はぁ、はぁ・・・・・・
  





体全体が、新鮮な空気を欲してるのが分かるけど。
歩くわけにはいかない。



ちぎれるような鋭い冷気を振りまいている風。
赤や緑の色とりどりのネオン。
ウインドウにディスプレイされている、ツリー。
ここ数週間、聞きなれたメロディー。





なんだってこんな日に、急に残業なのよ。
あの、バカ課長!!
それに・・・・・・どうして今年はイヴが平日なのよーっ。



涙ぐみながら、走る、走る、走る。



走りながら、今まで自分もその中にいた車の列を恨めしげに睨んでみるけど
それで渋滞が解消されるわけでもなく・・・




でも、イライラしながら大人しく座っているより
寒くても、苦しくてもこっちの方が全然いいわ。




少しでも司に近づける。




吐く息の白さに目を奪われながらも、頭に浮かぶのは司。


                


あぁ、きっとイライラしてるんだろうな。
人に当たってなきゃいいけど。





腕を組んで、額に青筋立ててイラついている司が思い浮かぶ。






けど
早く会いたい。














信号が赤になって、やっと足を止める。
冷気があたり過ぎて耳が痛い。喉の奥が乾燥して、気道がぴたりと張り付いたようだ。
ケホケホと咳き込みながら、膝に手をついて肩で息をする。
ヒールで走るのはやっぱり無理があるかしら?
恨めしくかかとを見つめてから、あたりを見回す。


そこには、寒そうに首をすくめてる人たちばかりで。



ゼーゼーと肩で息をするあたしを物珍しそうに見つめる視線を感じるけど、そんなこと気にしちゃいられない。





だって
大事な人が待ってる。





手の中でカタカタなる、先ほど受け取ったばかりの小さな包みを確認。

よかった、リボンも崩れてない。
紺色の包装紙に、エンジのリボン。

今、話題のsweetberryのお店の硝子のオルゴール。
男の人へのクリスマスプレゼントにオルゴールなんて、変かも・・・だけど
これは、特別。



なんてったって、予約して半年待ちのもの。
一つ一つ手作りで、心を込められて作られてる。
そう簡単に手に入るものじゃない。




そのせいか
このオルゴールを大事な人と2人で聞くと
お互いの願い事が1つづつ叶う、って・・・ウワサ。






周りの人が動き出すので、信号が変わったのを知る。






あと、もう少しだ。






気合を入れなおすと、横断歩道を誰よりも早く飛び出す。

あたしは大事な人へ向かって駆け出した。











































人ごみを掻き分けて、背の高い司を探す。


いつもの待ち合わせ場所。日曜日のお昼のように人が多い、24日午後8時。
そのほとんどがカップルで。
さすが、イヴ。恋人たちの最大のイベントだけある。


と、そんなことに妙に納得してる時間なんてないわけで。
あたしも、その恋人同士の一人なんだと、改めてクセの強い髪の人を探す。


もう、約束の時間から2時間は遅れてる。
さすがに司もきているはず。
キョロキョロと、爪先立ちで探しているとあたしの目に写るのはビルの壁にもたれかかる司。



あ、いた!!



「司!」



声を掛けながら司のもとに向かうと、そばにいた女の人達の囁く声が聞こえた。


「なーんだ、やっぱり彼女待ちか〜」
「もっと早く声かければよかったじゃ〜ん」


むむむっ。
油断もすきもありゃしない。



こそこそと、去っていく2人組みの女の人を見送ると、司のそばまで駆け寄った。



3週間ぶりだ。
あぁ、走ったから鼻赤いかもっ。
おまけに髪の毛もグチャグチャだ。

慌てて、髪の毛を整えてみるけど・・・・・・


もう、遅いよね・・・・・・
ははは。



きっとまたバカにされるんだろうな。
あ、その前に散々待たせちゃった嫌味も言われるかもーっ。



「この俺様を待たせるとは、いい身分だな、あ”ぁ?」なんて怒鳴る司をシミュレーション。
思わず、首をすくめる。



・・・・・・。
あ、あれ?

いくら待っても、なにも変わらない状況に
あたしは恐る恐る顔を上げる。



久しぶりに見る司の顔は



怒っているわけでもなく。
笑っているわけでもなく。
呆れているわけでもない。





悲しそうな
切なそうな
抱きしめたくなる顔をしていて





顔を上げたあたしと視線が合うと、少しだけ微笑んだ。


                  




なんでそんな表情(かお)してるの?






