SKY GARDEN
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いつも、大好きなものは最後まで残してた。
司おじさんからもらった、スワロフスキーのビーズ。
あきらおじさんからもらった、シリアルナンバー入りのテディベアー。
総二郎おじさんからもらった、兎の帯どめ。
だって、大切だったから。
大切だったから、使えなかった宝物。
とけてしまうんじゃないかと思うほど眺めていたけれど……とうとう、使うことのなかった宝物―――。
*** これが最後の選択肢
「あ。桃、そういえばケイが今夜話があるから、お前の好きな店予約したってよ」
「へえ、珍し……ケイが……ねえ」
類クンからの伝言を、さりげなく受け止めながら制服のリボンを結びなおす。
器用に指先を動かしていたけど、頭の中ではゆらゆらとちらつく、年上のきれいな女性。
―――彼女も、いるのかな。
不意に浮かんだ。
ケイよりも、年上で……同じ会社で……いつからだか、自然と彼の会話に登場するようになった、あの人。
別に彼女ぐらい、いてもいいと思う。
ケイだって、男だ。恋愛のひとつやふたつ、こなしてないと…ね。
それでも、あたしの知ってる範囲でお願いしてもらいたい。
隠し事なんて、絶対だめ。
だって。
家族、でしょ?
類クンと…ママさんと、ケイとあたし。
誰にも邪魔されない関係。
さすがにそれがずっと続くと思ってるほど、幼くない。
いつかは、ケイだって結婚するだろうし……あたしも、ここを出ていくことになるだろう。
けれどそんな日は、まだまだ先。
ごくり、と喉がなる。
いやな予感ほど、当たるんだ。
まだまだ、先……だよね?
類クンを見ると、のんきにママさんが淹れたコーヒーなんてすすっていて……
そんな類クンを愛おしいと思う気持ちと、ケイを愛おしいと思う気持ち……
同じようで、違う気がした。
女将さんに通された部屋は、一番奥の突き当たりだった。
ケイのお気に入りの秘書兼、最近ではSP状態の亜門さんがペコリ、と頭を下げた。
それにつられて、あたしも頭を下げた。
そのまま、女将さんの後に続こうとした瞬間、耳元で囁かれた。
「会長も、お見えです」
驚いて振り返るけど、亜門さんは何事もなかったように頭を下げたままで。
あたしの心臓は鼓動を急上昇させたまま、朝のいやな予感の的中を確信した。
おじい様がいるってことは、おそらくケイからの決定打が入るってことだ。
おじい様が、認めるにしろ…認めないにしろ……。
座椅子の前に来ると、すとんと力が抜けた。
そうか、やっぱり今日、なんだ。
いつか、来る日。
けれどまだ覚悟ができていない。
大好きな、大好きなケイ。
小さい頃は本気で、彼と結婚すると決めていた。
彼の優しさはいつも目に見えなくて……
それが尚更、沁み入るんだ。
後になって実感する優しさほど、うれしいものはない。
大事にされてると実感すればするほど、切なくて恥ずかしくて甘い痛みに胸の奥が捕らわれた。
「学校大丈夫だった?」
ママさんが、ぼんやりしてたあたしに気遣ってか声をかける。
「……ん。今日、おじいさまも一緒だったんだ」
チラリと、視線をおじい様に向けると、ふてくされたように座っていたおじい様と視線が絡んだ。
「あ、うん。本当はあたしたちだけだったんだけど…なんか急に一緒することになって……
「挨拶してくるね」
ママさんの言葉を最後まで聞かないで、席を立つ。
ゆっくりと、それでいて機敏に。
音を立てずに、畳を踏みしめる。
幼いころに叩き込まれた作法が、おじいさまを見ると自然と思い出す。
「おじい様、ご無沙汰してました」
おじい様の横に膝をつき、両手をついた。
「久し振りだな。学校はどうだ?」
当たり障りのない会話。いつものこと、なんだけど。
いつからか、おじい様もおじい様なりに気を使ってるのが分かるようになった。
女の子のあたしが苦手なのか。
おじい様の嫌う、ママさんの娘であるあたしが苦手なのか。
どちらでもいいけれど、あたしも外面ってものも理解してきた今日この頃。
愛想笑いなんて、お手のもんなの。
「とっても楽しいです」
にっこりと笑うと、おじい様も困ったように笑った。
……人生の年季が違う。愛想笑いなんて、お見通しなのだろう。
「そうか。それはよかった」
ケイにはだいぶ厳しく接してきたと聞く。
その反面、あたしには関心がないのか特に厳しくされたイメージはない。
普通の、マナーにはちょっと厳しい祖父…ってくらいで。
「……何か困ったことがあったら、何でも言いなさい」
「はい。ありがとうございます」
ペコリと頭を下げて、あたしは自分の座席に戻る。
この場にいることの是非を自分の中で問いながら、
落ち着きなく、制服のスカートのプリーツを何度も指先で確かめる。
何度も行き来している指先が、廊下のざわつきに気づいて止まった。
――きた。
本能的に、警戒する。
花沢家だけの空気とは違う、他人の混じった雰囲気。
あたしも花沢家の端くれだったってことだろうか。
悲しくもこんなところで実感することも、ないでしょうに。
自嘲しながらもあたしは正坐している足を組みなおす。
静かにふすまが開いたと思ったら、ケイが立っていた。
その後ろには、当たり前のように……彼女がいて。
まともに見たのは、今日初めて。
うつむいてはいたけれどはっきりとした顔立ちは、意志の強さを表しているようで好感がもてた。
それでも、それは人として、だ。
ケイの恋人としてなんて……どんな完璧な人でも絶対に認めることなんてできない。
あたしと視線が触れて、ゆるりと微笑まれた顔をわざときつく見返した。
おじい様に、喧嘩を売るような態度を見てあたしの心臓は、全力疾走している。
普段争いを好まないケイの、初めて見る感情をむき出しにした態度。
それがあまりにも男っぽくて。
指先が震えてることに気づいたのは、ママさんがあたしの手を握ったから。
さっきまで、おじい様のイヤミでママさんのこと心配していたのはあたしのほうだったのに。
いつの間にか、立場が入れ替わっていた。
『大丈夫だよ』
ママさんの漆黒の瞳が告げる。
こんなときほど、自分が子どもなんだと実感する。
なにも出来ない、あたし。
逆らうことが一番じゃない。
従うことも一番じゃない。
じゃあ、何を選べばいいの……?
