非常階段に出る扉をそっと開けようとしたのに、立て付けが悪いのかガタッと音がして内心ひやっとした。
彼が寝ていたら、起こしてしまったら悪いから。
さっきよりも慎重にドアを開いて非常階段を覗き込む。
陽だまりの中、非常階段で壁に背を預けて気持ちよさそうにまどろんでいるのは、花沢類。
―― ふふ、やっぱりいた。
大学に進学したというのに、あたしが見にくると大抵ここにいる。
「あそこは唯一学校での俺の場所」って言ってたもんね。
高等部の頃からいつも非常階段にいた花沢類、大学生になっても全然変わらない。
あたしは、3年になってもやっぱり英徳に残った。
道明寺に二度目に買ってもらった制服を着て、
相変わらずブランドと遊びと男の話しかしない同級生に囲まれて学校生活を送っている。
F4がいた頃に比べれば周りは静かといえば静かかな。
でもどうしてもクラスメートには馴染めない…っていうか馴染みたくもないけど。
それでも、和也くんもいるし桜子もいるし、
なによりこうして花沢類と非常階段で会うことができるし、英徳に残れてよかったと思ってる。
音がしないようにドアを閉め、花沢類の隣に座り込んでふっと息をつく。
―― やっぱり和むな、この空気。
花沢類だけが持つ、独特の空気。
知り合ったばかりの頃はもっと冷たくて、尖っていて、
人を寄せ付けないバリアみたいな感じだった。
でも今は、喋るわけでも何をするわけでもなくて、
そばにいるだけで人を包み込むオーラみたいな感じ。
優しくて、暖かくて、柔らかいような…
―― 変わったなぁ。
彼が変わったのか、あたしが変わったのか。きっと2人ともが変わったんだろう。
それにしても、ホント気持ちがいい。
いろんなことでイライラピリピリしている気持ちが解きほぐされていくようだ。
しばらくそのままぼーっとしていると、花沢類が身動きをして目を覚ました。
「――おはよ」
「…おは…よ?あれ牧野、いつ来たの?」
寝ぼけ眼で聞く。
「さっき、花沢類が寝ている時に来たの。ここ、すごく気持ちいいね。
お昼寝するにはいい場所だよね。それにしても相変わらず授業は出ないんだね」
笑いながらそう言うと、
「ああ…もう授業終わったの?」
まだ眠り足りなさそうに欠伸をしながら聞く。
「もうとっくだよ。 帰る前にちょっと非常階段に寄っていこうかなと思って来てみたら花沢類が寝てたの」
「ふうん」
聞いているのか聞いていないのか、
かすかに唸ると花沢類はコテンとあたしの方に倒れこみ、あたしの膝に頭を乗せた。
「は、花沢類?!」
「もう少し、寝る…」
「…は?」
そのままスース−と気持ちよさそうな寝息をたて始める。
―― 不思議なひと。
何を考えてるのか時々、いやわりといつも分からない人だけど…
こんな風に甘えるみたいにされるのはちょっと嬉しい。
あたしに気を許してるんだなって思うから。
あたしが花沢類の空気に和んでしまうように、
彼もあたしがいることで気持ちを和ませてくれたらそれはすごく嬉しいと思う。
あたしは膝の上に乗っている花沢類のさらさらの髪の毛を手でゆっくりと梳きながら、
またしばらく彼の独特の空気に浸った。
その後数十分 ――
「じゃ、帰ろうか。送ってくよ」
思う存分寝てスッキリした表情の花沢類を見上げて、あたしは顔をしかめて見せる。
「…ヘンな顔。どうしたの?」
「足が痛くて立てないのよっ」
「足?どうかしたの?」
ホントに分かってないんだろうか、この人は…
「あんたが長い時間あたしの膝の上で寝てたからでしょうが!痺れてるの!」
それを聞くと花沢類は吹き出した。
「ぶっくくくっ、あんた、俺が寝てたからずっと同じ姿勢でいたの?
それじゃ痺れるのあたりまえじゃん。足崩せばよかったのに」
起こしたら悪いと思って耐えてたのに、何てゆー言い草。
「誰のせいだと思ってんのよーっ!」
涙目で叫んだあたしの言葉は花沢類の大笑いにかき消されてしまった…
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