SKY GARDEN
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Scene9
*****
すんなりと認められるとは思ってなかったけど。
こんなに拗れるとも、思ってもなかったわけで。
しかも、まだ正式に承諾をもらいに来たわけでもない。
なのになんなんだ、この微妙な空気は。
俺は思わず、天井を仰ぐ。
上座には、もちろん会長。って実の祖父だけど。
そして、隣には父親。その少し後ろにアタフタした母親が行ったりきたりしてる。
隣にいる絢さんは、今すぐにでも帰りたそうにそわそわしてるのが分かった。
そっと様子を伺うと、不安を映した瞳が揺れてた。
(大丈夫)
絢さんの瞳を見つめながら軽く頷くと、困ったように笑う絢さんになんだか申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
絢さんに、こんな困った顔をさせるために呼んだんじゃない。
テーブルの下で、そっと手を重ねる。
緊張でいつもよりもだいぶ冷たくなってる指先。
それをそっと握ると、ほんの少しだけど絢さんの緊張が緩むのが分かった。
ほんの身内。
父親や母親、そして桃に紹介できればいいかな、ぐらいに考えてた。
けど、なぜかここにはおじいさま。
父親に視線を向けると、ちょうどあちらもこちらを見ていたらしく
カチっと音がするかと思うほど、ぴったりと視線がぶつかった。
なにを考えてるのか分からないのはいつものことだけど。
今日は、いつもに増してそのようだ。
薄いグリーンの瞳は、無機質に俺を映してるだけのような気がする。
「で。ケイ。今、こちらのお嬢さんと付き合ってると言うわけだな?」
重々しく口を開いたのは、やっぱりというかなんというか。
おじいさまだった。
こんなときは、牧野のじーちゃんが懐かしくなる。
場の空気が読めないのはいつもの事ながら
さっむいギャグをバンバン飛ばしては、よく失笑をかってたっけ。
それでも、そんな母方の祖父が大好きだった。
こんな薄ら寒い空気を和ますのが、上手かったから。
「あ、ハイ。そうです」
なるべく和やかに話を進めようと、牧野のじーちゃんを見習って明るめの声を出したのだけど。
父親に、胡散臭そうな目で見られただけで終わる。
ちょっとはフォローしてくれよっ!
なんて思ってみるけど。
期待するだけ無駄なのも、実は分かってる。
項垂れながら、こっそりとため息をついた。
俯いたついでに、絢さんを盗み見ると
なんだかやけに緊張してるし、何か思い込んだような…
声をかけようか迷ってるうちに、ごくりと絢さんの喉がなる音が聞こえた。
「あ、あのっ。はじめまして、星野あ……
「君の事はきいとらんよ」
絢さんの声に、重なるように響いた声。
いくら気が強いと言っても初対面の人が、この人に抗うことなんて出来そうもない。
絢さんの勇気も、5秒で打ち砕かれた。
気にすることない。この人はいつもそう。
人の話を聞かないのが、当たり前だから。
しゅん、と顔を俯ける絢さんの腕に優しく触れた後、俺はゆっくりと立ち上がった。
「じゃ、僕から言います。彼女は星野さん。うちの会社のシステム開発2課で働いてます。 今、いいお付き合いをさせていただいてます。彼女から了承はもらってませんが僕としては将来的に、結婚を考えてます。 おじいさまに、紹介するのが遅くなって申し訳ございません」
別に謝りたくなかったけども。
ペコリと頭を下げてみた。
……より一層、空気が冷えた気がする。
ごめん、牧野のじーちゃん。俺、あなたのDNAは受けついてないみたいだ……。
隣にいる絢さんはあんぐりと口をあけたまま、何かを言いたそうにパクパクと口を動かした。
せっかくの美人が台無しだよ、絢さん。
そんな中でも、ちっとも動じないのがおじいさま。
さすがに大企業の会長ともなると、動揺を表に見せてはいけないらしい。
自分の感情を素直に表に出せないなんて、大企業のTOPになんてなりたくないね。
まぁ、もともと顔に出ない人もいるけどね。
チラリと父親を盗み見ると、相変わらず暢気な顔してコーヒーを啜ってる。
反対に母親は、食い入るように俺と絢さんを交互に見つめては、深いため息を落としてる。
そんなに心配させてるのだろうか。
「それは、おまえだけの考えのようだな。そちらにいるお嬢さんは、今はじめて聞いたような顔をしとるぞ?」
「はい。まだ彼女にはなにも話してませんでしたから。あくまでも、僕が勝手に考えてたことです」
プロポーズすらしないうちから、身内紹介なんてする羽目になったのはあんたの所為だろうが!
