SKY GARDEN
index
information
text
niji link
|
|
Scene2
*****
「ただいまーーーーー!!」
……きたきた。
俺は、こっそりと枕を顔に押し当てて寝てるフリをする。
ビシリと窓が揺れる。
桃が開けた、ドアの所為だ。
「ケイ!!ケーーーイーーー!ただいま。寂しかった?」
大きな歩幅でベットに近寄ると枕を横へポンと投げる。
瞬間、ずしりと暖かい重りが俺の上にのしかかる。
つーか、こいつは「おにいちゃん」って言えないのかね?
14も離れてる兄に向かって、呼び捨てっつーのどーよ。
「……」
「おきてるんでしょ?おきてっ!おめめあけて〜〜〜」
こうも耳元で絶叫されちゃ、寝たふりすらもできやしない。
わざとらしくため息をつきながら、ぺしぺし頬を叩いてる小さな手を包み込んだ。
「いま、起きた」
「ほんと?いまおきたの?桃、かえってきたよ」
母親ゆずりの真っ黒な髪に、まっすぐな瞳。
ちょこんと添えられてる小さな掌には、シロツメクサが握られてた。
「おかえり」
「ただいま。ね、ケイ。寂しかった?桃いなくて寂しかった?」
「ちーっとも、寂しくなんかなかったけど」
「……そんないじわる言うと、いいものあげないっ」
ぷん、と横を向いたところなんか母親そっくりで
遺伝子の仕事に、感心する。
といってる俺も、散々父親似だ。と言われてきたけど。
桃には負けると思う。
14歳下の妹。
忙しい両親よりも、なぜか俺に懐いてしまった桃。
もちろん、俺だってそこら辺の兄弟並みに妹はかわいいと思うさ。
けど、桃はなんだか異常なほど俺に懐いてくれてて。
こんなんじゃ、彼女とのデートだって落ち着いてできやしない。
そんな俺の心情を知ってか知らずか、桃は大きな黒目がちな瞳をくるりと揺らす。
「ほしくないの?桃の大事ないいもの」
興奮気味の頬には、乾いた泥と一緒にうっすらと赤みが差してる。
本人は隠してるつもりなんだろうけど。
チラリと見える小さな白い綿菓子のような花。
「いいものって、なに?」
そっと桃の頬についてる泥をぬぐってやる。
「俺、今腹減ってるから食いもんがいいなー」
「……ケイのいじわる」
キッと睨んでいた大きな目に、見る見るうちに涙が溜まる。
あ、やべ。
お姫さまのご機嫌取りも、忙しい。
「あー。でも、カワイイ妹が見れたから、腹減ってたのも収まってきたなー」
「ほんと??桃ね、いいもの持ってるよ。かわいいの持ってる」
「まじ?じゃ、ほしーな」
にっこりと微笑むと、桃はうれしそうに顔を傾げた。
「ふふっ。じゃーね、『桃がいなくて寂しかった』って言って」
「は?」
「『桃がいなくて寂しかった』って言って」
笑顔のわりにやけに真剣な目をして、強制される言葉。
最近、やけにそうだ。
『寂しかった?桃いなくて寂しかった?』
『桃、いたほうがいいよね?』
「じゃ、『ケイおにいさま』っつったら、言ってやる」
「えーーーーー!」
なんだよ、えーーーーって!!
ここぞとばかり説教しようと思ったら、ちょうど桃のお付の藤井さんが来た。
開けっ放しの寝室のドアから、丸い顔が飛び出る。
「も、桃おじょうさま!やっぱりここにいらしたんですか」
はぁはぁと肩で息をしてるところを見ると、ずいぶん探し回ってたらしい。
「あ。みっかっちゃた」
桃はペロリと舌を出すと、まるでネコのように藤井さんの横をスルリと通り抜け
「ケーイー!いいものは、秘密の場所においておくね!後でとりに来て。必ずだよ」
大声で叫びながら、行ってしまう。
藤井さんと視線が合うと、真顔でため息をつかれてしまった。
「大変そうだね」
笑いをかみ殺しながら、そう口にすると
「ケイ坊ちゃまのときより、数倍の運動量です」
と、返ってきた。
たしかに。
俺は、あんなにお転婆……もとい、動きの激しい子供でもなかったからな。
でも、ま、ダイエットにはちょうどいいんじゃない?ってな言葉は飲み込んだ。
「ところで。坊ちゃま。秘密の場所とは……?」
「アハハ!それ言っちゃ秘密の場所じゃなくなっちゃうでしょ」
俺もそれ以上突っ込まれないように、そそくさと部屋から逃げ出した。
■■■■■
サクサクと、芝を踏みながら秘密の場所へと向かう。
秘密の場所とは、俺が小さい頃見つけた温室横の小さな隙間。
ちょうど、建物の影になって子供が一人入れるくらいの隙間ができてるんだ。
幼い頃は、いじめられたときにここに泣きにきたっけ。
中学にあがってからは、一人になりたいときはここに逃げ込んだ。
今は笑い話だけど、ついここで一晩過ごしてしまって
家出騒動に発展したこともある。
あんときは、家に初代F4が全員そろちゃっててびっくりしたな。
それでも、この場所のことは言わなかった。
両親にさえ言えないことも相談に乗ってもらってた道明寺サンにさえ、言わなかった。
言ってしまったら、もう二度とここへは戻れないと思ったんだ。
甘えられる場所は山ほどあった。
けど、敢えて選んだ甘えられない場所。
ほんの1mほどの隙間。
ただのレンガが積まれてて、芝が敷き詰められてるだけの空間。
ただそれだけだったけど、俺にはとても大事な場所だったんだ。
自分がなんであるかを考えるのに。
俺が唯一、なにも囚われない
ただの一人の人として、時間の流れてる場所。
少しづつ涙を乾かしながら未来(さき)の自分を想った、場所。
