SKY GARDEN
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***指先一本のふれあい






ホッとしたのか。
残念だったのか。


自分でも、よく分からなかったりする。



数時間前にきた、短いメール。



『当分お昼、一緒にできないや。ごめんね』



返信してないけど。
それはいつものことだ。



挨拶を交わすようになって。
おしゃべりするようになって。
なんとなく、一緒にいて。なんとなく、くつろいで。
それが当たり前になってた毎日に、このメールで気づかされて自分でびっくりした。



彼との時間が、こんなに自然になってしまっていたの?



びっくりしすぎて。
いつものタイムスケジュール通りに動いてしまい、結局ここにきてしまった。



あたしは、犬か。
いつもの見慣れたドアの前で、思わず自分を情けなく思う。
一人なんて、ちっとも普通のことなのに。
このドアの向こうに、人の気配がないことがとても寂しく感じる。



さて、どうしようか。
なんて事ない、茶色のドアを見つめつつこれからのことを考える。


ただでさえあたしがケイのそばにいることに、いい顔されてないのに……
ケイのいない専務室で、お昼を食べるなんてもってのほか。
けど今更社食にいくのもなんだし。
このまま、屋上に行ってそこで食べようか。



エレベーターが到着した音にも気づかず悶々と考えていたら、不意に声をかけられた。



「あれ?星野さん?ケイ、いないよ?」



慌てて振り返ると長身の細身の人が、優しく笑いかけていた。
内心、あわあわと動揺しながらも、目の前の人には悟られれないよう笑顔で微笑み返す。



「あ。ハイ。知ってます。いつもの癖で、ついきちゃいました」



たしか。彼はケイの秘書をやってる…亜門さんだ。
ほんの少し、気を緩める。
彼は……大丈夫。
あたしがここでお昼を食べることを掛け合ってくれた、一人だそうだ。
ケイが、めずらしく嬉しそうに彼のことを話したので、覚えてた。



「ドアの前でしょんぼりしてたから、どうしたのかと思った」



『しょんぼり』って単語にさらに動揺したけど、笑顔を一つも崩さない自分を褒めたい気分だ。



そんなあたしを全部お見通しのように笑いをかみ殺しながら、そっとドアを開けてくれる亜門さん。
それが「入れば?」って意味だと知るまでに、少しかかった。



「あっ、いいですいいです!私、社食行きますから」



さすがにあたしもここまで図々しくない。
慌ててエレベーターに向かおうとする腕を、軽くつかまれた。



「いいのいいの。ヤツに頼まれてたんだ。『もし絢さんがきたら、入れてあげて』って。だから遠慮しないで、お昼ここで食べてけば?」



ああ、言いそうだ。



ケイの口調を思い出して、思わず大人しくなる。
昨日一緒にお昼を食べたばかりなのに。
なんだか懐かしく感じてしまう。



悲しいのとも、違う感じがするんだけど。
こう、なんていうか……
胸の奥がきゅーってして。



今度はいつ会えるのかな、なんて思ったらどんどん悲しくなって。
今にも泣きそうな顔隠したくて、遠慮なく使わせてもらう事にした。










ほんとは、コーヒーだけ飲んで戻るつもりだったのだけど。
意外にも空腹を訴えるお腹に負けて、手持ち無沙汰だった二人分のお弁当を食べる。


さっきまで泣きそうだった気持ちも、だいぶ落ち着いていてホッとした。


もぐもぐと口を動かしながら、いつもは、目の前であたしが食事をするのを眺めてる人がいないだけで
部屋がずいぶん広く感じることに気づいた。


専務にコーヒー入れさせてるなんて、きっとこの会社であたしだけだろうなあ、なんて毎回思ってた
食後のコーヒー。


今日は自分で淹れてみた。


少し渋みがきつい2杯目のコーヒーを、いつものカップに注ぎながら
今日は持ち主のいない寂しそうな隣のカップを眺め、ふと思う。



ああ、そうだ。



さっきの感情は、悲しいじゃなくて。
寂しい、なんだ。



こんな静かな時間が普通だったのに。



いつも彼が座っている椅子に座ってみる。



かすかな軋む音とともに、背もたれが撓んだ。
肘あてが、ちょうどいい。



ゆっくりと目を閉じる。
ほんの少し、彼の香りがする気がする。



また、あたしの体を駆け巡る甘い感情。



こんなに反応してしまうなんて。
こんなに甘い痛みが、切ないものだったなんて。
このままここにいたら、あたしはこれに飲み込まれてしまう。



慌ててふるふると、頭を振り、よろよろと立ち上がる。
なにかほかのことを考えなければ。と、必死になって言い聞かせてる頭の中は、彼のことでいっぱいなのに。



無駄な抵抗?
それでも、なにか抵抗してないと……怖い。



はめ込みの窓まで来てみた。
地上から数百メートルのところは、さすがにあたしがいつも見てる景色とは違って。
少しだけ、太陽に近い気がする。



そっと下を覗くと、だいぶ小さい車がせわしなく動いているのが見える。
ジオラマみたいな光景に、コーヒーカップを持ったまま立ち上がった。



こつりと額をガラスに押し付ける。
12月の冷気にたっぷりと冷やされたガラスが、ゆっくりとあたしの額の熱を奪う。



もう彼のことは考えちゃだめ。と思う反面
今頃、なにしてるのかなあ、なんて。



やっぱり、無駄な抵抗なのか。
彼の魅力は、相当なもんなんだ。
どうしよう。これから、どうしよう。
きっと、あたしはこれからどんどん彼に惹かれていくに違いない。



手の中のカップから立ち上る湯気を追っていると
目の前のガラスの不自然な汚れに気づいた。



それに、つ、と指を這わせようとしたとき、不自然な形に指が止まった。



え。これ汚れじゃない……。



見慣れた癖のあるひらがなに
あたしは数歩、後ずさった。



それは、あたしのコーヒーカップから昇る湯気の所為で
意外なところからの、彼からのメッセージ。



『すぐに帰るから、待っててね』



ああ、あたしの行動はやっぱり読まれている。
そう思うと、なんだか少し笑えた。
そして、寂しさすらもほんの少し和らいだ気がする。



どんな表情(かお)して、コレを書いたんだろう。



数時間前、彼が書いた文字の上をあたしの指が滑る。
さっきよりもたくさんの甘い痛みを、あたしに振りまきながら――――。







おしまい。





珍しく、ちょいちょい更新してます(笑)
(って、いやこれがほかのサイトさんではふつーだし)

私、基本「お。このネタでお話書こう!」と思うと、おんなじネタで何本か書き始めるので
また似たような話がUPされるかも。うん、かも(笑)
ネタ不足〜!っていうか、同じネタでも書いているうちに全然違った感じになったりするので
自分でも面白いです。

そろそろ桃ちゃんのお話も書きたいな。

2011,11,13    momota


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