SKY GARDEN
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Scene6
*****
「専務!専務!お食事でしたら、お部屋の方にお運びしますから!」
額の汗を拭いながら、第一秘書の神田が俺の後ろをうろうろうろうろ。
秘書と言っても、俺のふたまわりは上だけど。
結局は、お目付け役だね。
「えー。あの雰囲気を味わいたいんだよっ。部屋で一人で食べたって美味しくないよ」
どうしても社員食堂ってとこに行って見たい俺は、食い下がる。
タダでさえ、同年代のヤツとの接触が少ないこの役職。
別にトモダチがほしいなんて思ってるわけじゃないけど。
じじーの相手ばっかじゃ、飽きてくる。
まぁ、向こうもそう思ってんだろうけどね。
最初は、一番下っ端でいいって言ったのに。
親父のヤツ、わざとだぜ。絶対。
父親の、ざまあみろってな顔がうかんで俺は思わず顔をしかめた。
「専務!お一人でお食事を取るのがお嫌でしたら、僭越ではございますが…この神田めがご一緒させて……」
「えーーー!」
さも、いい考えが浮かんだとばかりに嬉しそうに告げる神田の言葉と重なるように発した声に、彼は申し訳なさそうにしゅんと俯いた。
「あー、別に神田が嫌なわけじゃないよ。たださ、どんなとこかなって思うじゃん?普通……」
なんで俺が気を使ってるんだ?
頭の中がクエスチョンマークで埋まりながらも、神田に愛想笑いをむける。
「……お気持ちはわかりますが、専務のお口に合う料理のほうは…ないと思われます…よ?」
どうしても、社食には行かせたくないらしい。
深いため息をつくと、やけにクッションのいい椅子にどっさりと体重を下ろした。
「わーかーりーまーしーたよっ。ハイハイハイ、ここで食事します」
神田がホッとしたのが、見てるだけでわかった。
「では、ランチのほうご用意させていただきますね。しばしのお待ちをっ」
ここで気が変わられちゃたまらんとばかりに、部屋を飛び出す神田を見送ると
ドア横で待機してた、第二秘書の亜門を呼ぶ。
「神田さん、スゲー勢いで飛んでったぜ。あんまり年寄りをいじめんなよ」
苦笑しながら、亜門は俺の前の机に腰を下ろした。
そしてジャケットの内ポケットからタバコを出すと、ゆっくりと煙を吐く。
亜門は、父親と母親の知り合いで。
昔、相当世話になったそうだ。
その所為か、俺のお守りまで任されちゃって。
でも、俺を王様扱いしないのが気に入ってる。
神田は、態度がなってないってよく怒ってるけど。
俺は、このくらいが丁度いいよ。
むやみやたらに頭下げられたって、それだけのことしてるわけでもなし。
ましてやハタチそこそこの世間知らずのお坊ちゃまに、本気で頭下げてるやつなんていないだろうしね。
「ねー。なんで俺、自分の会社なのに社内を自由に歩けないのかなぁ」
入社してから、不思議に思ってた。
専務という役職からして、胡散臭いけど。
地下の駐車場から、部屋まで直通のエレベーター。
専用のランチルーム。
もちろん、トイレだって俺専用。
なんだって、ココまでされるんだよ。
学生だった頃のほうが、全然自由だった。
「……おまえに、ヘンな虫でもつかれちゃたまらんからだろうが」
さも、当たり前のことを何で聞くんだとばかりに、亜門は言う。
「へんな虫?」
「そ。ヘンな虫。大事な大事な、花沢物産跡取りの坊ちゃまに、わけのわからん女連れてこられちゃマズイわけでしょう」
大事な大事なってところを強調するのが、むかつきながらも
あぁ、そうか、なんて納得してしまう俺もいる。
「おまえの父親と、つくしのときで…懲りてるんだろう、な」
遠い昔に記憶を彷徨わせながら、ボソリと呟いた亜門は
タバコを灰皿に押し付けると、「これおまえが吸ったのね。前払い」と、ぐしゃりと潰されたタバコを指差して部屋を出て行った。
前払いってなんだよ。
相変わらずつかみ所がない。
敵なのか、味方なのか。どちらでもないのか。
もう3年は付き合ってるけど、ちっともわからない。
しかし、あんなにタバコの匂いさせてちゃ、バレバレでしょうが。
仕事中にタバコを吸ってたなんて、神田にばれたら亜門のヤツ大目玉だ。
しょうがなく、俺もタバコに火をつける。
あれ?亜門のヤツ、どこいった?
フウと、大きく煙を吐いて亜門が戻ってこないことに気づいた。
慌ててタバコを灰皿に押し付けると、ドアに駆け寄る。
いつもいるはずの人物が、いない。SPでさえ、見当たらない。きょろきょろとあたりを見回してみるけどドコにもいない。 こんなことは、ほとんどありえない。
SPは社内なのでともかく、どちらか一方が、必ず俺のそばについてるのが公約だから。
………。
あ、あれ?
もしかして、チャンス?
つーか、前払いってコレのことかよ?