あの場所で泣いてた俺がいるから、今の俺がいる。
確かに、そう思える。
だから。
自分のやるべきことが分かった今、あの場所を必要としなくなった俺は、桃が幼稚舎にあがったお祝いにここの場所を桃にプレゼントしたんだ。
そうっと、レンガをのぞき込むと
小さなシロツメクサが、芝の上に敷かれたハンカチの上に置かれていた。
でも
肝心の、桃がいない。
きょろきょろとあたりを見回すと、日当たりのいい場所にちょこんと座り空を見上げる桃の背中があった。
「桃!」
声をかけると、うれしそうに振り返った。
おっこいしょ、と桃の隣に腰を下ろすと「おじさんくさい」と、桃が笑う。
それでもゴロゴロと懐く子猫のように、桃は俺の膝に体を預けると、いたずらを告白するように小さな声で呟いた。
「ケイ……。桃は、いらない子なのかなぁ」
しょんぼりとしている背中しか見えない。
「なにそれ。誰がそんなこと言ったの?」
桃は一瞬押し黙る。
言っていいことか、悪いことか考えてるようだ。
幼いなりに、小さな胸は悩み事でいっぱいらしい。
辛抱強く、桃が口を開くのを待つ。
「横井のおじさんが『はなざわぶっさんは、ケイくんがいるのでひとあんしんですな。……しかし、ももちゃんはつくしさんにのようで。いいとこのぼっちゃんでもつかまえてきてくれるんじゃないですかね』とか
『ケイくんひとりいれば、じゅうぶんですな』とか」
あんのじじい。
父親に相手にされねーもんだから、桃にまで……。
何度も何度も、思い出していたんだろう。
横井のじじいの言葉を丁寧に、復唱する桃。
子供ながらに、母親に対するイヤミも感じ取っていたんだろう。
「桃、いらないのかなぁ」
太腿に、ホワリと暖かい感触が広がった。
小さな肩が、細かく揺れる。
俺は必死に冷静を装ったけど。
怒りで頭が爆発しそうだ。
「バカだな。いらないわけないだろう」
そうっと頭をなでると、堪えきれなくなったように声を漏らして泣き始めた。
「俺は、桃がいないといつも寂しいなって思うよ」
「ホ、ホント……?」
えぐえぐと、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔を向ける。
「パパとママだって、いつも桃の話ばかりしてるし」
これは、本当のことだ。
オマエが生まれてきてくれて。
俺がどんな気持ちを知ったか、知らないだろう?
こっそり、オマエが寝てるベットを覗き込んでは
小さな小さな
まだ善も悪も、なにもかもが一緒に映っている瞳を覗き込んで励まされてたんだ。
無垢な瞳。
まっさらな、心。
無条件で守るべきものの存在。
どんなに俺が励まされたか、分かるか?
オマエがいなけりゃ、今の俺はなかったかも知れない。
マジでそう思うんだ。
父親が、大事なものを守るためにこの世界に留まったように。
オマエを守るために、俺はこの醜い権力の世界で生きてくことを決めたんだよ?
けど、こんな話。
オマエにはまだまだ難しすぎるだろ?
だから、俺は心を込めてこう言うよ。
「桃がいなくて、すごく寂しかった。俺は、オマエのこと14年間も待ってたんだ」
桃のことをブラコンだ。ブラコンだ。と思っていたけど。
俺のほうが立派な、シスコンだったらしい。
泣きつかれて眠ってしまった桃を背負いながら、来たときよりだいぶ暗くなった空を見上げてそう思った。
■■■■■
ちょうど、玄関で両親に出くわした。
桃を受け取ろうとした藤井さんの申し出を断り、俺の背中から桃を抱き上げる父親は
「おんなじ顔なのに、なんでオマエにばっかり懐くのか不思議でしょうがない」
ぼやくように、それでいて不貞腐れたように呟いた。
「俺のが、微妙にいい男だからじゃないの?」
わざと面と向かって言ってやる。
散々母親を奪われてたんだ。
その上、桃の一番になろうだなんて。そんな都合のいい話ないっつーの。
藤井さんが、笑いをかみ殺してる。
それをみて、母親も呆れたように笑った。
愛しそうに、桃の頬に触れる母親の指先。
珍しく笑顔なんて見せちゃってる、父親。
こんなにも、みんなに必要とされてるのに。
桃も、ばかだなぁ。
「ね。大事なものを傷つけられたらどうやって仕返しする?」
しらんふりして、聞いてみよう。
もしも。 うん、もしも、の話だ。
「んー。徹底的にやり返す。やらなきゃよかった、って心底後悔するくらい」
腕の中の桃と俺を交互に見てた父親が、怪訝そうな顔をしながらも答えを呟く。
「類ってば……段々司に影響されてきてんじゃないの?あたしはねぇ、思いっきり持ち上げておいてあとでドカーンと突き落としちゃうかな」
「あんたのほうこそ、ひねくれてるだろ?ソレ」
「そんなことないって。で、ケイ。何でそんなこと聞くの?」
桃を背負いながらも、つぶれないようにと気をつけて持ってきたシロツメクサを
そっと両親に差し出した。
「俺はまだまだ甘ちゃんなんでね。どうやったら、嫌いなヤツに一番ダメージを与えられるかなーって思って」
父親と母親は、顔を見合わせて更に不思議そうな顔をするだけだった。
しかし、横井のじじいの話。
この2人に聞かれてなくてよかった。
俺だけで、ほんとよかった。
経営権譲渡、だけですましてやろうと思ってるんだから。
運がよかったな、あのじじい。
おしまい
2005,11,1 momota