SKY GARDEN
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Scene1
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「おまえ、ほんとに日本人なのか?」
広い庭で、じりじりと数人の子供に詰め寄られる僕はまたか、と心の中でため息をつく。
「……そうだよ」
「じゃ、なんで目の色も髪の色も違うんだよー」
グイ、と引っ張られた髪に反射的に声が出た。
「イタッ」
痛みのためか、それとも恐怖のためかうっすらと涙が浮かぶ。
少しずつ滲んでくる視界。
こんなときに頼れるのは、父親でも母親でもなく自分自身。
キッと相手に視線を送ると、未だ僕の髪を引っ張り続けている目の前の少年の腕を振り払った。
その拍子に、まさか大人しそうな僕がそんなことをするなんて思っていなかっただろう少年は尻もちをつく。
「いってーーー!なんだよ!こいつー。やっちゃえ!!」
それを合図に、周りにいた少年達が一斉に僕に向かって拳を振り上げるのがわかった。
なんで、いつもこうなのだろう。
僕の瞳の色と髪の色は、みんなと違う。
まわりの人間から言わせると、パパ譲りだそうだ。
けど……
どう見ても、パパより僕の方が瞳の色は明るい気がするし、髪だっていくぶん金に近い気がする。
パパの方の遺伝子の方が、優性だったってことか。
砂煙が舞う庭の片隅で、まさか花沢物産の跡取りがこんな目にあってるなんて誰も思わないだろうなぁ。
あ、痛いなー、もう。
体中に激痛が走る中、僕は自分の頭を抱え込むだけで精一杯で。
1対5じゃ、気が済むまで殴らせていたほうが早く済むと思った僕は、抵抗するのを止めた。
早く、時間が過ぎてくれればいいなぁ、なんて思いながら。
「あ!!何やってんだよお前ら!!」
顔を覆っている腕の隙間から、目を凝らすと
小さな2つの影が僕に近づいてくるのがわかる。
その2つの影がまったく同じ動きをしてることに気づいて、僕はその2人を把握する。
「ゆうい」と「とうい」だ。
そして、把握した途端それは後悔をも呼んでくる。
もうちょっと、奥まで引っ込んでやられれば良かった……
「いってー。なんだよあいつら。どこのやつらだ?」
「ケイも我慢してないで、パパに言いつけちゃえよ」
周りの少年を文字通り蹴散らした後、二人は息を弾ませながら、走ってゆく少年達にむかって中指を立てた。
あぁ、きっとこんなのあきらおじさんが見たら卒倒しそうだ。
そんな僕の心境に気づくはずもなく、双子らしく、2人とも口の横……まったく同じ位置からうっすらと血を滲ませてそれを指で拭っている。
その仕草がまったく同じで。
左右対称の鏡を見ているようで思わず笑ってしまった。
そして、笑った弾みに走った痛みで自分も唇が切れていることに気づく。
「……パパに言ってもなんも解決なんてしないよ」
余計にやられるか、隠れてやられるかのどちらかだ。
自分達のしていることがどんなにくだらないことなのか……
そのことに本人たちが気づくまで、永遠に繰り返されるんだ。
「異質なものの排除」を。
どうせ同じことなら、わざわざややこしくする必要ない。僕はゆっくり立ち上がると、ポンポンとお尻についている芝を払った。
「えー?何でだよ。類おじさんなら絶対仕返ししてくれると思うけどなー」
「つくしおばさんだって負けちゃいないぜ」
なー、っと顔を見合わせている2人は美作おじさんの所の双子。
優偉と透偉だ。
僕の一つ下。今年で10歳だ。
誰に似たのか、大人しそうな外見とは裏腹に中身はスゴイ。
喧嘩っ早くて、滋おばさんもこぼしてたっけ。
『あたしでさえ、こんなにワンパクじゃなかった』って。
「「で、やっぱりその髪の色と目の色でなんか言われたのか?」」
心配そうに覗き込む2人の視線。
その中に含まれる同情にも似た何かに、僕は何も言わずに芝を踏む足を速めた。
そんな風な目で見られるのが一番嫌いだ。
けど、優偉と透偉は別。本当に心配してくれてるってわかるから。
「よっぽど目立つんだろうね、この色」
わざとらしく笑うと、双子が不思議そうに首を傾げる。
「「キレーな色なのになー」」
双子らしく、ハモリながらの会話はなかなか楽しい。
そして、そう思ってくれる人がココにいてくれることが嬉しい。
芝から砂利に変わり、多少歩きにくくなる。
それでもアプローチまで来ると、大きく深呼吸。
唇の端を舌で触れるとピリッとした痛みが走る。
泥まみれの靴は、なんて言い訳しようか。
唇にこびりついてるだろう血はなんて言い訳しようか。
そもそも、あの2人が黙っているだろうか。
うしろでじゃれ合うように駆けて来る双子に視線を移すと、自然とため息が零れた。
「ただいま……」
なるべく、誰にも会うつもりはないんだけど……
今日は、なんだかっていう仕事のパーティーが僕んちで開かれてて。
それは不可能に近い。
まぁ、そんなのが開かれてるから僕がこんな目にあったんだけどね。
さっきの奴らもおそらく、今日ここにいる取引先の息子なんだろうな。
すこし毛色の違ったものを見つけた彼らはいい暇つぶしになるとでも思ったんだろう。
まさかその毛色の違うのがこの花沢の息子だ、なんて思いもせずに……
ざわついてる40畳ほどのリビングに目をやると、僕はどうにでもなれ、と
俯いたまま真っ直ぐに進む。
そのまま自分の部屋まで突っ切ってしまおう。
大人のミニチュア版のようなタキシードを着た僕は「パパにそっくりだ!」とママを驚かせたばかりだけど
……そのタキシードも、今はボロボロだ。
タイは取れてどうにかぶら下がってる程度だし……
ジャケットは恐ろしいくらい汚れている。
袖口のボタンは一つ足りない。
そんな僕にいち早く気づいたのがパパ。
一気に自分の部屋まで駆け抜けようと思ってたのに、急に進路を塞がれて……顔を恐る恐るあげると
そこにはパパが立っていて。
息子の僕が言うのもなんだけど……
部屋のライティングが丁度パパを逆光で照らしていて。
光る線に縁取られたような影。
そんな中、しっとりと輝いてる茶色のサラ髪。
子供の僕でも見惚れるような立ち姿。
ほう、と思わず息をついたとたんそっとパパの手が僕の頬に触れた。
もうすっかりと乾いている口唇の血はパキパキと音がしそうだ。
「とりあえず、部屋行こうか」
そう言ってニッコリ微笑むパパになんだかずっと我慢していた涙がぽろぽろ零れた。
僕ね、もう慣れっこなんだよこんなこと。
人は自分と違うものを持ってるだけでそれを除外しようとする。
ましてやそれが、外見的に現れているものだと特にね。
幼い頃は興味本位だけだったものが、成長するにつれて変わる。
自分達と違うものは、いけないもの。
そうあるべきものがそうでないと、それを排除しようとする意識。
くだらない。
自分が彼らの言う、除外や排除される側の人間だから思うわけじゃないけど。
そんなのくだらない、って思う。
みんなと一緒じゃなきゃだめなの?
