音もせずに降り続く雨は、この時期特有のものだろう。
傘をさすべきか。ささざるべきか。
悩みながら空を見上げる、目の前を小走りで駆け抜ける人たち。
ところどころでポコポコと開く傘は、色とりどりで。
暇を持て余してるあたしには、それを眺めているのはいい暇つぶしなんだけども。
やけにカラフルな色合いは、あたしの心のうちとは正反対で。
少し、恨めしく思えた。
結局は君のペース
少し高めの椅子に、深く腰掛けると足をブラブラとさせる。
いささか子供っぽい仕草かもしれないけど、なれないミュールに傷ついた足を休めるには
丁度よかった。
からからと、何をするでもなく背の高いグラスのアイスティーを回してみる。
平日の、夕方4時。
こんな時間に、ガラス張りのカフェでお茶してる人なんて数えるほどしかいなくて。
歩道に面した席を選んだのは、心のどこかで人と接したかったからかもしれない。なんて、今頃思う。
いつまで待っても、待ち人が来ないのはいつものこと。
そう思って素直に納得してしまう自分も、なんだか悔しい。
以前なら、キーキーとイヤミの一つでもメールで送っていたけども。
ちっとも返信が来ない相手に打つメールほど、虚しいことはない。
せっかく、今日だったら半日一緒にいられるから、と、代休を取ったのに。
あれをして、これをして、などど考えてた自分が、妙に可哀想に思えてきた。
いつもいつも、振り回されてばかりで。
結局は、こちらが折れるしかなくて。
「ねぇ、道明寺財閥のJrってみたことある?」
不意に届いた、待ち人の名前。
ピクリと肩が、反応してしまった。
いつのまにか、一つあけた隣の席に座ってる女の子二人組み。
彼女たちの話題は、司のことのようだ。
なるべく頭から追い払いたい名前なのに。
イヤでも、届いてしまう会話。
「ある〜。ちょーかっこいいよね。でも、彼女いるって話じゃない?」
「そうそう!一般人なんでしょー?あたし、チラッと見たことあるけど…たいしたことなかったよ」
自分で、十人並みの容姿だってことは納得してるけれど。
まったくの他人に言われると、むっと来るわけで。
チラリと、横目で隣を盗み見る。
そんなあたしの視線を感じたのか、相手もチラリとあたしを見るけど…。
たいした反応もせずに、再び友人との会話に没頭する。
……あたしはそんなに印象に残らない顔なのか。
あんたが、今さっき口に出した道明寺財閥Jrのたいしたことない彼女なんですけど。
にっこりと笑って言ってやると、どんな反応をするだろうか。
なんて、できもしないことを考えていると、いつの間にやら目の前のガラスが曇りだしている。
たいした人数はいない店内と言っても、外気との温度差は結構あるらしい。
丁度いい。目の前を通り過ぎる人たちからは、あたしの足元は曇って見えないはず。
一層のこと、靴を脱いでしまえ。
カラカラと、乾いた音が足元で響く。
少し傾けただけで、簡単に落ちたミュール。
妙に軽くなった、両足。
隣の女の子は、少し怪訝な顔をしてたけどたいして気にもしてないようだ。
いつものあたしなら、スニーカーなんだけど。
不意に時間ができた日のデートは、司は必ずスーツで来るから。
ちょっとはおしゃれしてきたのに。
雨だし。
司はこないし。
「でもさ〜、あんなカッコイイ彼氏だと彼女も心配だよね〜」
「すんごい、浮気してそうじゃない?」
まだ司のことを話しているのか。
キャラキャラとかわいらしい笑い声が、届く。
彼女との会う時間をつくるのにも一苦労なのに。
これで浮気する時間があったら、感心するわ。
激務の間を縫って、あたしとの時間を適度に作り、あたしに怪しまれずに、他の女の子との時間を過ごす。
よっぽど有能な秘書でもついてない限り、そんなことは無理だ。
いつのまにか、彼女たちの会話に加わってるあたし。
脳内だけのあたしの言い分。
「でもさ、浮気してても〜、あれだけお金持ちじゃ我慢しちゃうよね」
「そうそう!どんだけ、金あんだよっ!って感じじゃない?」
お金なんて、ちっとも必要じゃないよ。
会いたいときに会えない辛さなんて、あんたたちどれだけ分かってる?