そう思った瞬間には、俺の両足は駆け出してた。
急いでエレベーターのボタンを押す。
社食のある、11階。
早く。
別に見つかったってたいしたことないのだけど。
なんだかこの高揚感で、気が焦る。
ナイショなことは、いつだって気持ちがいい。
エレベーターの、軽いチンと音と共にドアが開く。
一応、誰も乗ってないのを確認してから俺は11のボタンを押してみた。
亜門が丁度柱の影で、苦笑してるなんて気づかない俺は
まるで見知らぬ街へ行く子供のように、ワクワクしていた。
なんだか、空気まで違う気がする。
広い空間のはずなのに、人が多い所為か圧迫感がスゴイ。
がやがやとした楽しげなおしゃべりや、すみに追いやられてる喫煙組のおじさん。
壁一面に立ち並ぶ、さまざまな種類の自販機。
「……す、すげー……」
思わず見とれていると、背中に人のぶつかる感覚。
「あ、スミマセン」
くるりと振り返ると、軽く舌打ちされた。
「あのさ、邪魔だから…用がないなら退いてくれる?」
いかにもめんどくさそうに告げられた声に、思わず後ろに一歩引いた。
それから、もう一度謝ってみる。
「スミマセン」
そんな俺を、まじまじと見る目の前のオヤジ。
「……あ…れ?アンタと…どっかで会ったこと…あるっけ?」
やべ。
ここで気づかれたら、ココまで来た意味がない。
俺は慌ててうつむくと、へらへらと笑いながらさっさと自販機の前へ逃げ込んだ。
幸い、花沢物産は外国人も結構な数採用してるので俺みたいな頭や、瞳の色なんかはゴロゴロいる。
そう簡単にはばれないはず、そう自分を励ます。
いくつも並んでる、似たような缶の中からひとつ目星をつけると
ポケットに手を入れ、小銭を取り出した。
110円。
目の前の自販機の飲み物は、すべて120円。
がーーー、なんだよ。
10円たりねーじゃん。
神田呼んで……って!!
俺、なに考えてんだ。
こんなとこに神田呼んだら、意味ねーじゃん。
でも結局は、神田や亜門に頼らなければならないことに、情けなさがこみ上げてきた。
結局、お坊ちゃまはお坊ちゃまのまま、一人じゃなーんもできないってか。
大きくため息をつく。
まだ亜門のほうが……と、思った瞬間チャリ、っと自販機に小銭の落ちる音。
「どうぞ」
振り返ると、キレイ系のおねーさんが立ってた。
「……お金、足りないんでしょ?100円入れたから…足して買って」
無造作に言うと、財布をパチンと閉める。
「ア…、スミマセン。どうもありが───」
言い切らないうちに、ふわりと彼女の香水の甘い香りが俺を包んだ。
彼女は俺のお礼の言葉なんてどうでもいいように、何のためらいもなく振り返ると
すたすたと出口へと向かって歩き出したから。
俺は慌てて、掌の100円を足すとコーヒーのボタンを押す。
ガゴっと音と共に、缶を取り出しおねーさんの後を追う。
「お金、あとで返しますんで。名前と部署を教えてください」
「別に、いいです。100円だし」
「いや、そういうわけにも」
俺が追いかける形だけど、押し問答を続けてると、おや、と思う。
社食の雰囲気が、変わった気がする。
周りが、違う意味でザワザワしだしたのは気のせいじゃない気がする。
ところどころで、「専務」だの「ジュニア」だの聞こえきた。
俺とおねーさんを避けて、道が分かれてる。
やべ、気づかれたか。
けど、目の前の彼女はちっともそんなことには気づいてないらしい。
やけに細いヒールをカツカツ言わせながら、長めのレイヤーが入った細い髪を背中で揺らしてる。
「名前だけでもっ」
なんでこんなに必死になるのかよくわからないけど。
この目の前の人は、俺をまわりの人と同じ目線で見てくれるのがわかった。
媚を売るための100円ではなく、ただの親切心からの100円。(…おそらく)
それが、嬉しかった。
大体が、花沢の坊ちゃんや専務。
花沢物産の、跡取り息子。
そんな目で俺を見るから。
俺の容姿が、人目を引くのもわかってる。
この髪の色や瞳の色は隠せるもんじゃないし、隠してもなんの意味もない。
それでも、好奇心やものめずらしさでむけられる視線にはうんざりする。
けど、目の前で颯爽と歩く彼女は俺を、隣のオヤジと同じランクで見ててくれた。
ただの、人。
花沢物産の、ではなく。
ただの、花沢ケイとして。
あぁ、やばい。
口元が緩むのが押さえきれない。
「あのっ」
女の人に慣れてないせいか、こんなときどう言って引き止めるのかちっともわからない。
あぁ、亜門や西門のおじさんに聞いておくんだった。
いっそうのこと、この数十cm前にある細い腕を引いてしまおうか…
細い体が自分の胸元に飛び込んでくるのを想像して、ドキドキした。
ドキドキしてるにも関わらず、右手は無意識に伸びてた。
ここで逃してしまったら、俺たちはもう二度と交われない気がする────
あと、数cmだった。
俺の必死さが伝わったのか、見知らぬ男に抱きすくめられそうな気配を察知したのか
くるりと振り返った彼女は、仁王立ちになり細めの眼鏡を外した。
そして不機嫌そうに、言い放った。
「システム開発、星野絢!」
かっこよかった。
戦利品を、亜門に渡す。
散々、神田に絞られたあとだ。
「ナニ、これ?」
「缶コーヒー」
「んなのわかってるって」
笑いながら、プルトップに指をかける。
プシっと、音を立てるとそのまま口元に持ってゆく亜門に、こちらも笑みがこぼれた。
「なにこれ、って言ってる割にはためらいもなく飲むんだね」
「ぬるっ!なにこの微妙な温さ!」
顔をしかめながら、まじまじと缶コーヒーを眺めてる。
「もっと、味わって飲んで欲しいな。俺の戦利品だよ?」
「ふふん、どうだった?初のお坊ちゃまの大冒険は」
ちゃかしたように言う亜門に、俺は真面目な顔で答えた。
「いいもんめっけた」
そして、生まれて初めてした借金のことはナイショにしてみた。
おしまい
2006,2,8 momota