作さん・・。」
あきらが顔を覗き込んでいる。
「どうしたんだ?ひとり?」
「ええ、買い物をと思ったのですけれど・・。」
「これから?」
「いいえ、目の前で売れちゃいました・・・。」
ちょっと、悔しそうな顔をしていたのかもしれない。
「一点ものでないなら、取り寄せてもらえば・・?
クリスマスまでなら、まだちょっと日があるぜ。」
「え?」
「どこの店?顔きくんだぜ、俺・・これでも。」
こういう細やかな気の使い方ができるのは、美作さんだけだと桜子は思う。
「いいですよ・・先輩と同じコートを着る気はありませんから。」
ニッコリと桜子は笑った。
「・・・そうゆうことか・・。」
桜子の説明を聞いて、あきらが笑う。
「・・そうゆうことです。」
桜子が、大げさにため息をついてみせる。
「じゃ、きまりだな・・。」
「ええ。」
「イブの夜は、司の家に集合!」
美男と美女の笑い声に、道行く人が振り返る。
ふと、気が付いて質問する。
「美作さんはいいのですか・・?
「何が・・?」
「クリスマスを一緒に過ごす方がいらっしゃるのでは・・。」
「・・いいんだよ。」
「・・え・・?」
「正月に海外勤務のダンナが帰って来るのだと・・。」
少し、ふてくされた様子で言う。
「それで・・・その前にパリで一緒にクリスマスを過ごそうとか、言われたって・・。」
「いそいそと旅立って行ってしまったよ。」
「おやおや・・・・。」
「それで、見送って空港からの帰り・・。」
「あらあら・・・・お気の毒。」
「・・・だろ?」
「そうと決まったら、どっかで作戦会議やらねえ?」
「いいですね・・。」
「それからコート、違うの探すのだったら付き合ってやってもいいぜ。」
「本当ですか・・?」
桜子の顔が、ぱっと明るくなる。
「結構慣れてるんだ・・おふくろのとか、妹のとか・・買い物に付きあわされるの。」
そうゆうことだったのね・・と思いながらも、ちょっとうれしい気持になる。
「ありがとうございます。」
素直に頭を下げていた。
「もっと、いいヤツみつかるかも・・よ。」
片目をつぶって、あきらが言う。
「そうですね。」
なんだか、くすくすと笑いたくなる気分だ。
ハンサムな・・・彼氏ではないとしても・・・男の人と買い物して、お茶飲んで。
こうゆう生活も、悪くはないかもね・・。
そう思い始めている自分に、まだ気づかない桜子だった。
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