想い rui × tukushi ***
仕事帰り、秘書に見送られ車に乗り込む。
デジタルの時計が、10時35分に変わったばかり。
きっと、まだ起きてる。
運転手と、バックミラー越しに目が合う。
俺が頷くと、あきれたような笑みを浮かべる運転手。
ゆっくりとアクセルを踏み込んでいるのだろう。
流れるように窓の外の風景が変わっていくのをぼんやり眺める。
こんな時間に帰れることなんて、最近めったにない。
本当は早く帰って、シャワーでも浴びてゆっくりするのもいいな、とも思う。
でも、最近あっていない牧野の様子も気になる。
電話では、明るい声で楽しそうに話すけど、電話を切る間際に呼ばれる名前が
少し、低くなる。
『・・・・・・またね、花沢類』
何か言いたいことをためらって、飲み込んでから発せられる名前。
視線を感じて、バックミラーを見ると運転手の視線とかち合う。
「・・・・・・牧野様は、お変わりありませんか?」
遠慮がちに訊ねられた声は、けして興味本位のものではなく、
彼なりの心配?が読み取れる。
「声だけは・・・・・・元気だよ」
それだけ言うと、また俺は視線を窓の外に戻した。
「・・・い・・・さ、る・・・い・・・さま、類様」
いつ意識を手放したんだろう。運転手の声で目が覚める。
前髪を両手で後ろに撫で付けると、これから見れるであろう大事な人の笑顔に思いを馳せた。
「お帰りはどういたしますか?」
「・・・う〜ん、適当に帰るよ。タクシーでもいいし」
「そうですか、では私はこれで」
「あ、うん。ゴクロウサマ」
車から降りると、夜風が髪を乱す。
牧野の部屋の明かりを確認すると、運転手と視線があった。
「・・・・・・牧野様に、よろしくお伝えください」
そう言って、運転席に乗り込んだ。
牧野と付き合うようになってから、もう4年。
この4年の中で、いったい何回ここに来ただろう。
古びた、階段。響く足音。錆びた手すり。
手すりについた傷の跡まで、覚えてしまった・・・・・・
仕事を本格的に始めた今は、こうして少しの時間を見つけては会いに来る。
時間がほしい。全然足りない。できることなら、ずっと一緒にいたい。
そんなことを考えていた思考が突然、止まる。
目の前で開かれる扉。驚き顔の牧野。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
そのまましばらく見詰め合っていた。
「びっくりした」
「うん、俺も」
「なんか花沢類の足音に似てるなと思ったんだ」と牧野はクスリと微笑んだ。
歩き方にクセなんかあったかな?と考えてたら、ふわりと柔らかいものに巻きつかれる。
「おかえり、花沢類」
「・・・ただいま」
俺はその柔らかいものの感触に、眩暈を起こしそうになりながらそっと呟いた。
■■■■■
「夕飯は?」
「あ、軽く食べたからいいや。それよりコーヒー飲みたい」
ジャケットを、ソファに置く。のど元に人差し指をいれ、ネクタイを緩める。
どうも、締め付ける服って気に入らない・・・・・・
ネクタイを指で弄びながら牧野がお湯を沸かす様子を、後ろから眺めていた。
3週間ぶりに見る彼女は少し、やせた感じがする。
「仕事、忙しい?」
「ん、それなりにね。なに?俺に会えなくて寂しい?」
「・・・・・・大丈夫」
からかい気味に問いかけたが、牧野の顔には笑みはなかった。
「大丈夫ってことは、寂しいの我慢してるってこと?」
「・・・・・・」
無言は肯定。
「今日は、泊まってく」
後ろから彼女を抱きしめる。
「あんたさ、いつも我慢するでしょ?たまにはわがまま言いなよ」
「わがまま言っても・・・・・・、困るだけでしょ?」
「え?」
「あたしが、『ずっと傍にいて』とか『もっと会える時間を作って』って言っても類が困るだけでしょ? 簡単に、わがまま言いなよ、なんて言わないでよ!!」
語尾が荒くなってきたと同時に、お湯が沸いたらしい。
部屋にやかんの高い音が鳴り響く。
俺の腕を振り解いた牧野は、火を止めるとてきぱきとコーヒーを淹れ始めた。
けしてこちらを見ようとしない牧野。
彼女の背中を見つめながら、かけるべき言葉を捜す。
「ごめん」
先に沈黙を破ったのは牧野のほうからだった。
「ごめん。せっかくの時間。もったいない。いろんな聞いてほしいことたくさんあるんだ」
振り返った牧野の瞳には、涙が揺れている。
「仕事の先輩の話とか、おいしいランチの店とか・・・・・・
微笑を浮かべながら、涙を零す牧野。
「────っつ!!ごめん・・・・・・」
俺はたまらなくなって牧野の細い腕を、掴むと自分の胸に引き寄せた。
思っていた以上に、細くなった腕を見つめる。
生ぬるく湿った空気が、牧野の手の冷たさを引き立たせる。
そっと、俺の背中に回された腕。Yシャツから伝わるかすかな温もり。
「なんか・・・・・・、怖いくらい好きで。どんどん・・・・・・どんどん気持ちが大きくなちゃって。
自分でもどうしたらいいのかわからない。このままいったら、あたし壊れる」
そこまで言うと、俺の胸に顔を伏せた。
(俺のほうこそ、壊れそうだ)
ずっと、封印していた思いを開放する。
会えない時間、牧野がいない時間がつらい。
一度、口にしたらとめどなく溢れてきそうで、いつも飲み込んできた言葉。
『逢いたい』
牧野も、そう思っててくれたの?
