SKY GARDEN
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指きり     tukasa ***




「じゃあ、またな」




右手を上げると、サラリと微笑む司を瞳に映す。


それは、昨夜思い描いていたシーンではなく、
まるでまた明日会えるような。
───昔の
そう。ただのいつもの別れ際のような。
そんな、別れの時。




あたしが言いづらかった言葉をあっさりと放つ司にイライラする。


そんなに軽く言わないでよ。
あんたに会えるの、どんだけ楽しみにしてたか知ってる?
この別れの時間が来なければいい、って何度思ったか知ってる?




NY行きの最終便は、さすがにビジネスマンの人の姿が目立って。
空港もだいぶ落ち着いてる。

それでも、まったく人がいないってワケでもないので
この不釣合いなカップルにちりちりとした視線も感じる。




ゆっくりと司の掌が頬に触れた。
それを合図に、あたしの心臓は鼓動を早める。



今度は、いつ会える?
いつまで寂しい夜を迎えればいい?



一緒にいた時間が濃すぎて。
司に触れることのできない時が、寂しいの。



なんて、素直に言葉にできるあたしでもなく────




「牧野・・・・・・」




ほんの少し、司が屈んだ。
ゆっくりと近づく口唇を受け止めるため、あたしもほんの少しだけ顎を上げる。




途端に溢れ出す、切なさ。



昔は、この瞬間が好きだった。
数十秒後には確実に触れ合う口唇。


ゆっくりと近づく、愛しい人の気配。


何よりも、大事な瞬間。


それが・・・今は、別れの合図。






「うーーーー・・・」

なんだかいろいろ胸の中をぐるぐるしているものが多すぎて。
司からの電話を切る、あの時みたいに・・・・・・
上手く自分で処理できなくなってきた。


おかしいな、いつもはちゃんとできるのに。


モヤモヤした何かを抱え込みながら、なにかいい方法を探すんだけど。
それは余計にパニックを起こして。




ちゃんと言ったほうがいい?
言葉にしないと伝わらない?



寂しいよ
逢いたいよ
もっと一緒にいたいよ
明日の予定を立てようよ
傍にいてよ


あたしの、傍にずっといてよ。




「な、なに唸ってんだよ、おまえ」



あと数cmの距離だった口唇を慌てて離すと、司はあたしの顔をまじまじと見つめた。



「げっ。おまえ、泣いてんのか!?」



いくらでも零れ落ちる涙を拭うこともせず、怒ったように唸り続けるあたしに
司が困ったような感情を含めたまま、ため息を一つ。



「帰りづらくなるだろうーが」



ぶに、と頬をつままれた。



けど、それは痛いほどでもなく。
その優しさに、やっぱり涙は零れる。



ほんの少しだけ落ち着いてきた頭で考えるのは、やっぱり同じことで。




言えるなら言いたいよ。



「行かないで」



けど、わかってる。
一番司が困る言葉。



頭ではわかってるのに、それでも溢れ出てくる感情はどうしたらいいんだろう。
あたしはグーにした手に力を込めた。
溢れ続ける何かを、止めるように。



そんなあたしの手を、司の大きな掌が包み込む。
体温の高い司の掌は相変わらずで・・・
少しだけ力が緩む。
そしてゆっくりと絡むように伸びた指で、手を解される。



「いいか、牧野。笑え。泣きたい時こそ笑えよ」
「なに言ってんのよ。悲しいから、涙がでてくんのよ」



あたしは司の放った言葉に、スンと鼻をすする。
ほんのりと濡れている頬に空気の流れを感じる。

ひんやりとする頬は、泣いているという事実をしっかりと伝えてくれるのだけど。
やっぱり涙は止まってくれなくて。



「だから、悲しくなったら笑うんだよ」
「・・・・・・はあ?なに言ってんのよ」



鼻声で泣きながら強がるあたしはきっとかわいくない。
けど、強がってないと・・・ボロボロになっちゃう気がするの。
胸の中のモヤモヤ全部吐き出しちゃうと、きっとあたしはここにはいられない。
司のいない場所(とこ)でなんて、生きてゆけないもの。




