SKY GARDEN
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彼女の隣になんて、一生並べないと思ってた。
彼女がブラコンなのは、学園内でも相当有名だったし。
この学園の卒業生でもある彼女の兄や父は、今の在校生でも知ってるほどだった。
彼女の隣に並ぶには、彼ら以上…もしくは、同等のレベルじゃないと、なんて噂されてた。
それほど――、だったんだ。
「は、花沢サン。今日、僕と一緒に……日直なんだ……けど……」
帰り支度をしていた彼女に思い切って声をかけた僕の声は、誰が聞いても分かるほど震えていた。
僕の腕の中の日誌と、僕の顔を何度か見比べる、漆黒の瞳。
友人と談笑しながらコートを着込んでいた手を止めた彼女は、きょとりと首を傾げた。
「あっ、あっ、でも用事があるなら、僕一人でやっとくからいいよ!!」
僕を見つめる大きな瞳に飲み込まれそうになって、思わず後ろに一歩下がる。
驚くくらいの速さを刻む心臓や、乾ききった喉を悟られないよう少しづつ距離を取っていたら
彼女の腕が、僕に向かって差し出された。
その腕は、反射的に身を守る素振りをした僕の腕から日誌を受け取ると、何事もなかったようにコートを椅子の背にかけた。
「ごめん。じゃ、あたし日誌書くよ」
「えーーー!何でよ〜!桃!カラオケ行く約束じゃーん!」
「んもうなんだよー!森永!日直くらいアンタが一人でやりなさいよ!」
僕は慣れっこだったけど。
全身にブーイングを受ける花沢サンは、何てことないようにカバンをあけて筆箱からシャーペンを取り出すとカチカチと鳴らした。
「日直は、男女ペア。コレ、決まりでしょ」
当たり前のことなんだけど、彼女に言われると誰も逆らえない。
「終わったらすぐ行くから。先行ってて」
友人を上手く宥めながらも、日誌に日付を書く手を止めない。
すらすらと動く指先はこれ以上の反論を拒否していて、クラスメートたちは押し黙った。
いつもクラスの中心にいて、なんでも器用にこなす彼女。
誰もが彼女の回りに居たがる。
穏やかな笑顔は、百合の花ような大人な感じで。
彼女のことを悪く言うことなんて、今まで一度も聞いた事がないくらいだ。
「ほら!森永くんも、さっさと仕事して」
思わず見とれていた僕に、激が飛んだ。
しぶしぶと教室を出て行くクラスメートを見送ると、僕も自分の仕事をこなすべく後ろのロッカーからモップを取り出した。
金持ち学校には珍しく、掃除をやる習慣がある英徳学園。
なんでも、一般家庭の環境に慣れましょうってことらしくて。
一般家庭の僕には、なんてことないことなんだけど
「これ、なに?」とモップを真顔で反対にもって使おうとしたクラスメートには、閉口した。
誰もいない教室に響く、彼女のシャープペンシルが走る音。
リズムの崩れないそれは、なんだか心地よくて。
机の間を進みながら、ちらりと彼女を上から覗く。
まだ三分の一しか埋まっていない日誌を見て、ホッとした。
まだ、一緒にいれる。
憧れの人―――。
恋愛感情とかじゃなくて、……人として憧れてるんだ。
自分の意見をしっかり持ってて。
しかも、それをちゃんと口に出来て。
曲がった事が、大嫌いで。
何度もいじめられてる僕を助けてくれた。
なにか、話したいけど……
急に話しかけたら、また怒られるだろうか。
それでも、彼女と言葉のキャッチボールがしたいと切に願う僕は、なんて健気なんだろう。
自分でも呆れる。
「…あ、あの……」
呼びかけたはいいが、何を話すべきか。
言葉が続かない僕の次の言葉を待って、彼女は顔を上げる。
ああ、キャッチボールどこの騒ぎじゃない。これじゃ、投げっぱなしじゃないか。
しかも彼女は受け取ることすらできないでいる。
「は、花沢サンちは、すごいねっ」
挙句の果て、やっと出てきた言葉がコレだ。
「……」
僕が何度モップを机にぶつけても途切れる事のなかった心地よい音は、ぴたりと止んだままだ。
「なにが?」
ふと、声色がきつくなった気がした。
もともと女の子らしいというか……この学園特有の媚びたような雰囲気がない彼女の事だ。
いつもと一緒だよ。と彼女に微笑まれたらまんまとだまされそうなんだけど。
けど、いつも彼女の声を聞くのを楽しみにしていた僕は……聞き逃さない。
「え、えっと。おうちはお金持ちだし、あんなにかっこいいお父さんやお兄さんがいてさ……」
しどろもどろになった僕は、とうとう言葉に詰まる。
しまいには、変な汗までかいてきた。思わず、両の掌をズボンで拭った。
そんな僕をかわいそうに思ったのか、彼女は困ったように笑うとなぜか僕に謝った。
「ごめん。父や兄がかっこいいのは、その通りなんだけど……家にお金があってもあたしが自由に使えるわけじゃないし…ねぇ?」