まわりの人たちは幸せそうな笑顔を零しているのに。





緑や赤、金銀・・・いろんな色が溢れてるはずなのに
司の周りだけ、モノクロの世界のようで。
華やかな歌詞の、楽しげな音楽が溢れてるはずなのに
司の周りだけ、音のない世界のようで。





なんだか泣きたくなって、あたしから司の胸の中に納まる。
そして、両腕を司の背中に回した。







「・・・どしたの?」
司の胸に顔を押し付けたまま尋ねる。

「なにが」
ゆっくりとあたしの背中に回る腕。
司の低めの声を聞いて胸の奥が、ぎゅーってなるのが分かる。


甘い、痛み。
その痛みを感じるたびに、司のことを好きなんだ、って実感するあたしがいる。



「なんか、寂しそうな・・・顔してる」
躊躇いがちに口にしたあたしを、何のリアクションも返さずにただ無言で抱きとめるだけの司。


「お前が・・・いないなんて思ってなかったから・・・ちょっとびっくりしただけだ」
直接耳に響いてくるように聞こえる答え。



あぁ、たしかに。
いつもは待ち合わせしても、大体あたしの方が早く着てるし・・・
司は30分、1時間の遅刻はザラだから・・・



まぁ、遅刻しようと思って遅刻してくるわけじゃないの分かってるから
そのことについて、特に触れたこともなかった。




たっぷり、クリスマスソングが1曲流れ終わるまで、司は口を開かないで
あたしの存在を確かめるかのように、ずっと抱きしめてた。




「・・・ごめんな」
「な、なにが?!」


やっと口を開いたかと思ったら突然の謝罪。
な、何がどうなっているのやら。



「・・・お前、いつもこんな思いして待ってたんだな」



・・・・・・こんな思い?




「お前が待ってるのが当たり前だと思ってた」



司がため息をつくのが聞こえる。
それから少し遅れて、あたしの背中に回っている腕に力が込められる。



「・・・不安で、イラついて。もしかしたら事故にあったんじゃないか、とか。
 今日はもう会えないんじゃないか、とか・・・・・・いろいろ考えた」



あぁ、司。
あたしもそれ、分かる。


いくら目を凝らしてみても、司はいなくて。
周りにいた人たちは、どんどん入れ替わっていって。


一人だけ、取り残されているような感覚。
そしてそれは、司を失った時の想いまでも連れてきて───


そうなると、マイナスな考えばかり浮かんできて。
無理やり、自分に言い聞かせる。

『仕事が忙しいんだ』
『道路が混んでるんだ』


そして、走ってやってくる司の姿にホッとする。




同じなんだね。





「あたしも、不安でしょうがなかった」
「あ?」





遅れてくる方だって、けして平気なんかじゃない。
大事な人が、一人で待ってる姿を思い描くだけで自然と早まるスピード。
もしかしたら、もういないかもしれない。なんてことも頭の隅に浮かべながら・・・・・・



早く2人で笑いあいたくて。
声をかけて、返ってくる暖かさを味わいたくて・・・・・・





そうだよね?司。






「早く司に会いたくて、すんごい走っちゃった。
 きっと、待ってるだろうな、とか。
 ナンパされてないかな、とかイロイロ考えたらいてもたってもいられなかったよ」

苦笑しながら顔を上げる。

「ナンパって・・・お前、それはこっちのセリフだ」



いやいやいや、こっちのセリフでもあるんですよ、おにーさん。



もしかしたら、この人は花沢類よりも鈍感かも?なんてことを考えてると
背中から掌へと移る司の手。
いつもは子供みたいに暖かいのに、触れた指先は氷のように冷たい。



「・・・・・・いくぞ」


急に歩き出した司に引きずられながら、その場所を後にする。
たっぷりと抱擁シーンを披露したあたしたちを、けっこうな人が見ていたらしくて・・・。
あたしたちの周りには人垣ができてた。


そんな人垣を、司は慣れたもんでサクサクとかき分けると
真っ赤な頬を隠しきれないあたしを引きずるように連れ去る。



「・・・行くってどこ?」
「部屋、取っておいた。ババァんとこでわりーけど」
「部屋?部屋って・・・そんな急に取れるもんなの?!」
「・・・お前、俺様を誰だと思ってるんだよ」


