12月24日、夕刻

マンハッタンを見渡せる小高い丘の上の公園に寄り添う影が二つ。


            


「ねえ、そのコートってバットマンみたいだね」

久しぶりに司に会ったせいか、饒舌になりはしゃいでいるつくし。


「バッタ?虫じゃねーぞ」

NYに着てから仕事をしているせいか幾分大人びた顔つきになり、でも

相変わらずのボケっぷりをかます司。



「バットマン!映画であるじゃない。知らないの?その真っ黒いコートって

 バットマンみたいだよ」

「知らねーよ。映画観てるような暇はねぇよ」



ケッという感じで言った司に、つくしは少し不安げな表情をする。

「そんなに忙しいんだ。…今日って大丈夫なの?」







―― クリスマスに俺は帰れそうもないからおまえが来い。 ――


ぶっきらぼうな1枚のメモと共につくしの元に届いた、成田−NY間のエアチケット。

NYで司が待っていてくれる、それだけを頼りにつくしは一人でNYまで来た。

他に何の計画もツテもない。

司の仕事が入って司がいなくなってしまったら…と不安になったのだ。







「今日は絶対呼び出すなって言ってある。呼び出しがかかったら、
 電話かけてきた奴はシメる」


穏やかでない司の言葉に、つくしはほっとしながらくすくすと笑う。


「相変わらずだね」

「変わらねえよ、俺は。おまえはどうなんだよ。元気だったかよ」

「元気だよ。変わりないよ。英徳にもちゃんと行ってるし」

「そっか。みんな元気か?」

「うん、みんな相変わらずだよ。F3は大学に行っちゃってから、高校にいたとき

 みたいには会わないけどね。」



ひとしきり仲間の近況を話した後、ふと思い出したように司がつくしに包みを差し出した。


「そだ、これ…やる。クリスマスプレゼントだ」

「え、いいよそんなの。あたし用意してきてないし。あんたのことだからまた高そうなもの…」


多少の予想はしていたが、案の定断ろうとするつくしに司は少しムッとして

つくしにその包みを押し付ける。


「やるってば。いーから開けてみろよ」

「え・・・あ、それじゃ」


久しぶりに会ったのに喧嘩するのも・・・

と思い司に促されて素直にがさがさと包みを開けると中から出てきたのは

最近若い女の子に人気急上昇中のHeartPocketブランドのミトンの手袋。


とたんにつくしの表情が明るくなる。



                


「うわーっ可愛い!あんたよくこのブランドのこと知ってたね。女の子モノなのに」

「姉ちゃんに教えてもらった。やっぱ女の喜ぶもんは女のほうがわかるんじゃ

 ねーかと思って」


つくしが喜ぶのを見て照れたような表情をしながら司が言う。


「そうなんだ。お姉さんは元気?」


「はめてみろよ」と司に言われて早速その手袋をはめて「わー温かい」と嬉しそうに

握ったり開いたりしながらつくしが言う。


「あんま会ってねーけどな。元気なんじゃねえ?」

「久しぶりにお姉さんにも会いたいな」

「また会わせてやるよ。今日はこっちにはいねえし」


そう言いながら司はじっとつくしを見つめた。

その司の視線に耐え切れず、つくしは司に背を向けてまた饒舌に喋りはじめる。



「ねえ、ここの夜景ってすごく綺麗だよね!今はクリスマスの時期だから、前に

 見たときよりももっと綺麗。前に見たときは…」





―― 前に見たときは、道明寺に会いに来たけど追い返された時で…


言いかけた言葉を飲み込んだ。


あれはもう過去の話。今思い出して暗くなることじゃない。






気を取り直して振り向こうとした時、ふわりと後ろから包み込まれた。


「あの時はごめん。今んなっても俺はあの時のことを後悔してる」

「い、いーよもう。今そんなこと言われたら…」


つくしは思わず涙がこぼれそうになる。





あの時の司の冷たさと今の司の温かさがあまりにも対照的で。

あの辛さを越えてまたこうして司の腕の中に戻れたことが嬉しくて。



      



司はつくしをすっぽりとコートの中に抱きかかえたまま耳元で囁く。


「これだけは言わせてくれ。もう絶対、俺はおまえを不安にさせない。

 何があっても絶対におまえを守るから。だから俺を信じてろ」


司の言葉が魔法の言葉のようにつくしの耳に心地よく落ちてくる。

問題は山積みだ。でも司のその言葉を信じられると思うし、信じたいと思う。

司を信じる強い意志があればどんなことでも乗り越えられる気がする。



「守ってもらうだけじゃ嫌だって言ったじゃん」



そんな減らず口を叩きながらも、つくしの瞳からこらえきれなくなった大粒の

涙が零れた。



「泣くなって…泣かせるために言ったんじゃねーぞ」




司はつくしを向き直させると、頬に零れた涙にそっとキスをし、それからつくしの

冷たくなった唇にそっと口づけた。  











     

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