伝承…関弓巷話(十二国記)
「子供の頃の話が聞きたいって…?」
「別に構わないが…とりたてて、珍しいことはなかったと思うがな…」
その頃、俺は関弓の下町に住んでいた…父親は俺が小さいときに病気で死んでしまって、疫病なんかじゃないぞ…元々身体が弱かったんだな、今の主上の御代になってから疫病なんか流行ったことがないっていうからな…ま、そんなわけで母親が野菜の行商をしながら俺を育ててくれた。
朝早くに、近在の農家なんかを回って新しい野菜を分けてもらって、それを小さな手押し車にのせて売りに行くんだ。
少学に上がる前までは、俺もいっしょに行っていた…本当に小さい頃は手押し車の端っこに乗っかって、少し大きくなってからは一人前に車を押すのを手伝って…今から思えば、かえって邪魔だったかもしれないが、母親はそんなそぶりは全く見せなかったな…そうやって、ついて行ったものさ。
ああ、回っていくお得意さんの中には、俺にって飴なんかを握らせてくれる人もいたな。なかなか可愛かったんだぜ俺、今じゃこんなだがな。
だけど、少学に行くようになってからは、そうもいかない…朝、母親が出て行くのを見送ってから、出かけて行く…そして少学から帰ってきてからは、そこらの悪餓鬼仲間と、母親が戻ってくるまで泥んこになって遊んでいた。
そこらあたりじゃ親が忙しくて構ってもらえない子供が結構いて、みんな同じような境遇だったから別に寂しいとも思わなかったけどな。
少し年嵩の子が年少の子の面倒を見て、その小さなかった子が大きくなればまた小さな下の連中の世話をする…そんな感じで仲良くやっていたのさ。
何して遊んだか…そうだな、何でも一通りのことはやったと思うな。
隠れ鬼とか、木登りとか、宝探しなんかもやったな…狭い路地の中を走り回って、近所の大人に怒鳴られたこともある。
少し開けたところだと男の連中はあちらとこちらに別れて陣取り合戦だな、棒切れなんか振り回して、誰が大将だとか騒いだものさ。
女の子は…そうだな、人形遊びだとか、商いのまねごととか、こまごまとしたものが好きなもんだ。
歌か…あったにはあったが…ちょっとした調子を取るための、言葉に節回しがついただけ遊びみたいなものだ、たいしたものじゃない。
縄を跳んだりするのとか、石を蹴って遊ぶのとか、隠れ鬼のときの呼び声とか…へえ、他所の国じゃあんな歌は歌わないのかね?
ここらじゃ、みんな歌っているがね…。
結構古いものじゃないのか…たしか、母親もそんな歌をうたって遊んだって聞いたことがある。
母親は、そのまたばあさんに教えてもらったとか言っていたように思うが。
そういえば、こないだ光州の北の方へ商いで行ったんだが虚海の近くの小さな街でも、あの頃の歌を聞いた…路地裏にいた子供たちが鞠で遊びながら口ずさんでいた…懐かしかったからよく覚えているのさ。
その帰りだったかな、街道を乗合馬車に乗ってもどってくる途中…傍の木に登って遊んでいる子供達を見かけた…街道を馬車や荷車が通るたびに騒ぎ立てていて、まるで猿の集団さ、中には蝙蝠みたいに逆さにぶらさがっているのもいてな…幼かったころの自分を思い出してしまったよ。
その中の一人が頭に布を巻いていたんだな…遠目からでも端の垂れている布が風にひらひらとしているのが見えて、それで…思い出したのさ。
ろくた…とかって名前の子がいた…いつ頃と言われてもな…とにかく、気が付いた時には、遊び仲間に入っていた。
いろんな遊びを知ってるやつだった…だから、こいつがくると楽しかった。
家とか親のこととか…どうだったか、覚えがないな…多分、親が迎えに来ることもがなかったのじゃないかな?
日暮れ時に親が捜しに来るのは、本当に小さな頃だけだ。そこそこ大きくなってしまえば、それぞれが勝手に家に戻っていくもんだろ。
で、いつのまにか来なくなってしまっていた…なんだか物足りない気がしたのを覚えている。
でも、仕方のないことだしな…大きくなってくれば、親の手伝いに駆り出されることもある、他に興味があることも出てくる…いつのまにか、遊び仲間の顔ぶれが変わっていくことはべつに珍しいことじゃない。
そのろくたなんだが、いつも頭に布を巻いていたんだ…それが、その木に登っている子供にそっくりで…まさか同じ人物であるはずがないんだが、ひどくびっくりしたのさ。
だって、そうだろう…俺が小さい頃に一緒に遊んだろくたなら、今は俺と同じでいいオヤジになっているはずじゃないか。
*****
「…あの…」
遠慮がちに声をかけられて、朱衡は足を止めた。
「…どうされました…?」
少し困ったようにたたずむ隣国の王に尋ねる。
「実は昨日、楽俊に会いに大学まで、行ってきたのだが…」
「…ええ、そういえば景王君のお姿が見えないと、女官たちが騒いでおりましたね…こちらにお出でになったからといって、うちのあの主従の真似をなさることはありませんのに…」
皮肉を含んだ言葉に、頭をかきながら陽子は言葉を続けた。
「…すまない…延王には、一応許可をいただいておいたのだが…」
「ああ、そうでしたか…でも、その主上もどこかに出かけてしまっていては、仕方がありませんね。」
少しばかり、微笑が冷たく見える。
「…すまない…」
陽子は素直に頭を下げた。
「…で、なにでございましょう…?」
すっかり小さくなってしまった女王に、朱衡は笑って先を促した。
…うちの主従も、これくらいしおらしければ可愛げのあるというもの。