俺がいない時間、俺だけのことを考えて過ごしてた?
電話をきる間際に飲み込んでた言葉は、俺と一緒?────
そのまま床に、牧野を組み伏せる。
シャツのボタンさえ外すのがもどかしい。
牧野の両手が、俺の頬を挟む。少し、熱を帯びた吐息が頬にかかる。
吐息が頬から唇に移る。角度を変えて何度も・・・・・・何度も。
俺は性急に牧野の中に入る。
俺の名前と一緒に漏れる吐息が、耳元をかすめる。
動きが早くなるにつれて、互いの呼吸が荒くなる。
そしてそのまま、一気に駆け上がった。
まだ、肩で息をしている牧野を抱き寄せると俺は再び牧野の中に入った。
「・・・ちょ、る、類?」
「まだ・・・・・・、まだまだ足りない」
全然足りない。会えなかった3週間、牧野に触れることのできなかった時間。
たった1回、牧野を抱くだけで埋まるわけがない。
牧野も同じ気持ちだって
────自惚れていいよな?
再び激しくなる動きに、牧野の声も高くなる。
「る・・・い・・・っ・・・るいっ」
頬に手を添える。
翻弄される意識の中で、牧野がゆっくりと瞼を開く。
視線を絡ませると、牧野の唇にキスを零した。
そのまま牧野の肩に手を置くと、俺はいっそう動きを早める。
牧野しかいらない。牧野しか欲しくない。牧野だけでいい・・・・・・。
牧野に溺れる意識の中、彼女の中に想いを開放した─────
くったりと動かなくなった牧野をベットに運ぶ。
でも、まだまだだから。
全然足りてないから。
◆◇◇◇◇◇◆
窓の外が、少し白んでくる。
(あれ・・・・・・?今何時だろう)
仕事をしだしてから、時間を気にするようになった。
いつ外したかわからない腕時計を探す。
腕の中で眠っている、牧野を起こさないようにそっと絡めていた腕を外す。
ベットの周りは、脱ぎ散らかされた服が散乱している。
(・・・・・・この中のどこかに埋まっているワケね)
探す気力もない。
どこかにあるはずの部屋の時計を探す。
そういえば、牧野だって目覚まし使ってるはずだ、と枕元を探る。
・・・・・・。あった。
時計の針は、5時10分を指している。
(今日の予定って、なんだったっけ?)
考えるのすら面倒でため息をつきながらむっくりと起き上がり、脱ぎ散らかした服を拾う。
皺くちゃのズボン、Yシャツ。
(・・・・・・。一回家に帰るか)
携帯を手に取ると、秘書のナンバーを探す。
〔トゥルルルルル、トゥルルルルル〕
『はい』
(この人、何時に起きてるのさ?)
2コールで出た秘書を気味悪く思いながら今日の予定を聞く。
『10時から、本社のほうで会議が入っております。書類にも目を通していただきたいので、そうですね・・・9時には出社していただきたいのですが』
頭の中で、計算する。
「じゃ、8時に車よこして。あ、横関さんで」
『はい。では、ご自宅のほうでよろしいですか?』
「・・・・・・〜あ、横関さんならわかるから」
『?・・・では、横関を迎えにやりますね』
「じゃね」
パチン、と携帯を閉じる。
さてと、もう少し彼女のぬくもりを楽しもう・・・・・・
そっと、ベットに潜り込んだ。
とたんに絡まる腕。
「何だ、起きてたの?」
「ん・・・・・・、類、8時に出る?その前にご飯食べてくでしょ?」
「朝食は、いつもあんまり食べないから、いいよ」
「・・・・・・じゃ、コーヒーでも・・・・・・」
そこで牧野は何かを思い出したように、起き上がった。
「アイスコーヒーでいい?」
「?」
ワケがわからずに、瞳で尋ねる。すると、牧野の視線がキッチンのテーブルに促す。
「あ・・・・・・」
再び、視線を合わせると苦笑した。
昨夜のコーヒーが二つ・・・・・・すっかり冷めて、寂しそうに並んでいた。
「アイスコーヒーでいいから・・・・・・」
「・・・?いいから?」
無邪気な顔で俺の顔を覗き込む牧野を、引き寄せて俺の上に乗せる。
「もう一回・・・・・・しよ?」
俺は牧野に返事を与えるまもなく、彼女の頭を引き寄せ熱烈なキスをした。
しばらく、ばたばた暴れてたけど、降参したのかおとなしくなって
俺の髪に指を絡ませてきた。
「なんだ、やっぱり牧野もしたかったん────
いてっ!!
舌を思いっきり噛まれた跡。
ランチのフルーツグラタンがしみることに気づくのは、それから6時間後のことだった。
おしまい
→text →nijitop
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