「桃、目をつぶっていなさい。耳も塞いで。なにも怖いことなんてないから」
ママさんが、優しく告げる。
「ごめんね。大人の都合に巻き込んで」
あたしはママさんの謝罪を聞いてから、ゆっくりと瞼を下ろす。
―――ううん、大丈夫。ママさんが謝ることないよ。
おじいさまが怒鳴っているのがかすかに聞こえる。
珍しいことじゃないのだけど。
怒鳴り声に、本気の怒りが含まれていて……
さっきまでの困った笑顔が、真っ暗な瞼の奥で悲しく歪む。
長い時間だったのか。それとも数分だったのか。
ふと落ち着いた空気感に顔をあげると、ケイが彼女を引き寄せてる場面だった。
いったい何がどうなって、こうなってるの?
混乱する頭とは裏腹に、目の前の主役たちはピンクのハートを飛ばしている。
あまりの変わりように、怒りの言葉すら出てきやしない。
ママさんに助けを求めても、曖昧に微笑むだけでなんの手だてもないらしい。
二人が去った襖をいつまでも見ていても、何も変わりはしない。
結局、おじい様は怒りを隠しもせず帰宅。
あたしたちも、そのまま帰宅することになった。
ママさんと女将さんが、親しげに話してるのを横目に通り沿いに止めてある車まで類クンと向う。
こっそりと類クンを盗み見してみるけど、いつもと違った雰囲気なんて微塵も感じさせない。
息子の結婚宣言を聞いて、なんとも思わなかったんだろうか。
こんな複雑すぎる感情を抱えてるのは、あたしだけなのだろうか。
大事すぎて。大切すぎて、触れることすらままならなくて。
見てるだけだった、宝物。
もういい。
わかった。
「あたし、これから大好きなものは一番最初に選ぶことにするっ」
ぐし、っと涙をぬぐいつつ、類くんに宣言。
「……なに、急に?」
「大好きなもの、取り損ねたっ」
本当はワンワン泣きたかったけど。
ここで大泣きしたら、死ぬまで類クンにからかわれるのがわかってたから、あたしは喉にこみ上げる熱いものを飲み込む。
「それはそれは、残念だったね。桃、あそこの茶わん蒸し大好きだもんね」
「…ちゃ、茶わん蒸しじゃないっ」
「冗談だって」
冗談と言いつつも、カラカラと笑われて。優しく大きな掌で撫でられて。
せっかく飲み込んだものがせり上がってきた。
ぴったりと蓋をされたように、籠る喉。
「ま、桃には残念でも……俺にとっちゃ、万歳、なんだけど?」
すべてをわかってるかのように笑う類クンに、思わず動きを止めた。
「な……なんで?」
「だって、ケイがいなくなったら……俺を一番にしてくれるでしょ?」
意地悪そうな笑顔を、思わずパンチしたくなった。
自分の内緒にしてきたつもりの感情がばれてたことに、じゃなく
あまりの王様っぷりに、腹がたったから。
「類クンの一番は、ママさんでしょーーー!そんなの絶対不動なくせにっ」
ばれたー?と、言うように舌を出した類クンに、思わず絶句。
「俺はわがままだからね。いろんな人の一番でいたいんだよ」
あいた口がふさがらなかったけれど、これはこれで類クンらしいと思わず頷いてしまう。
「まだ桃くらいじゃ一番は一人だけなんだろうけど。俺くらいの年になると、一番なんてたくさんいるんだ。大切なものが増えるのって、俺は悪いことだとは思わないけど?桃だって、ずっと昔から俺の一番だよ」
ふわりと温かいものに、肩を抱かれた。
ポンポンと肩を叩く心地よいリズムが昔とちっとも変らない。
恥ずかしげもなく、ぬけぬけと一番になりたいと言い切るこの人の娘でよかった。
抱きしめられることをためらいもなく受け入れられるのは、類クンだけだ。
これだけは、昔から変わらないんだよ?
ケイに抱きしめられると速さが衰えない心臓。
やっぱり、愛しさの種類が違う気がするけど。
もう気にしないでおこう。
いつまでも駄々をこねていられる子供じゃない。
もうケイからの愛情は、たっぷり受けた。
それを思い出すと、ちょっぴり泣けるけど。
ケイがあたしからの祝福を望むのなら、あたしは…それを捧げようと思う。
少し時間がかかるかもしれないけど。
彼の望みを叶えることを、最高の幸せだと思うから。
彼女を引きずるように連れ出した彼は、もう決めていたんだ。
あたしに反対されようが…おじい様に反対されようが、一番の人を。
怒り顔のあたしよりも、大好きな人の腕に守られている赤い顔のあの人。
わがまま女王のあたし――、か。
自分の気持ちを吐露した、気の強い彼女――、か。
最後の選択。
ケイ、幸せになって、ね。
あたしはもっともっと、幸せになってやるんだから。
コツリと、類クンの肩に頭を預ける。
あたしの重すぎる感情も、ほんの少しだけ預けてみた。
おしまい