急なデートなのに、おまけにイヴなのに・・・ホテルの部屋が取れる。
しかも、メープル・・・。
さすがというか、やっぱりというか・・・
いろいろな意味が混じったため息を零すあたしを、不思議そうに見る司。
あたしは、少しだけ笑うと繋いだ手を強く握り返した。






「・・・・・・歩いて行けねー距離でもねぇな」



あら、めずらし。
いつもは、寒いだの、疲れるだの言って車から降りようとはしないのに。

てっきり車へ向かうと思っていたあたしは、司の一言に驚いて顔を上げた。




けど、こんな夜は一緒に歩くのもいいね。
お互いの大事さを確認しながら
交わす言葉は少なくても、手のぬくもりが想いを伝えてくれる。


「ずっと、一緒にいれれば・・・いいのにな」


ポツリと呟くように口にする司の言葉はとても深い意味がこもっているもので
あたしは頷くことしかできなかったけど
司はあたしに返事を求めてるんじゃないってわかってたから
あたしはそれ以上なにも言わなかった。




さっきは目に入らなかった、電飾で飾られた街路樹を見ながらメープルへと向かう。


手を繋いで歩くあたしたちは、どんな風に写っているんだろう、なんて思ってみたり。
ちゃんと、恋人同士に見えてるかな・・・・・・
司がNYから帰ってきて・・・
初めて2人で迎えるクリスマス。


勝手に緩む頬を、隠しきれないでいるあたし。

なんだか嬉しくて、少しだけはしゃいでみたりした。


























                







司が連れてきてくれた部屋は、最上階のスウィートで。
夜景はきれいなんだけど、こんなにすごい部屋落ち着かない・・・。



大人しくソファに座っていると、司に苦笑される。
「やけにおとなしいじゃねーかよ」
「う、うるさいっ」



照れ隠しで、悪態をついてみるけど・・・・・・
司は、すべてお見通しのような笑みを向ける。



ぐぐぐぐぐ。
睨んでみるけど・・・
あぁ、あの勝ち誇ったような顔。
ほんっと、むかつくわ。



ぎしっとソファが軋むのと同時に、司の香りがあたしを包む。
横に腰を下ろした司は、喉元に指を入れるとネクタイを緩めた。
脚を大きく開き、ソファの背もたれに両手を広げて体を預けると、ゆっくりと息を吐く司。


「・・・疲れたな」


激しい鼓動と、司の香りでクラクラしてる頭の中に、司の疲れた原因を思い浮かべて
あたしはあわてて口を開いた。

「ごめんね、遅れて・・・・・・」

頬にかかるあたしの髪を司の指が後ろへと梳く。

「あ?お前のせいじゃねーよ。それよりこれからは俺が迎えに行くから。待ち合わせはやめよーぜ」
「なんで?」
「さっきも言ったろ?待ってるお前の気持ちが分かった、って」
「ちょ、ちょっと待ってよ、それはお互い様だし・・・」
「なんだよ」

まじまじとあたしを見つめる、キレイな瞳。
言葉の意味を汲み取ろうとしてか、ゆっくりと瞬きをすると再びあたしを見据える視線。

「待ってる間、司のこと考えてるのスキなの。もちろん心配もしたりするけど・・・
今日はどんな服着てるんだろう、とか。会ったら何しよう、とか・・・」
「牧野・・・・・・」
「それも、意外と楽しいんだよ?」



ただでさえ、忙しい司にこれ以上あたしのことで負担を掛けたくないし。



なんてことは言わないけど。




「あ、そうそう!プレゼントあるんだよ!」


話題を変えたいあたしはバックの中から、紺色の包み紙の小さな箱を司に差し出した。


「あけてみて?」


「おう」と慎重にリボンを解く司。
似合わない姿に苦笑しながら、その様子を眺める。

「お、知ってるぜこれ。この間雑誌で読んだ」

出てきたガラスの小さな箱を手のひらに乗せた司はガラス越しにあたしを見つめる。

「知ってたんだ」
「なかなか手に入らないんだろ?」
「予約したんだよ、ちゃんと」


まじまじと、オルゴールを見つめてた司は、そっとそれを置くとジャケットのポケットを探り出した。


「俺もあるぜ」


司はポケットから、細長い小さな箱を取り出す。


「ほれ」


視線を外しながら、細長い箱をポン、と投げる。
キレイな弧を描いてあたしの手の中に納まったそれは、口紅だった。
手渡しできる距離にいるのに、そうしない司。
照れてるんでしょ。