お金がいくらあったって、司が二人いるわけじゃない。
あたしには、二人の時間のほうがよっぽど大事だ。
それが、痛いほどよく分かるから。
ここにいない司を想い、なんだか無性に泣きたくなる。
そうなんだ。
あたしは今、司に会いたくて仕方がない。
喉の奥が熱くて。
込みあがってくる何かを飲み込むのに精一杯で。
俯いて、こっそりとまだ零れ落ちてはいない涙を拭った。
瞬間、ドカリと振動する目の前のガラス。
驚いて顔を上げると、司が握り拳をガラスに押し付けたままニヤリと笑う。
霧雨のような細かな雨の所為で、しっとりと濡れた髪がストレートになっていて。
一瞬、誰だか分からなかった。
それは、隣も同じようで。
あたしと司を不審な視線で、交互に眺める。
途端、すべてを理解した女の子はあたしよりも先に彼の名前を口にする。
「道明寺…司……」
「キャーーー!」
今まで噂してた人物が、目の前にいるのだ。
驚くのも無理はないと思う。
けど、あたしよりも先に名前を呼ばれてしまうと…。
正直、どうしていいのか困ってしまった。
どやどやと、SPを引き連れ店内になだれ込むと、息も途切れ途切れにあたしのアイスティーを一気飲みする司。
しっとりとした前髪からは、綺麗な雫がぽたりと落ちた。
一体どこから、どれだけ走ってきたのか。
「わり、牧野。マスコミ撒いてたら遅くなった」
ふぅと深く息を吐くと、続けざまに
「おまけに、撒ききれなかった」
と、悪びれもせず言い放つ。
「……そういうのは、撒いてた、なんて言わないでしょ?」
司の言うとおり、ガヤガヤとカメラやマイクを持った人たちがお店の前に溜まりだす。
彼らは、ほんとに容赦がない。
追われる側になって、初めて知った事実。
あたしも、やれやれと重い腰を上げる。
追われるのは、いつものことだ。
会いたくて会いたくて、仕方なかった彼と一緒だ。
怖いものなんて、何もないけど。
それでも、あの途切れることなんてないんじゃないかと思うほどのフラッシュは、トラウマになるんじゃないだろうか、なんてちょっぴり心配になる。
「でるぞ」と、あたしの肩を強く抱く司。
押される様に、一歩を踏み出したあたしは妙に両足が軽いことに気づいた。
あ。ミュール。
「司、待って。あたし、靴はいてない!」
「ったく、なにやってんだよ。ガキじゃあるめーし」
バカにしたようにわざとらしくため息をついた司は、自分のジャケットを脱ぐとあたしの腰に撒きつける。
「なによ!?」
オロオロとしたあたしをよそに、てきぱきと司の湿ったジャケットはあたしの腰に巻かれ、袖口をしっかりと交差させる。
膝丈で、ふわふわと舞っていたシフォンのスカートはピクリともする余裕がなくなった。
司は「暴れんなよ」なんて言いながら、あたしを肩に背負い込んだ。
とっさのことに、声も出ない。
くらりと突然視界が変わったあたしは、バタバタと脚を交互に動かすけども
司はものともせず、店のドアを開ける。
「靴なんて、あとで買ってやる。まだ、少ねぇうちにぶっちぎるからな」
独り言のように呟いた司に、SPの斉藤さんの声が重なる。
「司さま、牧野さまは私がお持ちしましょう」
お持ちって…。
いくらなんでも、それはないんじゃないの!?
普通、”お連れ”って言わないか?
あたしは、荷物かっつーの!
それほど斉藤さんも動揺してたんだろう。
普段なら絶対そんな失言しないのに、ついつい出てしまったであろう言葉。
でも、いつもと違う彼に気づくこともないあたしも、充分に動揺してて。
斉藤さんの、あまりな言葉に反論してやろうと息を吸い込んだ途端、司の乾いた声が聞こえる。
「ざけんな。なんで自分の女、他の男に抱かせなきゃならねーんだよ。俺の前でそんなことしてみろ?ぶっ殺すからな」
斉藤さんの謝罪の言葉と、白い霧の世界が重なった。
そんな中でもパシャパシャと、フラッシュが幾重にもたかれる。
どうせ撮られるなら、お姫様だっこがよかったのだけど。
それはそれで、F3に爆笑されそうだ。
花沢類の笑い転げる姿を想像する。
あたしには、こっちのほうがよっぽど似合ってるのかも知れない。
ふてくされ気味に自分を納得させながら、あたしは八つ当たり先に、目を凝らす。
あたしを荷物扱いした斉藤さん。
「斉藤さん!あたし、ミュール忘れちゃった!ゴメン、取ってきて!」
司の数m後方で、霧雨を避けるように腕で顔面を隠すように走る斉藤さんは、短い返事のあと
何事もなかったように、お店へと戻っていった。
司のワガママに、振り回され慣れてるのか…、ノーリアクションだった彼にちょっぴり同情した。
「靴、店ん中か?」
あたしを肩に背負いながら、全力疾走を決め込む司が息切れもせずにあたしを振り返る。
全力疾走ながらも、あたしに負担がかからないようにか
なるべく振動が伝わらないようにキツク抱いてくれる司の腕が熱い。
その熱さが、あたしの中にも沁み込んでくる様だ。
「ん」
「……靴、忘れるなんて…まるでシンデレラだな」
「アハハ。確かに。けど、そうなると王子様は斉藤さんだね」
別に、妬かせるために言ったわけじゃないけど。
結果的には、そうなってしまって。
「……オマエ、ここでチョット待ってろ。俺が取りに行ってくる」
はい?
ストンと、またもや世界が逆転。
頭が下を向いていた所為か、ほんの少し頭の奥がクラリとした。
素足の足は、冷たい湿ったアスファルトの固さを充分に伝えてくる。
「寒くねーか?」
「う、うん」
ピタリと歩道の真ん中で止まったので、司を追いかけてたマスコミの人たちはいっせいに転びそうになった。
途端、逆方向に走り出す司。
それに伴い、マイクやカメラを持った人たちも慌てて司の後を追う。
いつもいつも、彼らも司のペースに巻き込まれているのだろうか。
あたしが、いつもそうなように―――――。
段々と小さくなる司の肩越しに、綺麗な傘の花が見える。
色とりどりの世界へ埋もれるように進む、司。
それはまるで、明るい未来を暗示しているようで。
さっきよりも、だいぶ柔らかい気持ちで傘の海を眺めることのできるあたしは
なんて単純なんだろうと苦笑した。
おしまい
2006,6,23 momota
■■■■■アトガキ■■■■■
『結局は君のペース』
今回は、司がつくしを背負います(笑)
ガンバレー←ヒトゴト。
って、あんまり重そうじゃないけどね・・・つくし。
やっぱり、司とのデートってどうしてもつくしが待ちぼうけのイメージがあります。
司も、もちろん遅刻したくてしてるわけじゃないのだけどね。
つくしもソレが分かってるだけに、強く出れない…ってところもあって。
なかなか複雑です。
なので、最後はちょっぴり前向きに終わらせてみました(笑)
→text →niji top →niji odai
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