SKY GARDEN
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Scene14
*****





朝起きて、マズイ…と思った。
風邪をひくと、まずは日ごろから弱いところから攻撃されるという。


思わず、喉を押さえる。


表面的には別段変わった様子はない。
あたりまえか。
でも、喉の奥に感じるこの違和感。


「あ”あ”あ”ーー」


ためしに出してみた声に、思わず自分でもげんなりした。
割れた音。
まさしく、その通りだ。
もともと声質も高いほうじゃないけど。
いつもより、ずっと低音な響きにがっくりと項垂れた。


なんだって、こんな日に。


恨めしく、カレンダーを見つめる。
柄じゃないかも、ってのも思ったけど。
昨夜、手作りしてみたチョコレート。


普段、活躍頻度の高い電子レンジを横目に、湯煎して、生クリーム入れて、って。
我ながら上手に出来たと思うチョコレートは、お気に入りのプレートの上に大人しく並んでいる。


慣れない事、したからかな。


自分の行動と、この声。
まったく正反対で、自分でも笑っちゃうほどだ。
きっと……彼も、そう思うだろうな。


ああ、やっぱり買ったものにすればよかった。
照れくささがジャマをして、素直に渡せない気がする。
まともに見れない、チョコレート。
今でさえこうなのに。彼の姿を想像して、シミュレーション。

でも、どうしてもあたしの頭の中は、オロオロ、わたわたしてるかっこ悪い自分。
マイナスばかりのシミュレーション。


……いかん。


初めての手作りチョコレートを前に、ますます気分が沈んでしまった。










インターフォンがなるのと同時に、待ってましたとばかりにドアを開けたあたし。


「うわ。なんだよ、絢さん。危ないよ」


ぎりぎりでドアをよけた所為かほんの少しムッとしたまま、いつものように部屋に入ろうとする彼に
身振り手振りで声がかれていることを伝えようとするんだけども、ちっとも伝わらなくて。


「どしたの?何でしゃべらないの?あ!そういうゲーム?」


なんて、無邪気に喜ばれちゃったり。
あたしはしょうがなく、彼の袖口をひっぱりながらリビングまで来るとテーブルの上に置いた紙に
さらさらと、自分の現状を書いた。


「あぁ、なるほど。喉以外に、辛いとことかないの?」


あたしを椅子を座らせると、自分もあたしの目の前に腰を下ろす。
ふるふると首を横に振るあたしに、彼は嬉しそうな顔をすると


「じゃ、一緒にいても大丈夫だよね」


なんて。
なんだってこう、可愛いんだろうか。
思わず緩んでしまう顔を引き締めつつ、テーブルの上に置いたチョコレートを差し出してみた。

今日の目的は、コレなんだもん。

まだこんな関係じゃなかったとはいえ、一昨年はチロルチョコ。去年は、購入したもの。
だから、今年こそは…と、気合を入れた(…入れすぎてるのかも、だけど)バレンタインのチョコレート。


ずずず、と捧げもののように彼の前まで移動させたプレート。
恥ずかしいことは、さっさと済ませてしまおう。
さっきの、マイナスシミュレーションが一瞬頭に浮かんだけど。
無理やり打ち消してみる。


「え?俺に?」


こくこくと頷くと、よりいっそう彼の前にプレートを近づける。


「絢さんが作ったの?俺に?」


自分を指差しつつ、嬉しそうに頬を緩めるケイの眼差しを感じてこっそり顔を上げてみた。


ああ、もう。
この笑顔が見れただけで、充分なんだよ。


無邪気に零される笑顔に、たまらなくなるのは毎度のことなのだけど。
今日ばっかりは、期待してなかったのだろう。
飛び切りの笑顔を惜しげもなく披露するもんだから、こっちまでついつい笑顔の伝染。


