「んーーっいい天気!」

つくしは大きく深呼吸を一つ、胸に爽快な風を吹き入れる。
道明寺家専用ジェットをぶっ飛ばし、やっと辿り着いた異国の地。
暑いけれど乾いた空気が心地いい。ここは憧れのハワイ!

上には真っ青な空が透きとおり、下は白い砂浜が輝いている。そして視界一杯
のマリンブルー。
もし本当に天国があるならこういう所かもしれない、
そう思えるほどの素晴らしい風景がつくしを魅了した。


そして隣には・・・・

少し前のあたし達は、こうして並んで歩くことさえままならなかったというのに
道明寺と二人っきりの旅行に来てしまうなんて自分でもまだ信じられない。

だいたい今までがドタバタし過ぎだったのだ。
例えるなら100年分の災難が降りかかってきたようなもんだろう。
異常に凝縮された一年だった。ハッキリ言って、もうヘトヘトだ。
だから、そろそろ一休みしたいって思うじゃない?



臆手な彼女の一大決心の形が今回の旅行である。
異国の開放感に染まり司との関係を一歩前進させたいと密かに思い巡らす
つくし。
いつもは照れて出来ないけれど、ここでなら誰が見ているわけでもないの
だから、少しだけ大胆な自分になりたい。
出来なかったことをやりつくす覚悟でここに来た。
と言っても傍目から見たらどれも些細なことばかりなのだが。


手を繋いで波の渕を歩いたり、水平線に落ちる夕日を眺めたり、
人目も気にせずキスしたり。
そして甘い夜が訪れて・・・


     

・・・はっ!!・・・

「うわっ!やだっ!なに考えてんのっ!」

柄にもない想像にカッと顔を赤らめる。

不意に周囲のくすくす笑いが、一人芝居で盛り上がるつくしを呼び覚ました。
集まる冷ややかな視線、恥ずかしすぎ。

道明寺も見てたかな?

つくしは『みっともねーな』と怒るだろう司を予想して、言い訳を頭に巡らせた。

ところが一向に司の愚痴は聞こえて来ないのだからおかしい。
不思議に思いつつ、そっと隣を見る。

「あっ?あれ??!」

いない・・・さっきまで隣にいたのに・・・


つくしは辺りをキョロキョロと見渡した。
すぐに人の波を一つ飛び出すクリクリ頭を発見する。

悔しいけれど、彼は立っているだけでも人の目を惹きつける。
すらりとした長身、力強い骨格が織り成す肩のライン。その上の一寸の狂
いもない顔といったら、よくぞここまで設計通り造ったねと神様だか遺伝子
だかを褒めたくなるほどだ。

こいつが彼氏だなんて・・・
少し自慢したい気分・・・いいよね、知らない人ばかりだし・・・


「待って、道明寺ー!」

僅かに優越感を含んだ声で叫んだ。

だが、振り返る顔は訝しげに眉を寄せる観光客ばかりで、肝心の司は
気付かない。
ずんずんと歩いて行ってしまう司につくしの優越感は一気に吹っ飛んだ。
さっさと行っちゃうなんて薄情な奴!とムカつきながらも、つくしは人ごみを
掻き分ける。

司まであと2メートル、そこで彼女の足は止まった。

「道明・・・寺・・」

どこから湧き出たのかモデル級の美女二人組みが司の隣を占めている。
彼の腕に絡まる数本の細い腕と指先の赤いマニキュア、茶色い髪が剥き
出しの肩にふわりと揺れて、扇情的に濡れた瞳が司を見上げていた。
お尻ギリギリのミニスカートから伸びた長い脚に至っては、周りの男共も
釘付け・・・


なんなの??これはっっ!

「ちょっ、ちょっと!!」

カッとなってつくしは彼らの前に立ちはだかった。

「・・・っその人たち、誰?!」

女を連れて脇を通り抜けようとする司の肩をひっ掴まえる。
途端、つくしの手を大袈裟に振り落とし、肩をパッパッと払う司。

「いい女だろ?」
「はぁ?!」
「いまさらハワイなんかダセェとこ来たくなかったんだけどよ。
ま、来たからにゃ 楽しまねーとな」

司はそう自慢げに答えると、冷ややかな視線をつくしの頭からつま先まで走らせた。
そしてドドメの一言。




「俺と歩きたかったら、もっと胸デカくして出直して来い。そしたら考えてや
るよ」
「!!!!!!」



最後に『ドブス』と付け加えて、颯爽と歩いて行ってしまう。

・・・・愕然────

つくしは立ち尽くしたまま自分の胸を見下ろし、女達の豊満な体を思い浮
かべる。
悲しいかな足元にも及ばない・・・。比べる方に無理がある。
それより驚いたのは司が他の女と比べたことだ。彼は今まで絶対、誰かと
比較したりしなかった。
おまけにいかにも邪魔者だと言わんばかりの奴の眼つき・・・


「なんなのよ・・・これは・・・」

にわかにつくしの声が震えた。


手を繋いで、夕日を眺めて、キスして・・・そして・・・

一人であれこれ想像していた自分が馬鹿に思える。
結局、奴はあたしの気持ちを待ちきれなくて、そこら辺の女に走ったって
ことなのか?