搭乗ゲートへと飲み込まれてゆく、周りの人たち。
いつの間にかアナウンスでもあったんだろう。
疲れた顔をした人たちは、それぞれの目的地へと向かうためそのゲートを潜る。



そんな人たちの背中をぼんやりと見つめながら、何を言い返そうかと言葉を探す。
けど、強がる言葉はちっとも思い浮かばなくて・・・
結局あたしは、黙り込む。



「・・・おまえ・・・電話切った後泣くだろ?いつもむこーで考えてんだよ。
また泣いてんのかなーとか、泣きすぎて、いやになって類んとこいちゃうんじゃねーかな、とかよ」



類のやつも、油断も隙もあったもんじゃねーからな、と不貞腐れたように天井を仰ぐ司。


そんな司の言葉に、あたしは思わずうろたえた。



全部ばれてた?!
電話の後、強がって平気なフリして。
そして切った後、やっぱり落ち込んで。


え?でも、ちょっと待って・・・・・・


『いやになって、類のとこに行っちゃう?!』

やだ、あんたってこんなだった?
もっと自信家じゃなかった?


あたしが司のことを好きなのが当たり前で。
司が、何でも1番で・・・・・・。


あぁ、でもそれを言ったらあたしだってそうだ。
こんなに泣き虫じゃなかった。
こんなにうじうじ考えてなかった。



司も
一緒?



少しだけ元気が出てきたあたしは、深く息を吸い込む。



「・・・世界の道明寺司が、随分弱気なこと言ってんじゃない」
「な、なんだよ、突然元気になりやがって!」
「司も、そうゆうとこあるんだって思ったら、なんか安心したの」
「ケッ」



ゆっくりと続けられる言葉。



「いいか、泣きたい時は笑えよ。楽しそうなフリでもいい」
「フリは・・・フリでしかないよ・・・・・・?」



司の腕が、首を傾げたあたしをさっきの続きとばかりにそっと抱き寄せる。



「そうすれば、今までオマエが泣いてるんじゃないか、って考えてる時間・・・オマエが笑ってる顔思い出すことが出来る」



なによ、それ。



「俺の為に、笑え」



ずいぶん自分勝手な言い草だ。
けど、なんだか司らしくて笑える。
そうだよね、やっぱり司はそうでなくっちゃ。



笑いを堪えてるあたしに、司もほんの少しだけ頬を緩めた。



「約束だ」



そっと差し出された小指。
あたしもそれに倣うように差し出すと、小指を絡めた。






もう泣くな。






口唇が触れる瞬間、静かに零れ落ちた言葉。






ほんの数秒触れただけの、口唇。
あっさりとしたそれがすむと、司はそのままゲートに消えた。
ほんの少しだけ────少しだけ、お互いの小指が離れがたかったけど。



けど、こんなんじゃ周りのギャラリーの期待にも副えないっつーもんで。



ちらりと周りを見上げたあたしと視線が合うと、おじさんたちが急いで視線を逸らすのがおかしくて。
苦笑しながら司が歩き出した方向とは逆に、歩き出す。



司はあっち。
あたしはこっち。





未来を一緒に過ごすために、今は別々の道を行く。



そうだったんだよね。
自分の想いで精一杯で、あたしすっかり忘れてた。



こんな想いも、全部、これからのため。





司、また
あとでね。





いつのまにかすっかりと頬が乾いていることに気づく。

司がそうだったように、あたしも一度も振り返ることなく空港を後にした。








アパートに帰る電車の中、携帯にメールが入る。
『フリを続ければそれはいつか、ホントになる』
たったそれだけのメールに、あたしはしっかりと歩んでゆく勇気をもらい
司が飛び立つ真っ暗な夜空を見上げながら





ゆっくりと小指にキスを落とした。








おしまい





2004、8,31     momota





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