「たべてもい?」


もちろん、と頷くあたしに彼はそっと指先をチョコレートへと運ぶ。
大事なものに触れるように伸ばされた指先を見つつ、あたしはチョコレートの制作手順を確認。


大丈夫だよね。ちゃんと、レシピ通りに作ったもん。


あまり自慢できる腕を持たない、料理。
こんなときは不器用なことを後悔するばっかりで。
おどおどと、口元に運ばれる茶色い固体を祈るように眺めていた。


「……っぷ。絢さん、しゃべれないでも大丈夫だね。考えてることバレバレ」


爆笑され、むっとしてみた。
それでも気になるのは、彼の感想。


「ん。今まで食べたチョコレートの中で、一番美味い!チロルチョコよりも、断然美味い」


チロルチョコって単語に、思わず視線を逸らしてみる。
さ、さすがにあたしだって、アレはなかったかな、なんて思ってるんだから。


挙動不審に泳がせた視線に、彼は再び爆笑。


「ごめんて。いじめてるつもりじゃないからね?チロルチョコだって、すごい嬉しかったんだ」

絢さんからのものは、なんだって嬉しいんだ。なんて、こっそり呟くもんだから……


あたし、やっぱりこの人に恋してよかった、って思う。
ちょっとした彼の一言がこんなにも幸せだ。
他人の一言で傷つく事はあっても、こんなに幸せを感じることなんて……

たとえば、「絢さん」とあたしを呼ぶときとか。
「嬉しい」って、伝えてくれるしぐさとか。
彼のちょっとしたきっかけが、あたしの胸の奥から甘い感情を呼び寄せて
それは、全身に広がる。
ゆっくりと広がる感情を受け止めながら、あたしは不思議になるんだ。

自分の体のはずなのに、こんなふうになるのはケイに関してることだけで。


それが多分、恋――なんだ。


急にあたふたしたり、ニヤニヤしたり。
くるくる変わるあたしを、じっと見てたケイ。
視線を感じて、ふと顔を上げる。


「……絢さん。だから考えてる事、駄々漏れだって」


彼の言葉に、瞬間顔色を見られないよう俯いてみた。

だ、駄々漏れって!!

どうせ、はったりじゃないの?
さすがのケイも、ココまでは分からないでしょうに。
無駄に自分を励ましつつ顔を上げると、テーブルに肘をついたケイの顔が目の前にあって。


「俺に、惚れ直してた…でしょ?」


耳元で囁かれた言葉。
途端に燃えるように熱くなる、顔。
目を見開いたあたしに、嬉しそうに「やっぱり当たった」と呟いた。


くっそう〜〜〜!!!


(惚れ直してて、悪いか!)


「あ。なんか開き直った感じ」


なんだってこう、あたしは顔に出やすいんだ?
またそそくさと、視線をずらしてみる。
いや。ケイが、敏感なだけ?
両掌で、鼻から下を隠してみるんだけど……

今更、なのかな。

いや、目は口ほどにものを言う…ってくらいだから、瞳から心の中を読み取られてるのかも。
瞳に、ハートでも浮かんでいたんだろうか。
自分の瞳がハートになってるところを思い浮かべて、がっくりとうな垂れた。
そりゃあもう、バレバレだ。


「絢さん、絢さん」


名前を呼ばれ、意識を彼に戻すと
目の前に伸ばされた指先には、あたしが作ったチョコレート。


「ハイ、あーん」


何のためらいもなく伸ばされた指先を、思わず凝視してしまった。

(ちょ、ちょっと。それ、あたしがキミに作ったものなんだけど)

「おいしいものは、一緒に味わいたいの!」


あたしの言葉を介さない会話に、いつのまにか違和感すらなく……。
大人しく口をひらくと、そっと差し出された指先の茶色い固体を口唇で受け取った。
優しく触れあった、彼の指先とあたしの口唇。
それだけでも、心臓が鳴り止まないってのに。

ケイってば、あたかも当たり前の行為のように自分の指先に残った、熱で溶けたチョコレートを舌で拭うもんだから。

頭の奥で、ガンガンと鳴らされてるように心臓の鼓動が響く。
クラクラとくる振動に、体全体が浮き立つようだ。
そんなあたしをみて、極めつけの一言。


「間接キス――、だったり?」


!!!


心臓が壊れそうで。
それでも、彼から目を離すことも出来ないで。

ほわりとあたしの熱で溶けるチョコレート。
口の中に広がる甘みは、ビリビリとした刺激まで感じるくらい甘くて。

自分ひとりが、ドキドキしているみたいだ。
慣れない恋愛は、新しい感情を教えてくれるけれど
そのどれもが痛みを伴っている気がする。

甘いだけじゃ、ないんだよって訴えてる
あたしの舌で溶け始めた、チョコレートみたいに。


けど、この痛みはあたしだけ?


気づくと、彼のことばかり考えていて。
彼のことで、いっぱいで。
今だって、そうなのに。


恋をしているのは、あたしだけなんじゃないの?