「おまえ、あんまり高いもんだと受けとらねーしよ。けっこう悩んだんだぜ?」

司が口紅を選ぶ姿を想像して、思わず噴出してしまう。

「ぷぷぷっ」
「・・・・・・想像すんなっ」

真っ赤になって怒る司がかわいくて、何度も司とあたしの手の中の口紅を見比べた。


「かしてみ。塗ってやるよ」
あたしの手の中から、そっと口紅を抜き取る。
小さな音と共に、蓋が開く。そこから出てくる色は、淡いオレンジ。


司が選んでくれた・・・・・・色。


ギシリとソファが軋むと再び香る司の香り。
それは司があたしに近づいたことを教えてくれる。

忘れていた緊張が走る。

一瞬で体を硬直させたあたしに気づくと、司は苦笑しながらあたしのおでこを人差し指ではじく。


「なに緊張してんだよ」


じ、自分だってさっきまで照れてたくせにっ。


ゆっくりと口唇に触れる口紅。
撫でるように滑るソレに、思わず目を瞑る。
少しはみ出た部分を、司の親指が拭う。



その一連の動作に、鼓動が今まで以上に高鳴る。



耳の奥で感じる心臓の音と共に、再び聞こえるソファの軋む音。
ゆっくりと瞼を開けると鼻がぶつかりそうな距離に、司の顔。


あたしは驚いて目を見開く。

そんなあたしを見て司は口元をニヤリと上げると、一言。






「目、つぶっとけ」




あたしは、再び瞼を下ろすと司の口唇が触れやすいように、少し顎を上げる。





3週間ぶりのキス。
交わすたびに、甘さと切なさを増す不思議な行為。




柔らかな存在を口唇で確かめた後、ゆっくりと瞼を上げる。





そこにはさっきと同じ位置に、笑顔の司。
そして彼の掌にはあの、オルゴール。


ギリギリとネジを回すと、ゆっくりと蓋を開く。


幼い頃、何度も何度も聞いたゆっくりとした音色。
ママに頼んで、ネジを巻いてもらっては最後の音が零れるまで耳を傾けてたっけ。


流れてくるメロディーに聞き入ってると、司がゆっくりと呟く。



「・・・なんだよ、願い事」
「それも知ってたの?」
「あぁ、この間雑誌で読んだ、って言ったろ?」
「司へのプレゼントなんだから、司から言ってよ」


司はいつのまにか靴を脱いでいて
(くやしいけど)長い左脚を、ソファに座るあたしの脚の上にドカリと乗せ、右脚はあたしの腰の後ろに差し入れると
あたしを横から抱きしめる。


「・・・いつもお前をすぐに抱きしめれる距離にいれるように、なんてどうだ?」


そっと肩越しに降り返ると柔らかい笑顔。


お前は?と聞かれて


あたしは、かすかにオレンジが乗る司の口唇を親指で拭うと、こっそりと耳打ち。


「・・・ナイショ」


「あー!!きったねーな。ずりーぞ!!」



さんざん悪態をつきながらも
優しく触れる司の手。


   


それは、髪に、頬に、項に、背中に・・・・・・
いろいろな場所に触れる柔らかな感触にうっとりとしていると
いつの間にかシャツのボタンを全て外されて、両肩から落とされる。


頬にキスを受けながら
もうすっかり暖かさを取り戻してる司の手に、ゆっくりとあたしの手を重ねた。



「・・・・・・終わったら、ちゃんと聞かせろよ・・・・・・」



耳に口唇を寄せられ、少しだけ呼吸が乱れるのを隠しながら
あたしはゆっくりと頷いた。



    



あたしの願いは


司の願い。


だから


「司にすぐ抱きしめてもらえる距離にいれますように」


だよ?


そう言ったら、「なんだそれ」って笑われるだろうな。
でも、きっとあたしを思いっきり抱きしめてくれる。





そんな司が一番、スキだよ────












!!
はっ!!危ない危ない。
こんなこと口にしそうになるのも、きっとクリスマスのせいだっ。
自分自身に言い訳しながら、司の体の重みを全身で受けた。





              
                             
おしまい




Merry X'mas!!