みんなと一緒がいいの?
けど……そんなくだらないことで涙を零してる僕も、もっとくだらない人間なのかも知れない。
そして心の奥底では、本当は願っているのかも知れない。
「みんなと一緒がいい」って。
「ケイ、どしたの?これ」
ゲストルームに入って、人がいないのを確認するとパパが僕をソファに座るように促した。
そしてクイと顎で、僕の体を指すパパはすごく落ち着いていて。
きっとこれがママだったら、こうは行かないだろうなぁ、なんてのんびり思ってた。
「……なんでもないよ」
どうせ黙っていても、あとから優偉と透偉の口からばれるんだろうけど。
今は、説明するのも上手く行かない気がする。
ただでさえ、僕や優偉や透偉みたいな家の子は目立ちやすい。
こんな小さな僕にさえ『お父様によろしくね』とか『花沢物産も、こんな立派なご子息がいれば安心ですね』なんて。
まわりに寄ってくる友達も物珍しさによってくる派や、親に言われて寄ってくるだけで。
『花沢物産の息子と、友達になりなさい』
『あの子に意地悪しちゃダメよ』
ばかじゃないの?
花沢という名前が何をしてくれるというの?
僕の取柄は、この花沢のブランドだけ?
人と違う髪の色や瞳の色で輪の中から除外され。
花沢のブランドで、再び輪の中へ押し入れられる。
ほんとばかみたい。
そんなやつらに比べれば、まださっきの連中の方がマシなのかもしれない。
けど……さっきのやつらだって、僕が花沢ケイだって知ってたらあんなことしなかった。
そう考えるとやっぱり、僕の背負っているブランドはすごいものなのかもしれない。
名前一つで、くだらない人間の行動を抑制することが出来るんだから。
ぐい、と薄汚れていたけど手の甲で瞳を拭った。
「なんでもないわりには、スゴイことになってるけど?」
パパは笑いを堪えながら僕の前に座る。
「ケイ。なんか俺に助けて欲しいことある?」
真っ直ぐに僕を見て、ゆっくりと言葉を紡ぐパパ。
こうゆう時のパパは、真剣だってわかるから。
目尻に溜まる涙を再び手の甲で拭って。
鼻をずずず、とすすって。
僕も、しっかりと返事をする。
「ないよ、パパ。僕、自分で解決するから」
真っ直ぐにパパの目を見る。
僕と同じような色のパパの瞳から、視線を逸らさないことが、約束の証。
「そ。じゃ、とりあえずソレどうにかしてから下に降りといで。つくしが探してたから」
ふわりとパパの瞳に柔らかさが加わる。
ママの名前を出されたことで、ハッと我に返ると部屋を出て行こうとするパパに慌てて声をかけた。
「パパッ!助けて欲しいこと…一つあるっ」
「……なに?」
ゆっくりと振り返ったパパは、なんだか答えを知っているように……笑った。
「ママに……心配掛けたくないから…言い訳…よろしく」
恥ずかしくて、語尾の方は擦れ気味だった。
ママっ子だって思われたかな。
けど、事実だからしょうがない。
ママに心配はかけたくないから。
子供なりの精一杯。
「らじゃ」
そう言って、笑いを押し殺しながら部屋を出るパパに僕は小さな声でお礼を言った。
がんばる。……うん。
これは僕の問題。
僕の髪が黄色いのも。
僕の瞳がグリーンなのも。
花沢のブランドも。
それが僕だから。
花沢の名前がなくたって、僕を自慢できるように。
人とちょっと違ったって、それが僕だ、と言い切れるように。
そんな人になれるように。
「ケイーーー!ケーイ!!どこだー?太一朗がきたぞーーー!」
あぁ、前の廊下をキレイなハーモニーが駆け抜けてゆく。優偉と透偉だ。
早めに返事をしないと、ママに僕の居場所がばれるのも時間の問題だ。
僕は、急いでジャケットを脱ぐと顔を洗うためにバスルームへと向かった。
おしまい
2004,10,9 momota