「ハイ。もう一個。アーン」


さっくりとささった棘は、ほんの小さな棘にもかかわらずじくじくと痛んであたしを黙らせる。
何も気づいてないケイの指先が、再びあたしに伸びた。


やっぱり、あたし……だけなんだ。


あたしにはいっぱいいっぱいな行為を、さらりとやり遂げる彼に
恥ずかしいのと、腹立たしいのと、悔しいのと。
ぐちゃぐちゃな感情のまま、突っ走ってしまう。


「恋愛経験値、低いって言ったって……。キミは普通にこういうことできるんじゃん。
あ、あたし一人ドキドキして……バカみたいっ」


ガラガラの声で。
それでも、言わずにはいられなくて。
浮かぶ涙を零さないようにと、必死に耐える。


「……絢…さん?」


ムキになって発した言葉に、今更恥ずかしさがこみ上げてくる。
それでも止まらない。
ここら辺が、恋愛初心者なんだろう。
追いかけられてるときは、逃げてたくせに。
いつの間にか、あたしのほうが追いかけてばかりいて。


「あ、あたしばっかり好きで……止まらなくて……このままどこまで行っちゃうのか……怖くて」


恋愛初心者らしく、このまま胸の奥で燻っていた思いを吐き出させてもらおう。
答えなんていらないし、同意を求めてるわけでもない。


けど、涙ながらに訴えた言葉に帰ってきた反応は、意外なもので
あたしは思わず、固まった。


「絢さん、ずるいよ。俺に言わせようとしてる」


言わせようとしてる?
なにを?


きょとりとしたあたしに、ケイは大げさにため息をついた。


「まぁ、そういうとこも好きなんだけどさ」


よく聞いてなよ?と、あたしに念を押すとケイはまじめな顔をしたままあたしを見つめた。


「絢さんばっかりじゃないよ。俺だって、絢さんのこと…好きで好きでしょうがない。感情が顔に出ないのは、父親譲りだから。さっき、絢さんの口唇が触れた指先だって……震えてるの気づかれるのイヤだったから、隠したんだ。でも、絢さんの口唇の柔らかさには何度でも触れたいって思う。みっともないくらいに何度でも何度でも」


そっと、あたしの口唇に伸ばされる彼の指先。
それは彼の言っていた通り、少し震えていて……
あたしは大人しく、されるがままになる。


人差し指で口唇をなぞられたあと、親指で優しく拭われた。


その行為には、言葉にできない愛情みたいなものがたっぷりと注がれている気がして。
初めて言葉では伝えきれない、彼の感情が理解った気がした。

どちらの想いが大きいとか…強いとか……どうでもよくなるくらい、優しい仕草。

はじめから、そうだった。
伝えたい事を、全身で伝えようとするキミはいつだってまっすぐで。

捻くれてばかりいたあたしは、どうしても遠回りばかりして。


ずっと、傍にいて?
自分の感情の大きさに怖くなるときがあるから。
あたしを止められるのは、キミだけなんだよ。


意味がなかったつまらない毎日が、とびきりに変わったのもキミがいるから。


「……ありがと」


音として壊れてしまっている声色で、告げる。
もっともっと、伝えたいことがあるんだけど、なんて言葉にしたらいいのか分からない。
ありがとう、が、一番近い言葉だと思うから。

じっとあたしの瞳を見つめてるケイに、「今こそ、あたしの思ってること読んでよ」なんて思うんだけど。


「なんか俺、すっごいかっこ悪いんですけど」


頬杖をついたまま、不貞腐れたように視線を外した彼に今度はあたしが指先を伸ばす。
肝心なときに、彼の千里眼は効かないのか。


じゃあ、ちゃんと言葉にしてみよう。
彼が喜んでくれるのならば。
安心してくれるのならば。


あたしは、喜んで言葉を紡ごう。
たとえ、醜く涸れた声でも―――。


「大丈夫。あたしはケイだったら、どんなケイでもいいんだから」


彼の口唇の上に置かれたあたしの指先を、優しく咎める彼の指。
そっとそれを握ると、ケイは「やっぱり絢さんの方がずるい」と呟いた。




おしまい。



2008,2,14    momota


好かれてるときって、なかなか気づかないもんなんですよね。
その手ごわい恋愛感情に振り回されて、自分のことでいっぱいいっぱい。
どうでもいいことはなんとなく伝わっても、大事なことは、口にしなきゃ伝わらない。
大切なものこそ、言葉にのせましょう。
そんなバレンタインのお話でした。




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