面影 rui × other ***
「あんた、牧野に似てるんだ────」
そんなことを言われたのは、出会って2週間……
3回目のセックスをした後だった。
あたしは、なんの脈絡もなく出てきた言葉に驚いてベットに横たわる彼に目を向けた。
付き合ってたわけじゃなかったし、好きでも嫌いでもない男。
彼について知っていることといえば、やけにかっこいい容姿。
薄茶のサラ髪、色素の薄い瞳。ボーっとしているようだけど隙は見せない。
それに「ルイ」という名前と年齢だけ。
べつに自分が誰かの代わりでもかまわない。
こちらも、単なる暇つぶしだ。
ただ、普段無口な彼が語る言葉に興味がわいて、あたしは瞳で続きを促した。
「顔とか、性格が似てるわけじゃない。……なんていうのかな、う〜ん…雰囲気が似てるのかな……」
ルイはそういうと、ベットから少しだけ体を起こした。
「……牧野は親友の奥さんなんだ」
あたしは少し驚いて、顔をあげた。
「ずいぶんとややこしい恋愛してるのね」
軽い恋愛ばかりしてきたあたしにはずいぶんと重い恋愛に感じる親友との三角関係。
あたしの言葉に、ルイは初めて笑顔を見せた。
「ははっ、そうだな、ずいぶんややこしかったよ」
「あたしはそういうめんどくさいの、パスだな」
「あぁ、そうだね。あんたはそーゆータイプだ」
(───ずいぶんはっきりと言ってくれるわね)
内心ムッとしながらあたしも少しだけ体を起こした。
ルイがシーツを胸元まで寄せてくれる。
ついさっき付けられたばかりの胸元の赤い痣が、やけに目に付いた。
「でも、いろんなこと教わった。牧野に」
”牧野”と告げるルイの表情はとても柔らかい。
それだけで、あぁ、いい恋愛したんだな、と感じさせる。
「とっちゃおう、とか……思わなかったの?」
素朴な疑問をぶつける。
ルイは、昔を思い出すように低く呟いた。
「何度も思ったよ。牧野が弱っているときいつも傍にいたのは俺だったんだ。司じゃなく……俺だったんだ」
「でも牧野の気持ちは動かなかったよ。いつも司だけを見てた」
あたしは確信を持って言うルイの口調に、少し切なくなった。
視線を、胸元の赤に落とす。
「───そんな牧野を見てるのも好きだったんだ」
矛盾しているルイの言葉に、あきれて視線を再びルイにもどした。
「自分の好きな女が、ほかの男を好きなのを見てるのが好き?……あんたほんとーに変わってるわ」
「あぁ、牧野にもよく言われた。変わってるって」
そう言って、微笑んだルイの子供のような笑顔に思わず見とれてしまう。
この、無口で無表情のルイにいろいろな表情をさせる牧野さんに興味がわく。
「ね、牧野さんってどんな人なの?あたしと雰囲気が似てるってどんな感じなの?」
ルイは不思議そうに、まじまじとあたしの顔を見る。
「ん?あんたも知ってるんじゃない?最近よくテレビ出てるじゃない」
「へ?」
「道明寺財閥の若奥様だよ」
「・・・はい?」
「この間、盛大な結婚式挙げてたじゃない。知らない?道明寺財閥って」
あたしは魚のように口をパクパク閉じたり、開いたりしていた。
(知らないも何も…その結婚披露宴にあたし、行ってたんですけど……)
あたしの父親は会社を経営している。そこそこ道明寺とも取引があるらしい。
でも、そんなことはあたしには関係ない。
けれど、どうしても父親が出席できない、とかであたしが代わりに出席したんだ…
道明寺財閥の…子息の結婚披露宴……
その財閥のお坊ちゃんと親友って……
「ルイ……、あんたフルネーム何ていうの?」
あたしは震える声で、尋ねる。
「あれ?言ってなかったっけ?ハナザワルイ。花沢類だよ」
「……ハナザワルイ」あたしが呟くと、類は懐かしそうに目を細めた。
「くくく……久しぶりに呼ばれたよ。フルネーム」
「もしかして…花沢物産の……」
「うん。父親の会社」
そのとき、あたしは断崖から落とされたような心境だった。
その3日後。あたしはイヤイヤお見合いに向かう。
親の決めた見合い相手。
何度も「ハナザワルイ……」と呟いてみる。
(はぁ……)
あたしはお見合い場所のホテルへ向かう車の中で頭を抱えた。
きっと……
いや、確実にこれから行く先で待っているのは「類」だ。
2週間前、親が持ってきた見合い写真。
どうせ、親のスネをかじりまくりのわがままおぼちゃまに違いない……
そう思ったあたしは、相手の名前だけ聞くと、そのまま行きつけのクラブに行っていつものように
単調に過ぎてゆく時間を過ごしていた。
そこで「ルイ」に声をかけられた。
その「ルイ」がまさか「花沢類」だったとは。
たしかに珍しい名前だけど同一人物とは……
あたしは車の中で、うんうん唸っていた。
仮病を使って、このまま逃げてしまおうか。
それとも、このまま知らんフリをしてお見合いを決行しようか……
なんとなく、なんとなくだけど類に興味が出てきた。
牧野さんのことを語る、類の表情をみてから
もうちょっと──類のことが知りたい。
そう思っていた矢先の出来事。
自分から他人のことを知りたいと思う。こんなことは初めてだったのに。
あたしは、自分の気持ちを確信した。
─────あたしは、類が好きだ。
そして、あたり前のように車がホテルの入り口に着けられる。
ここまでくるともう後には引けない。
父親も心なしか緊張しているようだ。
そりゃそうだろう、花沢物産といえば道明寺には及ばないが世界規模の会社だ。
お父さん、ごめん。
あたし、今日のお見合い相手ともう、寝ました。
だからきっと、このお見合い失敗だから。
心の中で、お見合いに乗り気の父親に対して手を合わす。
「お久しぶりでございます、花沢さん」
汗で光っている額を、ハンカチで押さえながら父親が長身の男の人に近づいた。
「あぁ、これはこれは桜木さん……」
振り返る男の人を見上げる。
心なしか「類」に似ている。
あたりまえか、父親なんだから。
不意に、嗅ぎなれた香りに気づく。
「ルイ」の香り。
が、いくら探しても「類」はいない。
あれ……?違った?「類」じゃなかった……?
あたしは少しホッとし、少し残念な、複雑な感情をどう表現するべきか悩んでいた。
と、そこへうしろから不意に声を掛けられる。
「……はじめまして。桜木水祈さん」
聞き覚えのある声。
あたしはゆっくりと振り返った。
視界に入ってきたのは、薄茶のサラ髪。ビー球のような色素の薄い瞳。
その瞳の奥には意地悪そうな笑みが浮かんでいる。
(……───やられた)
きっと……ややこしい恋愛になる気がする。
あたしは胸元に手をやる。
3日前に付けられた、胸元の赤い痣がチクリと疼いたような気がした。
おしまい
→text →nijitop
|