噛み付きたい衝動を、ぐっと抑える。
そんな中おじいさまは、ふっと口元だけで笑うと初めて絢さんと視線を合わせた。
「キミ。キミは、どう思ってるのか聞かせてもらってもいいかな?」
「あ、あのっ。私もケイ…あ、ケイさんのことは好きです。けれど、この先のことはちっとも考えてなく……」
「そうだろう。まだキミも若い。今の年で、先のことなんてわからんだろう。 しかしながら、ケイには将来的に花沢物産を継いでもらおうと思ってる。 パートナーには、それなりの知識と家柄を持った女性をあてがうつもりだ。その辺、わかってくれてるのかな? もちろん、キミたち二人の付き合いを認めとらんわけじゃない。あくまでも、若い二人の付き合いは、いくらでも結構。 ただし、結婚となると話は別だ。類のように…、ケイの父親のように好きにさせるつもりはない」
ちらりと父親へ、おじいさまの視線が泳ぐ。
「……こいつんときで失敗してるんで、ケイにはしっかりした嫁を見つけてやりたいと思ってる。 何千、何万の社員を抱えてるんだ。そんな会社の社長夫人が一般人で務まるわけがないじゃろうが」
苦い顔を隠しもせず、最後は吐き捨てるように言い放つ。
母親が、俯いたのが分かった。
桃が心配そうに母親を伺うのが目の端に入り込む。
ぐぐぐと堪えていた何かが、じわじわと溢れてくるのが分かった。
「「くそじじい」」
俺と父親の声が重なった。
怒りのポイントが同じとは。
さすが親子だ、なんて暢気に感心してる場合でもない。
それでもおじいさまの、ポカンとあいた口がなんだか間抜けで笑えた。
『お先にどうぞ』
父親の瞳が語る。
俺はコクンと頷くと、絢さんの腕を引き上げて自分の横に並んでもらった。
「何千、何万?笑わせんなっつーの。たった一人の愛してるヤツも幸せにできねーで、何千、何万の人間守れんのかよ。 勘違いすんなよ。俺が花沢を継いだのは、大切な人たちを守るためだ。あんたのためじゃねーよ!結婚相手ぐらい自分で見つけられる!」
「な、なななにを!私はおまえのためを思って…」
「は。俺のため?偉っらそうに。俺のためじゃないでしょ?自分のためでしょ?オジーサマ。 ここにいる中で、本当に俺のために動いてくれるのは、父親と母親、桃……それと、絢さんだけだよ」
ぐぐ、とおじいさまが息を呑むのが分かる。
「絢さんを傷つけてまで、社長の地位なんて要らないよ。俺には必要じゃない。自分に必要なものくらいわかってるつもりだけど?」
「右に同じく」
暢気な父親の声が響く。
真っ赤に染まった、おじいさまの顔。
いいすぎたかな?何てことも思ったけど。
それ以上に、絢さんが傷ついてないか心配だった。
どきどきしながら絢さんを覗き込むと、案の定俯いたままで。
やっぱりつれてこなければ良かった…なんて思った瞬間、フワリと香る絢さんのシャンプーの香り。
顔を上げたために、さらさらと揺れる薄茶の髪。
しっかりと真正面にいる、敵を見据えた絢さん。
驚いて、思わず一歩後ずさった俺の手をぎゅっと握ると、涙のたまった瞳のまま微笑んだ。
「会長。あたし、ケイのこと大好きです。これからどうなるかなんて分からないけど。 あたしがケイを好きなのは、これからもずっと変わらない」
揺ぎ無い意思の元で発せられる言葉のように。
ゆっくりとだけど、しっかりとした口調で語る絢さんの頬に、光る筋が1つゆっくりと落ちていった。
嬉しくて嬉しくて。
絢さんからの告白が何度も何度も頭の中でリフレインする。
喜びをかみしめながら絢さんを見ると、細かく震えてる肩。
その所為かいつもよりも、幾分小さく見えた。
まるで、勇気を使い果たしてしまったかのだろうか。
いつもの彼女なら、考えられない行動。
けれどそれが妙に愛しくて。
ゆっくりと絢さんを俺に向き直させると、腕を腰に巻きつけた。
細い腰、細い肩。
そんな中にも、ちゃんと俺への想いが詰まってるんだ。
そう思ったら、壊してしまうくらい強く抱きしめたかった。
「うれしー。絢さんの口から、初めて聞いた。あんな大胆な告白」
絢さんの髪を耳に掛けながら、現れた柔らかそうなピンクの耳にこっそりと囁いた。
途端、真っ赤に色づく頬。
それすらも、愛しい。
思いっきり二人の世界だった俺たちに、父親の声が割り入った。
「意外に大胆なんだね、ケイもアヤさんも」
父親が笑いをかみ殺している。
「でも。桃の教育上よくないから、外でやってくれる?」
慌ててあたりを見回すと、不機嫌そうなおじいさまと、めずらしく嬉しそうに笑う父親。
戸惑いながらも苦笑してる母親に、怒りで爆発しそうな桃。
ありゃ。おじいさまより桃のほうが手ごわそうだ。
おそるおそる笑いかけてみるけど、思いっきり無視されてしまった。
そんな中、不意に胸元が軽くなった。
絢さんの重みが消えた所為だ。
「す、すみませんっ」
慌てて離れようとする絢さんの腰を、強引に引き戻す。
「わかった。じゃ、また」
「え!?あ、あの。ちょ、まっ。えーーー!?」
そのまま、俺から逃れようとバタバタと暴れる絢さんを、ずずずと引きずって部屋を出た。
今は、桃よりも。
絢さんの温もりが大事な気がする。
どちらがどうとか比べるものじゃないけれど。
どちらも、俺の大事なものだって分かってるけど。
今はこの腕の中にある重みを大事にしたい、と心からそう思ってるから。
バタンとドアが閉まる音を確認すると、動揺してる絢さんを捕まえてキスをひとつ。
ぴたりとやむ、動き。
相変わらず、このおまじないは効果てきめんだ。
さて、今度はゆっくりともう一度…と言うところに亜門が笑いながらやってきた。
「イイコちゃんのケイお坊ちゃまにしちゃ、いい仕事したじゃねーか」
チッ。コイツ、盗み聞きしてやがったな。
軽く睨むと、悪びれもなく右手を肩の高さにあげる。
けど、あまりにも嬉しそうな亜門の顔に、こちらも苦笑しながらその右手を思い切り叩いた。
俺たち以外誰もいない廊下に響く、乾いたハイタッチの音。
「大事なものは、壊さない主義なんデス」
俺の言葉に、絢さんが微笑むのが分かった。
うん、絢さんにはそれが一番似合う。
しっかりと繋がった指先から伝わる熱が、いつもと同じで。
なんだかそれが、すごく幸せなことに思えた。
おしまい
2006.3.5 momota