つくしの怒りは頂点に達した。

あいつが二人っきりの旅行しようって言ったのに!
なのに、あの態度!!!ひどすぎっ!

「待てっ!このスケベ野郎!」

手のバッグを思いっきり投げつける。勢いよく飛んだそれは、司の頭に命
中した。
ギャッと悲鳴をあげて女達と一緒に前につんのめる司。

当然よっ!それぐらい!

「てめぇ!!なにしやがるっ!」
「その言葉、そのままそっくりあんたに返すわよっ!あたしはねぇ・・・
 あんたとの旅行、すごい楽しみにしてたんだからね!なのにっ!なの
にっっ」

もっと怒りたいのに情けなくて涙が出てくる。
突然の彼女の涙に驚いた司は一瞬、目を瞬かせた。そしてバツが悪そ
うに頭を掻きながらポツリと呟く。




「・・訳わかんねぇ・・・・っていうかお前、誰?」


   えっ!??───














「ぅギャァァアアアアアアーーーっ!!」

絶叫と共につくしは跳ね起きた。天井に下がる電気が揺れ、ご近所の窓に
はパッと灯りがともる。地鳴りのような彼女の悲鳴。一番驚いたのは隣で眠
っていた進だろう。

「・・な・・・なんだよ、姉ちゃん!びっくりしたーー!!」

ひきつけでも起こすんじゃないかというように目を白黒させる進。
目覚し時計はAM5:00を示している。つくしはまだドキドキと鳴り止まない
心臓を押さえた。
意識は夢と現実の境目をうろうろしている。

「ハ・・ハワイは?」
「ハワイ?」

姉の唐突な言葉に進が聞き返した。
未だ状況が掴めず視線を一周させるつくし。

殺風景な狭い部屋、そこにギュウギュウに重なり合う布団、壁に掛かる
英徳の制服・・。
この頼りなさそうな弟・・・

ここは・・・あたしの部屋?

「ゆ・・・夢・・?」

青い空も白い砂浜も紺碧の海もそこにはなかった。
自分の代わりに進の頬を抓る。当然、進はイタイッ!と悲鳴をあげた。

「寝ぼけるなよ!オレ毎日部活で疲れてるんだからさ〜」

赤くなった頬っぺたを擦り、姉の暴挙を非難する。
一気に目が覚めた。


夢!!夢だったっ!

「良かったぁ〜!」
「良くないよっ!寝るときぐらい静かにしてくれよぉ」

進の懇願を尻目に、つくしは布団から起き上がると台所へ立った。
コップに水を汲んで飲み干す。背中の嫌な汗が引いてホッと一息。
それにしても夢の自分の大胆な思考が信じられない。

「やだ・・・もしかして欲求不満・・・?」

口から付いて出た言葉を頭を振って否定する。



でも、なんであんな夢みたんだろう
海の匂いも道明寺の肩の感触もリアルに残っている

旅行・・・旅行・・・旅行・・・・?
旅行っっ?!


「あぁ!!!」
「今度はなんだよぉ!」

進のぼやきなんかもう聞こえなかった。

二人っきりの旅行・・・何度か道明寺が話を振っていた。いろいろ考え事を
していてすっかり忘れていたのだ。
既に実証済みだが、つくしは悩み始めると他の何も考えられなくなってしまう。
彼女の哀れな犠牲者は司と進だ。


あたし・・・ずっと道明寺を無視してた・・・

誰かが目覚める直前のリアルな夢は正夢だって言ってたのを覚えてる。




『っていうかお前、誰───?』


  ・・・じょ・・冗談じゃない!また忘れられて堪るかってのっ!












日も穏かな清々しい朝、英徳学園の校門をくぐるF4。女子生徒のけたた
ましい声は毎日恒例である。適当な愛想を振り撒いて応える総二郎とあ
きら。それとは裏腹に司は沈んだ顔で群がる女子を一睨みする。

「司。お前、最近変じゃねぇ?」
「変なのはいつもだろ?」

怯えて飛んで逃げていく女子を見送りながら、総二郎とあきらがちゃかした。

「うるせーな。てめーらには悩みってのはないんか?!」



司の苛立ちが二人に向かおうとするのを、

「・・・世界一、司に似合わない言葉だよね・・・それ」

と類の一言が制止する。ぐうの音も出ない司。類の言うことは的を射ている。

牧野に出会うまでは、『悩み』などという言葉は程遠い存在だった。
悩む必要なんかない、思うように行動すれば良かったのだから。
それだけで自在に周りが動いた。なのに、こうもやっかいな女に惚れてし
まうとは。
惚れたもんの負け、もう痛感している。


いや、でも牧野も俺に惚れてるのは確かだ

どんな時もそういった自信をなくさないのは司らしい。
だが、旅行の約束を取り付けたその後、まるで無関心なつくしに焦りも感
じていた。

警戒してるのか?