「ねえ」と問われても、金持ちじゃない僕にはなんと答えていいやら。
「まあ、僕のうちは使いたくてもお金がないんだけどね」
「あはは。じゃ、あたしと一緒だね」
けらけらと笑う彼女に僕もつられて笑ってしまった。
「森永くんは……お金もちの家に生まれてきたかった?」
ふと、問われた言葉に素直に頷いた。
「うん。そりゃあ、ないよりはあったほうがいいでしょ。大は小を兼ねるって言うでしょ。それと一緒じゃない?」
ブハっと口にためていた息を思い切り噴出された。
我慢していたのか、笑い始めた彼女を止める事はできなくて。
涙を零しながら笑い続ける彼女を、僕はしょうがなくモップを支えにしばらく眺めていた。
そして、気づく。
彼女は、百合の花なんかじゃない。
―――大輪の向日葵、だ。
「あー。面白かった。そうか、そういう考えもあるんだね」
花沢家お迎えの車を断った彼女は、信じられない事に僕の隣を歩いていて。
教室の端から、本を読むフリをして彼女をこっそりと盗み見ていた僕に教えてあげたいくらいだ。
彼女までの距離、15cm。
その距離を変えることなく、駅までのまっすぐな桜並木をゆっくりと歩む。
「ごめんね。あたし、類クン譲りで…って、ごめん。父親譲りで、笑い始めるとなかなか止まらなくて。ママさんにもよく怒られるんだよね」
まだ笑いすぎて涙声のままだったけど。
普通に会話が出来るくらいには、回復している。
ああ、彼女と憧れの会話のキャッチボールだ。
「いや、いいんだけど。あんな花沢サン初めてみたよ」
コレはほんとにびっくりしたこと。
「まあね、あたし学校じゃかなり猫かぶってるし」
平然と口にした彼女を思わずまじまじと見つめ返した。
クラスでは、幾分年上に見えていた彼女。
でも、今僕の隣で笑っている彼女は、14歳の女の子そのまんまで。
こんな僕が、隣に並んでいてもおかしくない気がする。
まあ、外見は置いておいて中身の問題ね。ウン。
大人な彼女も。等身大な彼女も。どちらも僕が知っている花沢桃に、変わりはない。
大好きな人の、両面を知る僕はなんて幸せなんだろう。
ん?
これって、幸せ……だよね?
むずむずとした疑問を、どうしても納得させたくてつい聞いてしまった。
「花沢サン……一つ聞いていい?」
いいよ、と僕を見上げる瞳。
「僕の前では……猫かぶらないでいいの?」
嬉しいような、悲しいような。
複雑な心境だったけど、彼女にちょっとだけ近づけたんだ。
喜んでいいんだよ…な?
彼女の顔を見ることができないで、俯きながら自分を励ましてみる。
けれどいつまで経っても返ってこない答えに、とうとう顔を上げると彼女はなぜか真剣な顔をして考え込んでいて。
そんなに答えづらい質問だったのか、と慌てて言い訳を考えた。
「ご、ごめ。答えづらいこと聞いちゃったかな」
「イヤ、ごめん、ちょっとなんか忘れてる気がして……なんだっけ……ギャ!カラオケだ!!」
ああ、そうだった。
彼女は、友人と約束をしていた。
彼女はかばんを小脇に抱えると、紺色のハイソックスを上げなおす。
きらりと黒い瞳に浮かんだ「やる気」は、なんだか見ていて清清しい。
まるで戦闘態勢に入るみたいだ。
僕のほうが、思わずごくりと喉がなる。
そんな僕にはお構いなしで、トントンと茶色いローファーのつま先を確かめると、何を納得したんだか「よし!」だって。
むむ、これって走る準備なの?
本当に花沢物産のお嬢さまなの?この人。
僕はハイソックスの変わりに、思わずずり下がったメガネを上げなおす。
「ごめんね、あたし、逆方向だった」
「また、明日ね」と、背中をたっぷりと隠している長い黒髪を一つに束ねた彼女は、スマートにスタートを切った。
見とれるくらい軽やかな後ろ姿に、僕も思わず声をかける。
「うん、明日ね」
胸の前で、小さく手を振る。
ああ、彼女との距離がどんどん離れていく。
彼女はもう後ろなんて振り返らないだろうけど。
それでも、手を振るそれは友人同士のサヨナラの定番だ。
――友人で、いいよね?
僕の心の中の問いかけが、聞こえたわけじゃないだろうけど。
僕の予想を裏切って振り返った彼女。
別に隠す事なんてなかったんだけど、僕は胸の前で小さく振っていた手を慌てて隠した。
そしたら……
「あたし、これでもまだまだ森永くんの前でも猫かぶってるんだよ?」だって。
ああ、それは楽しみだ。
まだまだ違った彼女を知れる。それが、とんでもなく嬉しいんだ。
にやける顔をどうすることもできないで、鼻をこすって誤魔化した。
ウン、やっぱり幸せだ。
そして
彼女のことばかり考えてることに気づくのは、まだまだ先のことだったり、する。
おしまい。
2008,1,17 momota