「大学に行く途中、路地裏で子供達が縄を跳んで遊んでいたのだが…そのときに口ずさんでいた歌が…なんていうか…」
「あちら風の歌だったというので、ございましょう…?」
みなまで言わせないで答えた秋官長大司寇に、陽子は頷いた。
「言葉は少し違っていたけれど…こちらとあちらでは言葉が違うから無理ないけれど…意味は似ていたし…なによりも、節回しがまったく同じだった…」
「…はい…」
「それから、女の子が二人向かい合って手を合わせて遊んでいるのも見たけれど、それも聞いたことのある歌だった…」
「…ええ…」
「…慶でも、歌を口ずさみながら子供達が遊ぶのを見たことがある…けれど…」
「…こちらとは、違う風なのでございましょう…」
静かな答えがあった。
「…これって…つまり?」
「…台輔の仕業でございますね…」
「ああ、やっぱり…」
陽子が笑うのに、朱衡は頷いてみせた。
「今の主上が登極なさる前に、五十年の空位時代があったのはご存知でしょう…この国は、本当に荒廃しきっていたのです。
国が荒れてくると人々は子供を願わなくなります…自分の命でさえ、疫病や妖魔におびやかされる毎日ですのに、子供を欲しいと思う者はおりません。せっかく授かった大切な小さな命を、失うのは哀しいものですからね。
だから、主上が位に就かれたとき、この国にはまったくといっていいほど子供がいなかったのでございます。」
陽子は黙って頷いた。
「でも、王が玉座におられるようになれば里木に帯を結んで子を願うものが現れて、やがて実が生るようになります。そのころの台輔は、たびたび関弓に降りて里祠をのぞきに行っては、実の数を報告してくださいましたよ。」
遠い目をしながら、朱衡が話す。
「そんな風にして、小さな子供の姿がちらほらと見かけられるようになったのですが…」
言いよどんだ朱衡に陽子は首をかしげた。
「子供の遊びなんてものは、わざわざ学舎で教えるものではありませんし、書物に書き残してあるものでもありません。いつのまにか、年長の子供から年下の子供へと伝わっていくのです。ところが、その数年間に生まれた子供達には、お手本になる年嵩の者達がいなかったのです。」
「…うん…」
「大人たちは荒廃した大地を耕すのに忙しかったですし、普通ならのんびりと子供の相手をしてくれるはずの年寄りも、あの空位の時代に死に絶えてしまっていたのです。もちろん子供というものは、棒切れ一本、石ころ一つあればそれなりに遊ぶものですが、何人かが集まっての遊びとなると、なかなか自然にというわけにはいかなかったようです。」
赤い髪の女王は、深く頷く。
「…だからでしょうか、時々台輔はこっそりと子供達の遊びの輪の中に入って行かれていました。ちょっとした、遊び方の切っ掛けを与えたり、調子を取るための歌を教えたり…でも、台輔はあちらでお育ちになった方…」
「それで、雁の子供達は蓬莱の歌をうたって遊ぶようになったのですね。」
納得した顔の陽子に、朱衡は苦笑してみせた。
「あのころは、さすが麒麟だ慈悲の仁獣だと、帷湍なんぞは涙を流さんばかりに感激していたのですがね…。」
大きなため息をついて毒舌が続く。
「まったく、あの頃台輔が遊びに行くのを黙認していたせいでしょうか…五百年たった今でも、ふらふらと遊び癖が抜けなくて…本当に困ったもの。」
朱衡の愚痴になんと答えたものかと、緋色の髪の女王が逡巡していたとき、後ろからパタパタと軽やかな足音が近づいてきた。
「…陽子、一人で楽俊のところに行ってきたって?」
「延台輔…」
「…一緒に行きたかったのに…」
陽子の袖をつかんで、しきりに文句を言う麒麟に厳しい言葉が降りかかる。
「…台輔、先ほど靖州の州宰が捜しておりましたが…こちらに、おいででしたか。」
「…げ…」
六太の首根っこをすばやく押さえ込む手際のよさに、さすが五百年と妙なところで感心してしまった陽子だった。
「六太くん、聞きたいことがあるんだが…」
「…なんだ?」
「どうして、蓬莱の歌をこちらに伝えようと思ったわけ?」
「別に…深い意味はないけどな…尚隆と俺があちらで生まれ育ったっていう…痕跡みたいなもんでも残しておくかな…って」
「じゃ…一言、言わせてもらってもいいか…?」
「…うん?」
「…延王や延台輔がいた時代のものなら、なんとなくわかるけれど…どうも…最近の歌もあるように思うのだけど…」
「…ま、細かいことを気にすんな…」
「…あれって、数年前に流行ったN○Kの子供番組で…」
「だーかーらー、そこんトコ…そう真面目に考えるなって…!!」
「……」
要するに、うちはいい加減で節操なしなんですよ…とは白皙の官の談。
ねたろ〜しゃんからの頂き物。強奪品です。ウフ。
基本、私の二次小説の好みは「原作の雰囲気を失ってない事」が根っこにあるのですが
あの難しい12の世界を壊すことなく、おまけにちゃんとねたろ〜しゃんの世界もプラスされていて。
とても、すばらしい!!!!(べた褒め・笑。だって、ねたろ〜しゃんのお話好きなんだもーん)
主要キャラはもちろんの事、脇キャラでも、しっかりと原作のまま。大変尊敬します。
思わず「クスッ」としてしまう、ラストの六太と陽子のやり取り。
こんな雰囲気のオチがだーーーーいすきです。
ねたろ〜しゃん、どうもありがとう!
2007,6,7 momota
→text →nijitop →gifttop
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