正直、邪な考えが無いわけではない。頭の中では『一足早い新婚旅行計
画』は着々と進行している。それなりのアプローチもするつもりだ。
でも、彼女がNoと言えば我慢する自信もあるのだ。自然と彼女の気持ち
が沿う『その時』を待ちたいと思う。それがいったいいつなのか、考えると
気が遠くなるのだが。

司はハーーと長いため息を零した。
と、その時、


バシッ!

「いってぇーーー!」

足元にいかにも堅そうな鞄が落ちた。攻撃を受けた頭を押さえ、鞄が飛ん
できた方向へ振り向くと、『悩みの張本人』が仁王立ちしている。

「痛ぇだろーが!もっとマシな挨拶できねーのかよっ?!」
「うるさいっ!あんたはね、あたしにヒドイことしたのよっ!」
「あ?!」
「・・夢であんた何て言ったと思う?!夢で・・っっ・・」

そこまで言って顔を赤くするつくし。

『胸デカくして出直して来いっ───!』・・・なんて言えるはずがない。
司は口ごもる彼女の顔を覗き込んだ。

「夢?」
「うぅ・・・とにかくムカついたのよ!」
「知るか。お前の夢にまで責任持てねーよ」

そんなコトで殴られたのかよ、と膨れる。

「ま、もうそれは今ので勘弁してあげる。それよりね、あんたに大切な話が
あるの」
「話?」

つくしは声を潜め耳打ちした。誰にも聞かれないよう周りを探ると、総二郎
とあきら
が興味深々と様子を伺っている。油断も隙もあったもんじゃない。
ついてこないでよ、と釘を刺して、司の腕を引っ張って行った。




「話って何だよ?」

校舎の影に連れ込まれて内心ドキドキするが、彼女が『話がある』という時
は要注意だ。
司はつくしの『話』に身構えた。

「あのね・・あの・・」
「早く言えよ」
「だから、あの・・・前に言ってた旅行だけどさ・・・」

不安的中、やっぱり・・・

「いまさら行かねーってんじゃねぇだろうな?」

司のこめかみに青筋が通った。
すると、予想外の言葉をつくしが言ったのである。

「違う!そうじゃなくって、なんかあたしもボーっとしててうやむやになりそう
だったし、 こりゃ早くしなくちゃなって・・・
 だっ・・だからね、道明寺、今週末とか予定あるかなって・・」

最後の方はしどろもどろだ。これ以上ないぐらい顔を赤く染める彼女。
それは司も同じで・・・

「ま・・・マジ?」
「うん・・」

彼女の突然の変化を信じられない司。緊張を隠すように小さく頷くつくし。
途端、司の足が宙に浮いたのは言うまでもない。

「で、どこにする?やっぱハワイか?」
「ダメ!ハワイは絶対にダメっ!」

つくしの脳裏におぞましい夢が蘇った。当分、ハワイは遠慮したい。
彼女の訳の分からない拒絶にあって、司は少し奈落の底に逆戻り。

慌ててつくしが続けた。



「もっと近くでいいんだよ。道明寺と一緒なら・・・」

深い意味はないのだろう。
だけど気の強い彼女が時折見せる、その可愛さが愛しくて。
恥ずかしげに頬を押さえるちょっとした仕草さえ見逃せない。
ドツボにはまっている自分を自覚しながら、それでもいいと思ってしまう。


「あっ・・でも、変なこと考えないでよねっ」
「さぁな、俺、男だし」

司は素早くつくしの唇を掠め取った。

「バカっ!急になにすんのっ!誰かに見られるじゃない!」

今の司に彼女の憎まれ口は何の効力も無い。

「いいじゃん、見せ付けてやろーぜ」

クッと笑って二度目のキスをする。





彼女がいる場所
彼の天国はいつもそこにあるのだ────






                                        Fin
                    
くうかちゃんの TO HEAVENいかがでしたか?
わたしのトール TO HEAVENの裏は総二郎とサラを描きましたが・・・
このお話にも裏がありなのです!!
さーて・・・裏のお話・・・気になるよね?!
TO HEAVENを裏返してみて・・・・。




               

TO HEAVEN
 作:くうかさま